SOUNDTRACK · 2026-07-02
IMMORTALITY のサウンドトラック — 一つの主題を、その裏側ごと録る
Nainita Desai
はじめに — 映像のない譜面から立ち上がる、オーケストラの薄明かり
消えた女優マリッサ・マルセルが遺した、公開されなかった三本の映画。その断片を、画面のなかの顔やモノをクリックして別の場面へ飛び移りながら手繰り寄せる。Komugi のレビューが扱ったこの実写(FMV)ミステリー IMMORTALITY で、最初に耳へ届くのは、CGでもチップチューンでもない、生のオーケストラの薄明かりだ。低い弦がゆっくり息を吸い、木管がそこへ細い線を引く。だいたいのテンポはとても遅く、私の耳測りではおおよそ 60〜80 BPM のあたり、脈拍より少し落ち着いた速さである。
作曲は Nainita Desai。二度のエミー賞ノミネートを持つ英国の映画・テレビ・ゲーム音楽家で、サウンドトラックは Lakeshore Records から 2022 年 8 月に全 17 曲で公開された(配信は The Orchard 経由)。彼女がこのスコアで置かれた状況は特殊だ。作曲家が普段もらう視覚的な手がかり——ゲームプレイ映像も、アートワークも、映画のラフ編集も——何もなく、渡されたのは 280 ページの脚本一冊だった。つまりこの音楽は、映像に貼りつける前に、言葉と会話から立ち上げられている。
三本の映画、三つの主題 — 音楽が時間ではなく構造に割り当てられる
Desai は、場面を線的になぞる劇伴を捨てた。8〜10 時間ぶんの実写素材を、非線形に見せるこのゲームでは、映像に沿って書いても意味をなさないからだ。代わりに彼女は、三本の映画それぞれに一つずつ主題を書いた。1968 年のゴシック(小説『修道士』を下敷きにした、死後の世界を扱う映画)には『Religion』、1970 年代ニューヨークの美術家の死を巡るスリラーには『Life』、90 年代末のポップスターと影武者の物語には『Art』。同じオーケストラの音色でまとめつつ、主題を『宗教/生/芸術』という抽象概念に結びつけた——時代ごとのスコアの物真似を避けるためだ、と本人がインタビューで語っている。
ここがパズル的だ。どの主題が鳴るかは、再生位置ではなく、いま見ている場面に付いたメタデータ(タグ)で決まる。プレイヤーがクリックで断片から断片へ飛ぶたび、音楽は時間軸ではなく『どの映画の、どんな性質の場面か』という状態に応じて選び直される。劇伴が一本の線ではなく、状態機械として設計されているのだ。作曲者が映像を一切見ずに書けた理由も、ここにある——彼女が用意したのは特定の場面のための音ではなく、状態に貼りつくための素材群だった。
裏返した主題、超常の主題 — 一つの録音から生まれる双子の影
各主題には二種類の影がある。一つは『subverted(裏返した)』版。宗教なら支配と残酷さ、生なら二日酔いの朝、芸術なら完成に辿り着けない苦役——同じ旋律の、負の側面だ。もう一つが『supernatural(超常の)』版で、Desai はこれを『ストレンジャー・シングス』の裏側の世界(Upside Down)に例える。表の主題と並走し、あるものに行き当たった瞬間、聴こえる音が反転して、歪んで、ぞっとするものへ切り替わる。彼女と Barlow はここでデヴィッド・リンチを強く参照している——完璧なアメリカの夢の、皮一枚下にある邪悪さだ。
作り方が私には一番の学びだった。彼女はこの超常版を、新しい不気味な楽器で置き換えるのではなく、表の主題の元録音そのものを刻んで作っている。規則的な間隔で、かなり数学的に切り込み、引き伸ばし、小節を抜き、抜いた断面を主題に 1:1 で対応させる。グラニュラー・シンセシス、ディレイ、リバーブ、ピッチシフト。こうして『同じ主題の、ひどく歪んだ版』という血縁を保ったまま、「これはおかしい」と思わせる音にする。表と裏が別素材ではなく、一つの録音から生まれた双子であること——これが、映像をスクラブして隠れた層を掘り当てる、あの発見の瞬間に音で応えている。
パズルとのアナロジー — 巻き戻す指と、状態で選ばれる和音
私はいつも音楽を BPM で測りたがる質だが、この作品はそれを拒む。IMMORTALITY を『解く』テンポは、線的な速さではない。クリックで場面から場面へ跳び、巻き戻し(スクラブ)で映像の裏を覗き込む——進み方そのものが非線形で、行きつ戻りつする。だからこの譜面も、一定の拍で流れる帯ではなく、こちらの手つき(いまどの場面の、どの性質に触れているか)に応じて、鳴る和音を選び直す仕組みになっている。解くテンポと音楽のテンポが、同じ『状態遷移』という文法で書かれているのだ。
私の見立てでは、表の主題を『解けている実感』、裏返し版を『行き詰まりの手触り』、超常版を『触れてはいけないものに触れた瞬間』と置くと、この三層はそのままプレイヤーの心理の三相になる。巻き戻して同じ場面を何度も擦るとき、耳が拾うのは反転した双子だ。長考に沈黙が似合い(Stephen's Sausage Roll)、試行錯誤にチップチューンが似合う(Baba Is You)なら、断片を非線形に手繰る発見には、状態で切り替わるオーケストラの影がいちばん似合う。
聴くべきトラック
まずは上に埋め込んだ『Immortality - Opening』。表の主題が、まだ影を見せる前の、澄んだ薄明かりで立ち上がる一曲だ(Nainita Desai 公式トピックチャンネル、The Orchard 提供)。
そして『Life』。Minsky に結びついた第二の主題で、Desai がずっと使いたかったというサックスが、官能の下に冷たい空虚を敷く。Klute や Body Double の空気を彼女自身が挙げている一曲だ。 Nainita Desai - Life(Lakeshore Records 公式)↗
アルバム全体は公式スマートリンクから各配信へ辿れる。 Immortality (Original Soundtrack) 公式リンク集 ↗
おわりに — 主題の影を、同じテイクから彫る
自分が曲を作るなら、ここを盗む。主題を一本書いたら、その「裏側」を新しい音色で別に用意するのではなく、書いた主題の録音そのものを刻んで、引き伸ばして、影を彫り出す。表と裏を血縁にしておくと、切り替わった瞬間に聴き手が『同じものが歪んだ』と直感できる。そして、どの版を鳴らすかを再生位置ではなく状態(場面のタグ、プレイヤーの進捗)に委ねる。線ではなく状態で音を選ぶ——インタラクティブな作品でしか成立しない、この一手は覚えておきたい。
聴き直すなら、深夜、黒コーヒーを一杯淹れてからがいい。『Opening』の澄んだ主題を先に入れてから、その超常版へ潜ると、同じ旋律が裏返る瞬間の設計がよく見える。Barlow の非線形な語り(Her Story、Telling Lies)や、Desai のドキュメンタリー仕事(For Sama)へ足を延ばすと、この『言葉から立ち上げる』音楽の作法が、もう少し立体的に見えてくるはずだ。
参考リンク
・Steam: Immortality (Original Soundtrack) 公式 OST
・Screen Rant: Composer Nainita Desai Interview(三つの主題・subverted/supernatural の作り方)
・YouTube: Nainita Desai - Life(Lakeshore Records 公式)
・YouTube: Immortality - Opening(Nainita Desai 公式トピック / The Orchard 提供)
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