SOUNDTRACK · 2026-06-16

Chants of Sennaar のサウンドトラック — ことばを覚える前に、その民の音を覚える

Thomas Brunet

🎧 音声で聴く

はじめに — 洞から光へ出る、最初のひと呼吸

石棺で目を覚ました旅人が、暗い最下層から最初のらせんを昇りきると、光が差し込む。そこへ寄り添ってくるのが、Thomas Brunet の手による開幕曲「Out Of The Cavern And Into The Light」だ。Komugi のレビューが扱ったこの観察と推論のゲームで、まず耳に届くのは合成音ではなく、生のチェロと木管、そして遠くで揺れる声。だいたいのテンポは脈拍よりやや遅く、急かさない。歩幅と、手帳に書き込む速度に、ちょうど合う。

Brunet は Rundisc のために、ほぼ全編をアコースティック楽器で書いた。オーボエやクラリネット、複数の伝統的なフルート、撥弦楽器、そして人の声。録音はボルドー近郊の Studio Du Bassin で、2日間のセッションに9種の楽器を詰め込んでいる。後日あらためてヴォーカルとクラリネットを足したという。最初のひと呼吸で漂う『人工物のない、土と木の手触り』は、ここから来ている。

言語ごとに、音の世界がある

このゲームの肝は、各階の民が使う未知の文字を、絵や身振りを手がかりに一つずつ意味づけし、手帳に語彙を貯めていくことだ。正解が告げられるのは、関連する数語をまとめて正しく当てた検証の瞬間だけ。手取り足取りはない。面白いのは、文字を一つも読めない段階でも、その階の音楽がもう『この民は何者か』を語り終えていることだ。

Brunet はインタビューで、各民の音楽は実在の民族や宗教の寓意ではなく、『その民が世界をどう考え、どう見ているか』に従って書いた、と語っている。ある民には神への畏れ、ある民にはのんびりした余暇、ある民には完璧に秩序づけられた計算。だから音楽そのものが、解読すべきもう一つの言語になる。文字を読む前に、旋法と楽器編成が『ここは祈りの民だ』『ここは機械の民だ』と教えてしまう。メカニクスとサウンドが、同じ『理解する』という行為で握手しているわけだ。

もう一つ。彼はこの作品を、Outer Wilds や Obra Dinn と同じ『知識で進むゲーム』の系譜に置く。プレイヤーが世界に『偶然たどり着いた』感触、自分のために用意されたのではない世界。だから音楽もほとんど適応型(インタラクティブ)にせず、物語の節目でだけ反応させた。流れ続ける音は、あなたが来るずっと前からこの世界が在ったことを、静かに保証している。

制作のはなし — 楽器を弾いてから、書く

Brunet は、まず楽器を手で鳴らしてから書く人だ。ピアノでもギターでもフルートでも、その楽器に自然な形をつかんでから上に積む。軽快な「A Bit Of Fun」は、もとはルーマニアの農民笛を彼自身が吹いて、場面に合う音色を探ったところから生まれたという。デモで弾いたアイリッシュ・ブズーキや各種フルートの一部は、最終版では本職の奏者に置き換わった。フルートは Sylvain Millepied が吹き、彼が他の奏者たちを連れてきた。

参照した作品として彼が挙げるのは、Austin Wintory の Journey、Jessica Curry の Everybody's Gone To The Rapture、大島ミチルの ICO。いずれも音数を抑え、世界の手触りを音で立ち上げるスコアだ。ゲーム音楽が適応性を増していく潮流を認めつつ、この作品はそれを必要としなかった、という彼の判断が、結果としてアルバム単体で聴いても崩れない強度を生んでいる。

パズルとのアナロジー — 推論の『カチッ』と、旋法の辛抱

解読の体感は独特だ。標識を眺め、仮説を立て、別の場面で裏を取り、手帳に書く。そして数語をまとめて当てたとき、ページが確定する小さな『カチッ』が来る。この時間構造は、Brunet の音楽の運びとよく似ている。急かさない持続音は、あなたが観察に費やす長い無音の思考に寄り添い、節目で旋律が解決すると、ちょうど語彙が確定したときの納得とリズムが重なる。

私は何でも BPM で測る癖があるが、この曲集は拍で押してこない。だいたいの拍はあるのに、角が丸い。それは推論というテンポ——速くも遅くもなく、こちらの呼吸で進む——に音楽が歩調を譲っているからだ。旋法(音階の色)が階ごとに替わるのも効いている。新しい階に入ると音の『方言』が変わり、耳が『ここは別の民だ』と先に気づく。解く前に、世界の地理を音で覚えてしまうのだ。

聴くべきトラック

まずは開幕の「Out Of The Cavern And Into The Light」。暗がりから光へ抜ける瞬間の、生楽器の呼吸をそのまま閉じ込めた一曲だ。作曲者本人の公式チャンネルより。

次に、7分半をかけてゆっくり広がる「Gardens of Plenty」。階を移ると音の方言が替わる、その『別の民の音』を一番長く味わえる。流しっぱなしにしても壁紙にならない持続の作り方が、ここに詰まっている。

もう一曲、秩序と計算の民を描く「The Cogs Of Science」も併せて聴いてほしい。旋法が替わるだけで『考え方の違う人々』が立ち上がるのがよく分かる: The Cogs Of Science ↗(公式)。

おわりに — 私が盗むなら

私が自分の曲で盗むなら、ここだ。『場所や勢力にライトモチーフを一本割り当てる』のではなく、『その集団がどう世界を見ているか』を旋法と楽器編成そのものに語らせること。畏れ、余暇、計算——価値観が音色になれば、聴き手は説明される前に違いを察する。もう一つは、過剰に適応的にしないこと。物語の節目でだけ反応させ、ふだんは流れ続けさせると、『世界は自分が来る前から在った』という感触が立つ。そしてできれば、机に向かう前に楽器を一本、手で鳴らしてみること。「A Bit Of Fun」が農民笛から生まれたように、身体から出た形は嘘をつかない。

聴き直すなら、語学や暗号、地図づくりみたいに『少しずつ世界が分かっていく』作業のときがいい。塔を一段ずつ昇るあの感覚に、音がそっと拍を貸してくれる。観察と推論で世界をほどく感触が好きなら、Heaven's Vault や、同じく文字を読み解く Return of the Obra Dinn の音にも、きっと同じ手触りを見つけられるはずだ。

参考リンク

Steam: Chants of Sennaar 公式 OST

Thomas Brunet 公式 Bandcamp

Thomas Brunet 公式 YouTube チャンネル

Kitty on Fire Records: Thomas Brunet インタビュー

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