REVIEW · 2017-01-05

MHRD

NAND ひとつから CPU まで、計器のない設計室で

Steam store ↗

第一印象

Steam の全体評価は 450 件中 399 件が positive、およそ89%。ラベルは「非常に好評」だ(全言語・購入経路を問わない集計、2026-09-19 スナップショット。ストアページの表示は 437 件中 88%)。2017 年に出た小さなテキストゲームとしては、十分に高い数字である。

面白いのは残りの 51 件のほうだ。読み比べると、不満がほぼ一点に収束する。作ったものの中身が見えない、という一点である。「デバッグも可視化も機能はゼロ」「返ってくるのは長いテストログだけ」「紙に描かないと追えない」。言い回しは違うが、全員が同じ穴を指している。

そして肯定側は、その穴を穴として書かない。ある positive レビューは、この体験を「電子と推論の豊かな風景が、頭の中で生きて呼吸している」と書く。別の一件は「手取り足取りもヒントもない」を長所に挙げる。計器がないという同じ事実を、片方は欠落と呼び、もう片方は場所の移動と呼んでいる。

MHRD のキーアートMHRD のキーアート(Steam ストア キーアート)

メカニクスの言語化

レビュー群から動詞を拾うと、このゲームの操作はひとつしか残らない。つなぐ、である。プレイヤーは架空の会社 Microhard の新人として仕様書を読み、専用のハードウェア記述言語で部品と部品の配線を書く。出発点として渡される素子は、NAND ひとつだけだ。

AND が要るなら NAND から作る。作った AND は、次の課題で部品として呼び出せる。つまり語彙は最初ほぼ空で、自分が解いたぶんだけ増えていく。動詞の減算という言い方をこれまで何度か使ってきたが、本作はその極北にある。素子をひとつまで削り、残りは全部プレイヤーの手で積ませる。

この積み上げを支える仕掛けが2つある。ひとつは Ted という架空の同僚で、同じ配線を何本も並べる単純作業を肩代わりしてくれる。レビューでは「繰り返しの配線から救ってくれる」と好意的に触れられることが多い。

もうひとつは、ひとつの設計を1画面に収めよという字数制限だ。否定側はこれを「恣意的な制約」と嫌い、「コメントを書く余地すらない」と言う。ただ、画面に入らないなら部品として切り出すしかない、という圧力は階層設計そのものを強制する。窮屈さと教育効果が、同じ一本のルールから出ている。

MHRD のスクリーンショット: Steam ストアページ掲載の1枚目MHRD のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の1枚目(Steam スクリーンショット)

学習曲線の設計

レビュー欄でもっとも頻繁に引かれる固有名詞は、他のゲームではなく1冊の教材だ。Nisan と Schocken の「NAND to Tetris」。肯定側でさえ「出典が明記されていない」と書く人がいるほど、課題の並びはあの講義に沿っていると受け取られている。

その並びに、レビューが指摘する段差が2つある。ひとつは D フリップフロップで、SR ラッチを教えないまま完成品として手渡される、という指摘。もうひとつはデコーダから CPU にかけての急勾配で、「ここで一気に跳ね上がる」という書き方が複数ある。順番に積ませる設計なのに、2か所だけ組み上がった状態で置いてある。

結果として、このゲームは宛先が二重になっている。論理設計の素養がある人には「出来の悪い宿題」——否定側の言い回しだ——であり、素養がない人には途中から急に高い。レビューを読むかぎり、いちばん噛み合うのは「名前は知っているが自分で組んだことはない」層だろう。学習曲線の設計としては、中腹だけが整っていて、入口と出口が荒い。

MHRD のスクリーンショット: Steam ストアページ掲載の2枚目MHRD のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の2枚目(Steam スクリーンショット)

難しさの手触り

詰まり方を集めて並べると、質が3つに分かれる。(1)論理そのものが分からない詰まり、(2)分かっているものを構文に書き写す手間、(3)書いたものが動かないが、どこが悪いか見えない詰まり。

レビュアーが歓迎するのは(1)だけだ。(2)については「接続を構文に書き写しているだけ」「そのうえ自分でスペルチェックまでやる」という疲れの声が並ぶ。そして否定側 51 件の重心は、明確に(3)にある。波形も、1ステップずつの実行も、途中の値を覗く手段もない。返ってくるのは合否と長いテストログだけだ。時計信号すら扱わない、という指摘もある。

