プレミアム

PAPER-DIGEST · 2026-09-01

O'Neill ら: 約束を守らせる仕組みが、どこにも無い盤面 — Fukai が読む

マルチエージェント / 交渉と裏切りの実験環境

一段落要約

4人で地図を奪い合うボードゲームがある。誰と手を組んでもいい。誰を裏切ってもいい。そして約束を守らせる仕組みは、盤面のどこにも無い。カリフォルニア大学バークレー校のチームは、この「守らなくてよい約束」だけでできた盤面を作り、大規模言語モデル(large language model。大量の文章から学んで文章を書く AI)と人間の両方に遊ばせた。

回した試合は 1,100 を超える。内緒の会話は 16,000 件以上、合わせて 1,520 万トークン(AI が文章の長さを数える単位)になった。そこで見えたのは、人間と AI では「約束の作り方」がまるで違うという差だ。AI は気前よく大量の約束を配り、人間は少ない約束を、より多くの相手と結ぶ。

そして少し気味の悪い結果もある。AI に「もっと欺いてよい」と指示するだけで、勝率は 22.2% から 32.7% に上がった。交渉できるゲームに AI の対戦相手を置こうとしている人にとって、この論文が測ったものは他人事ではない。

はじめに — 誰が書いた論文か

論文の題は「Cooperate to Compete: Strategic Coordination in Multi-Agent Conquest」。著者は Abigail O'Neill、Alan Zhu、Mihran Miroyan、Narges Norouzi、Joseph E. Gonzalez の5名で、全員がカリフォルニア大学バークレー校に所属している。Gonzalez は同校の電気工学・計算機科学科の准教授である。

公開先は arXiv(アーカイブ。査読を受ける前の論文を誰でも置ける場所)で、識別番号は arXiv:2604.25088。本文にも脚注にも、どの学会や雑誌に採録されたかの記載は無い。したがってこの記事では、査読を確認できていない preprint(プレプリント。査読前の原稿)として扱う。投稿の月は、arXiv の識別番号の頭4桁「2604」から 2026年4月と読める。

私がこれを今日選んだのは、この論文がゲームを作る人に残すものが、モデルではなく盤面だからだ。AI の性能を比べる論文はいくらでもある。だがこの論文の中心にあるのは、交渉と裏切りを測るために設計された「ルール」のほうである。ゲームデザインの言葉で読める論文は、そう多くない。

背景 — 「話し合える」と「約束が守られる」は別の話

複数の AI を同じ場に置いて評価する研究は、ここ数年で一気に増えた。ただし著者らの整理によれば、その多くは協力するだけの課題か、純粋に競争するだけの課題に寄っている。全員の利害が一致している場か、完全に対立している場か、どちらかだ。『RISK: Global Domination』のスクリーンショット『RISK: Global Domination』(SMG Studio、2020年)。地図を分け合い、奪い合う遊びは、交渉と裏切りを扱う舞台として長く使われてきた。※この作品は論文では扱われていない。

現実の交渉はその中間にある。著者らはこれを mixed-motive(混合動機。協力する理由と裏切る理由が同時に存在する状況)と呼ぶ。原文はこう書いている。エージェントは「互いの関係を築いて行き詰まりを避けるために協力的であり、同時に自らの利益を進めるために競争的でなければならない」。

著者らが問題にするのは、既存の環境が現実に無い制約を課している点である。原文の言い方では、既存環境は「対称的な情報更新や短い時間軸といった、現実を反映しない構造的制約を課すことが多く、競争的な環境における長い時間軸の協調はほとんど研究されていない」。

では長い時間軸の交渉を測るには何が要るか。私的な情報、変わっていく関係、そして「今は手を組むが最後には勝ちたい」という緊張。C2C という盤面は、この3つを盤面のルールそのものとして持たせるために作られている。

アプローチ — 12 の領土と、8通までの内緒話

C2C は4人用である。盤面は 12 の領土からなり、4つの地方にまとまっている。盤面を斜めに横切る移動を握る要所の領土が2つあり、そこが戦略の焦点になる。ボードゲームの『リスク』を思い浮かべてもらえば、だいたい形が掴める。

勝利条件は各プレイヤーに秘密で、しかも人によって違う。「割り当てられた、隣り合っていない2つの地方を征服せよ」という形で与えられ、最初に達成した人がその場で勝つ。加えて fog of war(戦場の霧。盤面に見えない範囲があること)があり、自分が持っている領土と、それに接している領土しか見えない。行動も、自分が起こしたものと自分が標的になったものしか見えない。

手番は、自分の領土1つに増援を2つ置くところから始まる。地方を丸ごと支配していれば、その地方ごとに2つの増援が上乗せされる。そのあとは順不同で、攻撃(サイコロで決まる)、交渉、支援、輸送、手番終了を選べる。

