SOUNDTRACK · 2026-07-06
Paradise Killer のサウンドトラック — 順番を決めるのは私だ
Barry "Epoch" Topping
はじめに — 犯罪の島に降りる、最初のビート
薄紫の夕景、ネオンに濡れたコンクリート、殺されるために建てられたような楽園。Komugi のレビューが扱ったこの一人称の自由捜査ゲームに足を踏み入れると、耳へ来るのはまず艶やかなベースと、少し古びたドラムマシンの粘り、そしてサックスやシンセの上物だ。だいたい BPM は 90 前後、跳ねるでもなく走るでもない、歩幅にぴったりの速さ。Barry "Epoch" Topping が書いたこの音楽は、ゲーム音楽というより、誰かが屋上で作ってくれたミックステープの手触りをしている。
1980年代の日本のシティポップ、フューチャーファンク、ヴェイパーウェイヴ、ニュージャックスウィング——資料によれば、Topping は自身のソロ作でこの語彙をすでに持っていて、開発元 Kaizen Game Works はそれを聴いて彼に声をかけたという。全24曲、2020年9月に公式サウンドトラックとしてリリースされた。冒頭を飾る「Paradise (Stay Forever)」の一節が流れ出した瞬間に、この島の気温と湿度が決まる。
『サウンドトラック』ではなく『アルバム』を作らせた
ここが Paradise Killer の音楽でいちばん面白い設計だ。開発の創作責任者 Oli Clarke Smith はインタビューでこう語っている——ゲームがあまりに自由な形をしているので、特定の物語の節目に合わせて曲を書くことはせず、Topping には「従来のサウンドトラックではなく、一枚のアルバムを作る自由」を与えた、と。だから曲は場面のトリガーで鳴るのではなく、島の空気のように流れ続ける。
その結果として彼が言い添えた一言が忘れがたい。曰く、プレイヤーごとに体験が違い、「ちょうどいい曲が、島に沈む夕日のちょうどいい眺めと、偶然に重なる瞬間に、魔法が生まれる」。作曲家が魔法の発生を保証しない。ただ魔法が起きうる材料を敷き詰めておく。開発の途中で UI をすべて捨て、シティポップのレコードジャケット風に作り直したという逸話も、この『一枚のアルバムとしてのゲーム』という思想の徹底ぶりを物語る。
捜査そのものも同じ思想でできている。手がかりは好きな順で拾え、プレイヤーに何かを強制しない——500以上の会話ファイルが相互参照し合い、どの順路でも破綻しないように組まれている。順番を固定しない捜査に、順番を固定しない音楽。噛み合っているのは偶然ではない。
パズルとのアナロジー — シャッフル再生で解く事件
多くのパズルは、解き手のテンポを作曲家が上から握ろうとする。難所で緊張する曲、正解でファンファーレ。だが Paradise Killer はその主導権をプレイヤーに手渡した。私が屋上へ登るか、海辺を歩くか、容疑者に会いに行くか——その選択の連なりが、たまたま鳴っている一曲と重なって、その瞬間だけの意味を帯びる。音楽は事件を説明しない。私が事件を組み立てる速度に、ただ寄り添う。
私はいつも音楽を BPM で測る癖があるが、この作品では BPM よりも『間』の設計に唸った。曲そのものは 90 前後で安定しているのに、体験のテンポは私の歩みと迷いで伸び縮みする。長考しても曲は急かさない。手がかりが繋がった瞬間も、ドラムは同じ顔で回り続ける。解けた高揚は音楽が与えるのではなく、私の内側で起きる。だからこそ、次にまた同じ曲を聴いたとき、その時の推理が蘇る。プレイリストが記憶の索引になるのだ。
沈黙で長考を支える Stephen's Sausage Roll とも、試行のリズムを刻む Baba Is You とも違う。Paradise Killer が示すのは第三の解き味——『鳴らしっぱなしにして、意味づけは解き手に委ねる』という手つきだ。
聴くべきトラック
音源は開発元 Kaizen Game Works の公式 Bandcamp で全曲聴ける(公式レーベルページ)。まずは開幕の Paradise (Stay Forever) ↗。艶のあるベースと甘いコードで、この島の「永遠にいたい/一刻も早く出たい」の両義を最初の一分で刷り込む一曲だ。
跳ねるドラムで捜査に軽い足取りを与える GO!GO!STYLE ↗、そして夜の翳りを一段深くする Lady Blue ↗。この二曲を続けて聴くと、同じ島でも昼と夜で温度が変わるのが分かる。捜査の合間に流れ込んでくる音が、記憶の栞になっていく感覚を試してほしい。
アルバム全体を通し聴きするなら、下の公式プレイヤーからどうぞ。
おわりに — 自分が作るなら盗む点
私が曲を作るなら、この作品から盗むのは『場面に付けない勇気』だ。トリガーで鳴らせば確実に効く。だが確実さと引き換えに、体験は毎回同じ形に固まる。Paradise Killer は制御を手放し、代わりに『どこで鳴っても成立する強度』を一曲ずつに宿らせた。ゲームでなくとも——プレイリスト、配信、店の BGM——聴き手が順番を決める場では、この設計思想はそのまま効く。
だから作るときの問いはこう変わる。『この場面にどんな曲を当てるか』ではなく、『どこで鳴っても、聴き手の今と偶然重なって意味を持てる曲か』。前者は演出で、後者は環境だ。Topping が書いたのは紛れもなく後者だった。
聴き直すなら、作業や散歩の BGM にそっと混ぜてほしい。ふと窓の外の夕日と一曲が重なる、その偶然の一瞬こそがこの音楽の正体だ。捜査の緊張を思い出したくなったら、同じ Kaizen の次回作や、シティポップ隣接の Unpacking のサウンドトラックあたりへ足を伸ばすのもいい。
参考リンク
・Kaizen Game Works 公式 Bandcamp: Paradise Killer Original Soundtrack(全24曲)
・Steam: Paradise Killer Soundtrack(公式 OST DLC)
・1Print Games: Kaizen Game Works クリエイティブディレクター Oli Clarke Smith インタビュー(『アルバムを作る自由』の一次証言)
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