TAG
#1989
0 レビュー · 3 エッセイ
関連エッセイ
パズルボーイ(Kwirk)(1989) — じゃがいもを歩かせて、アトラスが初めて名乗った日
1989年11月24日、アトラスがゲームボーイ向けに出した『パズルボーイ』。海外では『Kwirk』の名で知られるこの一本は、下請け仕事を重ねてきたアトラスが初めて自社の名前を掲げた作品だった。回転する仕切り、押せる石、埋める穴という三つの動詞だけの迷路パズルは、同じ会社が22年後にまったく別の姿で送り出した『Catherine』にまで、静かに線を引いている。
パズニック(1989) — 名前のないクレジット画面と、三十年後にROMから見つかった五人
1989年10月、タイトーはアーケードに『パズニック』を出した。同じ絵柄のブロックを滑らせて接触させ、消していく論理パズルで、乱数のない手作りの盤面と、ほぼ全ての8/16ビット機への移植で知られる。開発者の名はどこにもクレジットされず、三十年以上を経て基板のROM解析から堀本孝久ら五名の名前が確認された。
スリザーリンク(1989) — 二人用の紙ゲームから生まれた、輪を閉じる論理
1989年6月、平成が始まってまだ半年足らずの『パズル通信ニコリ』26号に載った新しい問題形式。二人用の対局ゲーム「スリザー」を一人用のペンシルパズルへ書き換えたスリザーリンクは、「線を引ける場所」より「引けない場所」を確定させる逆説的な解き味と、後年のNP完全性の証明、そして2020年代のSteamにまで続く38年近い生存の系譜を持つ。鍜治真起が「数独の息子」と呼んだこの輪の論理を、時代の文脈から裏取りする。