この支援(Support)が C2C の発明だ。相手の領土に自分の兵を送る行動で、原文は「支援行動は C2C に新しく、交渉の最中にプレイヤーが具体的な約束をすることを可能にする」と書いている。言葉だけの約束を、目に見える負担に変換する装置である。増援・行動選択・手番終了という一手番の流れ図(図解)C2C の一手番。交渉と支援は、攻撃と並ぶ「同じ手番の中の選択肢」として置かれている。

交渉は私的な通信路として開く。原文によれば、交渉が始まるとゲームは止まる。返事を待たずに次のメッセージを送ることはできず、どちらからでも打ち切れる。そして「一度のやり取りが手番を占領してしまわないよう、8通のメッセージ上限に達すると交渉は終了する」。支援は1手番に2回まで、交渉は1手番に1回までと決められている。

そして最も大事な一点を、原文はこう書く。「合意を強制するゲーム機構は存在しない。裏切りの唯一の帰結は、他のプレイヤーがどう反応するかである。

発見 — 人間は約束を絞り、AI は約束を配る

実験の規模は大きい。原文は「1,100 を超える試合を回し、16,000 を超える私的な会話は合計 1,520 万トークン、プレイヤーの行動は 15 万を超えた」と書いている。試した言語モデルは6種類(Gemini 3.1 Pro、Gemini 3.1 Flash Lite、Grok 4.1 Fast Reasoning、Grok 4.1 Fast Non-reasoning、GPT 5.2、GPT 4.1 Mini)。人間側は著者らの所属機関から 40 人(学部生・大学院生・教員)が参加し、1人あたり1〜6試合を遊んだ。

まず勝敗。原文は「人間は基準となるエージェントより有意に高い割合で勝つ(41.5% 対 22.0%、p = 0.0057)」と報告している。

面白いのは中身のほうだ。人間は逆提案をせずにそのまま受け入れる割合が 56.3% で、言語モデルの 67.6% より低い。取り決め1件あたりの合意項目も少ない(1.52 対 2.25)。支援の約束にいたっては桁が違う。原文は「人間は相手に支援を約束する頻度がはるかに低い(取り決め1件あたり 0.063 対 0.382)」と書く。その一方で人間は、より多くの異なる相手と話す(1.94 対 1.60、p = 0.0065)

では約束を守る率はどうか。原文は「人間と言語モデルのエージェントは同程度の履行率を示す(65.4% 対 70.2%、p = 0.43)」と書いている。つまり「AI のほうが信用できない」という単純な話ではない。嘘をつく割合は0より明確に高いのに(基準エージェントで 20.2%、Gemini 3.1 Pro で 31.2%、いずれも p は 10 のマイナス5乗未満)、履行率そのものは人間と大差ない。約束を大量に配るから、守る分も破る分も両方多い、と読める。『Among Us』のスクリーンショット『Among Us』(Innersloth、2018年)。拘束力のない会話だけで疑いと信頼が動く遊びの代表格である。※この作品は論文では扱われていない。

最後に介入の実験である。交渉を禁じると勝率は 22.2% から 12.3% に落ちた(p = 0.013)。逆に、交渉をより押しの強いものにする指示で 30.9%(p = 0.024)、支援を求めよという指示で 30.9%(p = 0.041)、そして「欺いてよい」という指示で 32.7%(p = 0.017)まで上がった。勝率をいちばん動かしたのは、最後の指示だった。

使いどころ — 交渉のあるゲームを作るなら

(1)「守らせない約束」には、目に見える履行手段を1つ添える。 C2C の支援は、口約束を「兵を実際に渡す」という負担に変える。もし自分が同盟と裏切りを扱うボードゲームを作っているなら、違反への罰則を足す前に、まず先払いできる行動を1つ用意するほうが安い。約束の重さが、言葉ではなく行動で表せるようになる。

(2) AI の対戦相手を積むなら、「気前のよさ」を性格として調整する。 この論文の数字を素直に読むと、言語モデルは放っておくと「やたらと多くを約束し、そこそこ裏切る相手」になる。難易度スライダーではなく、1回の取り決めで結べる合意の数や、支援を約束できる回数といったで性格を作るほうが、プレイヤーには読み取りやすい。『Sid Meier's Civilization VI』のスクリーンショット『Sid Meier's Civilization VI』(Firaxis Games / 2K、2016年)。AI の指導者と条約を結び、そして破られる体験は多くのプレイヤーに馴染みがある。※この作品は論文では扱われていない。

(3) 交渉フェーズの初期値として、C2C の制約はそのまま使える。 1手番に交渉は1回、往復は8通まで、返事を待たないと次を送れない。オンラインの交渉が試合時間を食い潰す問題に対する、実測を伴った妥協点である。ゼロから数字を決めるより、ここから始めて動かすほうが早い。