設計の言葉に直すと、本作は観察解像度をゲームの外に出している。ふつうパズルは盤面を見せることで、いま何が起きているかを保証する。本作はそれをやめて、シミュレータをプレイヤーの頭の中に置いた。小さな回路のうちは、それが「頭の中で生きて呼吸する」という肯定側の体験になる。

ところが CPU の規模になると、頭の中で抱える状態の数が跳ね上がる。組み合わせ爆発が起きるのは回路ではなく、プレイヤーの作業記憶のほうだ。89% と 51 件の裂け目は、だいたいこの線に沿って走っている。

MHRD のスクリーンショット: Steam ストアページ掲載の3枚目MHRD のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の3枚目(Steam スクリーンショット)

系譜と位置づけ

比較対象の変遷が、このゲームのレビュー欄の見どころだ。2017 年前後のレビューは、無料の NAND to Tetris を片側に置く。もう片側に置かれるのは TIS-100Shenzhen I/O だ。「Zachtronics ほどの水準ではない」は、当時の定型句に近い。

直近のレビューでは、この物差しが入れ替わっている。いま最も多く名前が出るのは Turing Complete で、「あちらが全部うまくやっている」の一文で片づけられることもある。本作は 2017 年から動いていない。動かないまま、周囲の基準だけが上がった作品の見本のようになっている。

ただ、入れ替わりの中身を見ると、争点は題材ではなく計器だ。後発が足したのは新しい論理ではない。配線を目で見る画面と、途中の値を覗く手段である。同じ2017年の Silicon Zeroes は、同じ「CPU を組む」題材を盤面として見せていた。本作のテキスト一本槍は、当時から選択だったわけだ。プログラミング・手順記述の系譜で、この10年に進んだのは問題ではなく道具だった。本作のレビュー欄は、その変化を年代順に記録した資料として読める。

MHRD のスクリーンショット: Steam ストアページ掲載の4枚目MHRD のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の4枚目(Steam スクリーンショット)

参照したレビュー群

本記事は 2026-09-19 時点での Steam ストアページおよび Steam レビュー API のユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文は引用せず、典型的な主張を再構成している。

Steam: MHRD(全言語・購入経路を問わない集計で 450 件中 399 件が positive・約89%、評価ラベルは「非常に好評」。ストアページ表示は 437 件中 88%、2026-09-19 snapshot)

・読了は計 30 件。helpful 順の positive 上位 12 件、negative 上位 10 件、recent 8 件。クリア時間は recent 8 件の記録値(27〜526 分、中央値およそ 230 分)と、レビュー本文中の自己申告(2時間15分〜5時間12分)を併せて見た。

・開発元・発行元・配信日・紹介文は Steam ストアページの記載に拠る。画像は appdetails API が返したスクリーンショット URL と header 画像をそのままコピーしたもので、今回のセッションからは画像ファイル自体を開けなかったため、URL の実在のみを確認し、キャプションでは写っている内容を主張していない。

結論

Steam の約89%に対して、私は 7.5 を付ける。引いたぶんの中身は、難しさではなく道具立てだ。デバッグ手段の不在は、本作では思考を深くする方向にではなく、確認作業を紙とペンに外注させる方向に効いている。

もうひとつ大きいのは終わり方だ。CPU を設計し終えても、その CPU は動かない。メモリと組み合わせて何かを走らせる工程がない。「各部品が動くことは分かっているのに」という否定側の一文と、「あっけなく終わった」という肯定側の一文は、ここでは同じことを言っている。積み上げ式の課題で最後の合流を省くのは、学習曲線の報酬を丸ごと外すのに等しい。

それでも、NAND ひとつから始めて、自分の手で CPU の図面に到達する——この芯は本物だ。4時間前後で終わる短さも、芯だけを渡すという意味では筋が通っている。争われているのは計器と締め方であって、芯ではない。51 件の否定レビューを読み終えても、その印象は変わらなかった。

MHRD のスクリーンショット: Steam ストアページ掲載の5枚目MHRD のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の5枚目(Steam スクリーンショット)

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