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「時間の無駄」と言われたら、どう答えるか
自分のパズルの紹介文を三日書き直している。「集中力が上がります」と書けば、遊ぶ理由を相手の代わりに用意してあげられる。でもその一行を置いた瞬間、パズルは道具になる。『Unpacking』(Witch Beam、2021)を「時間の無駄」と呼ぶ人を見たことがないのは、それが片付けという役に立ちそうな形をしているからだ。遊びの正体・かけら枠は、遊びは休息にすぎないと書いたアリストテレスと、人は遊ぶときにだけ完全に人間だと書いたシラーを差し向かいに座らせる。噛み合わない二人が、たった一点で合流する。
実績100%は誰のための完走か——完璧主義と遊びの哲学
深夜、Hollow Knight のセーブデータを開くと、画面の隅に「93%」と出ていた。物語はもう終わっている。それでも、この数字だけが消えない。あと数個を取りに戻る自分は、まだ遊んでいるのか、それとも片づけているのか。遊びの正体・かけらは、正反対の答えを出しそうな二人を差し向かいに座らせる。遊びとは不必要な障害を自分から引き受けることだと書いたバーナード・スーツと、活動には二種類あると書いたアリストテレス。そして、このゲームの満点が100%ですらないことに気づく。
運で勝った勝利は「自分の」勝利か——アレアと功績の哲学
深夜、Balatro で自己ベストの一撃が出た。うれしくて友人に送ったら「今の、運だろ」と返ってきた。運が配ったものを、私の勝利と呼んでいいのか。遊びの正体・かけらは、正反対の答えを出しそうな二人を差し向かいに座らせる。運もまた遊びの一等地だと説くカイヨワと、勝利は運ではなく「その人の活動」に宿ると考えるアリストテレス。二人はやがて、「一回の目」と「長い勝率」を、そっと二つの皿に分けはじめる。