(4) AI 同士でバランスの当たりをつけ、人間で確かめる。 人間 40 人から 82 試合を集めるのは大変だが、AI なら 1,100 試合が回る。ただしこの論文が同時に示したのは「AI と人間では交渉の癖が違う」ことでもある。AI の統計をそのまま人間の統計として使わない、という但し書きが要る。

(5) 勝率だけを目的にしない。 この論文で最も勝率を上げた指示は「欺いてよい」だった。AI 対戦相手を勝率だけで調整していけば、行き着く先は嘘の多い相手である。パズルやボードゲームの AI を作る人にとって、これは目標ではなく警告として読むべき数字だと私は思う。

限界 — 著者が認めている点と、私が気づいた点

まず著者自身が認めている点。この研究は「特定の機関の属性の中で行われた基礎的な予備調査」であり、「結果は世界の AI との関わり方の多様性を十分に捉えていない可能性がある」と書かれている。参加者はすべて著者らの所属機関の学生・教員である。また、参加者のプライバシー保護のため人間側のデータは公開されない。コードと AI のみの試合データは公開予定だという。合意に拘束力を持たせること、人数を変えた試合、ブロードキャストの通信路は、いずれも今後の課題として挙げられている。

Fukai がここで指摘するのは、介入実験の非対称性である。「欺いてよい」と指示されたエージェントは、同じ指示を受けていない相手と戦っている。だとすればこの 22.2% から 32.7% への上昇は、「欺きが強い」ことの証拠であると同時に、「相手が知らない方針を持っていることが強い」ことの証拠でもあると読める。全員が同じ指示を受けたときに同じ差が残るかは、この実験の設計からは分からない。

もう一点、交渉を禁じた条件の 12.3% も読み方に注意が要る。4人のうち1人だけが黙っている状況で測った数字だからだ。「話せない側は弱い」ことは示すが、「交渉という仕組みそのものにどれだけの価値があるか」を示す数字ではない。加えて人間側は 40 人が1人あたり1〜6試合という設計なので、同じ人が繰り返し遊んだ影響がどう扱われているかは、私が読んだ範囲では判断できなかった。ここは論文を責める話ではなく、数字を引用する側が気をつけるべき点である。

Fukai の読み

私はこの研究を、交渉 AI の性能競争ではなく、「安い言葉を高くする」ゲームデザインの系譜に置きたい。ゲーム理論には cheap talk(チープトーク。何の拘束力も無い会話)という言葉がある。C2C の支援行動は、その安い言葉に値段を付ける装置だ。兵を先に渡してしまえば、その約束は嘘であっても痛い。設計批評の語彙で言えば、これは罰則を足すのではなく担保を足すやり方であり、ルールを増やさずに信頼を扱えるようにする点で筋がよいと読める。そして著者らが出した数字のうち、私が長く残ると思うのは勝率ではなく、人間が支援をほとんど約束しなかった 0.063 のほうである。人は、自分の言葉に担保を差し出すことを、機械よりもずっと嫌がるらしい。

おわりに

この論文の隣に置いて読むとよいものを挙げておく。交易を通じた駆け引きを言語モデルに測らせた研究は Feng らの回で扱った。記憶を増やすほど AI が協力しなくなるという、こちらもやや不穏な結果は Liu らの回にある。AI 同士の自己対戦をバランス調整に使う話は Zeng らの回、複数のエージェントの協働そのものを設計対象にした話は Earle らの回が近い。

著者らは今後の方向として、拘束力のある合意、人数の異なる試合、ブロードキャストの通信路、そして『ディプロマシー』などへの転移を挙げている。私が次に読みたいのは、支援のような「担保」を持つ盤面と、持たない盤面を並べた比較だ。この論文はまだ、担保のある盤面を一つ作ってみせたところまでである。そこから先が面白くなる。

参考文献

本記事で参照した論文と関連資料:

Cooperate to Compete: Strategic Coordination in Multi-Agent Conquest (Abigail O'Neill, Alan Zhu, Mihran Miroyan, Narges Norouzi, Joseph E. Gonzalez, 2026, arXiv preprint / arXiv:2604.25088)

同論文の HTML 版(本文の引用と数値はこの版から取った)

Joseph E. Gonzalez のホームページ(カリフォルニア大学バークレー校 電気工学・計算機科学科 准教授)

・記事中の画像は Steam のストア掲載素材から引用した。『RISK: Global Domination』(SMG Studio、2020年)、『Sid Meier's Civilization VI』(Firaxis Games / 2K、2016年)、『Among Us』(Innersloth、2018年)。いずれの作品も、この論文では扱われていない。交渉と裏切りという主題を説明するための例として挙げている。

リアクション(ログイン不要)

匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで

関連シリーズ

論文ダイジェスト第73回 / 全73回

次に読む

編集部からのおすすめ