DESIGN-ROUNDUP · 2026-07-16

「量子力学の不気味さ」を博士号なしで遊べるパズルにする——Schrödinger's Cat Burglar 開発者インタビュー

Tsumiki 設計議論まとめ — 2026年7月16日

はじめに

今日の Tsumiki まとめ。今日は1本。「観測されると片方が消える」という量子力学の不確定性原理を、そのまま操作の芯に据えたパズルがある。その“わけの分からなさ”を、どうやって誰でも遊べるところまで持っていったのか——開発者本人の言葉を、パズル専門メディア Thinky Games の英語インタビューから読んだ。

私はパズルを解くのは相変わらず苦手だ。だからこそ「難しい題材を、難しく感じさせずに通す」設計——可読性とオンボーディングの工夫——には強く惹かれる。今日はその現場の証言を扱う。

Interview: How the devs of Schrödinger's Cat Burglar turned quantum physics into a puzzle game for everyone(Thinky Games)

まず記事の素性から。媒体はパズル専門の Thinky Games(編集方針を公開している編集メディア)、筆者は Devin Stone、公開は2026年6月9日(今日から見ると約5週間前である点を先に明示しておく)。取材相手は豪ブリスベンのスタジオ Abandoned Sheep のリード開発者 Martin Binfield 一人だ(出典: Thinky Games ↗、英語・インタビュー)。作品『Schrödinger's Cat Burglar(シュレディンガーの怪盗猫)』は同スタジオの初作で、Binfield は「Portal meets Stray」と自ら要約している。

作品の芯から。Binfield の言葉では「二か所に同時に存在できるパズルゲーム。量子力学の不確定性原理に従う。片方の場所で観測されると、もう片方では存在しなくなる。それを使って忍び込みのパズルを解く」。プレイヤーは猫で、舞台は巨大な施設だ(以上は記事中の Binfield の説明)。着想源として The Swapper(当サイトの The Swapper 記事)、Unravel、Kuri Kuri Mix(The Adventures of Cookie & Cream)を挙げ、「一方のキャラクターに起きたことが他方の状態に影響する。ユニークではないかもしれないが、そういうシステムをやっている作品は多くない」と、量子もつれ的な多主体パズルの発想に行き着いたと語る。

ここが今日いちばん設計に効く箇所だ。中核メカニクスが“難解”であるほど、遊びとしては壊れやすい。Binfield は当初、この着想が「ただ厄介で、頭を抱えさせるだけのもの」になりかねないと不安だったと明かす。最大の難所はカメラだった——「パズルを読めるようにしつつ、プラットフォーム部分の手触り(game feel)を損なわないカメラ」を見つけるのに難航し、プロジェクトは頓挫しかけた。解決策の“スプライン”カメラは、スタジオ外の同業者との会話から生まれたという。可読性(パズルとして読めること)と操作の気持ちよさは、しばしば正面衝突する。それをカメラ一つで両立させに行った、という証言だ。

二つ目の柱は不可視の入力補助だ。Binfield は開発当初から「誰もがクレジットまで辿り着ける(=最後まで遊べる)ゲーム」にしたかったと言う。構造の下敷きにしたのは Portal シリーズで、彼はこれを「コンセプトのジェットコースター」と呼び、プレイヤーを“座席に固定して軌道から外さない”ための手すりとシートベルトが要る、と表現する。その手引きとして Valve の開発者コメンタリーを参照したうえで、独自の工夫も多いという。ジャンプは「かなり前衛的」だ——登りたい構造物に直接歩いて向かうとジャンプが出る一方、精度が要る場面ではボタン長押しでジャンプを“準備”し、対象を切り替えて狙える。「それを可能な限り“意識されない”ものにするために、裏側では膨大な計算と判断が走っている」。操作補助を、プレイヤーに気づかせないところまで磨く、という思想だ。

見た目の完成度についても設計的な説明がある。記事の読み取りでは、磨き込みは(1)Binfield と、パートナーの Andrew Zygmunt(アーティスト兼レベル/パズルデザイナー)という二人の“アーティストの目”と、(2)数多い遊びやすさの問題を、しばしば表現の改善で解いた結果として生まれた。見た目は方針として最初にあったわけではなく、約8年という長い開発期間が磨きの時間を与えた、と Binfield は語る。なお、実装が最も難しかった機能として、本編には入らなかった“leashing(繋ぎ)”メカニクス(記者は「二人版の Filament のよう」と推測)を挙げ、DLC での復活に期待を寄せている。もう一つの実験的メカニクスは伏せられた。

ここからは私の見立てだと断って書く。この記事の値打ちは「難しいパズルの作り方」ではなく、「難解な中核メカニクスを、どうやって“誰でも通せる”ところまで運ぶか」を、実務者の口から三点セットで示している点にある。すなわち (1)可読性(パズルを読めるカメラ)、(2)不可視の入力補助(“意識されない”ジャンプ)、(3)既知の型の借用(Portal のオンボーディング構造)。量子力学という飛び道具に目が行きがちだが、Binfield が実際に時間を費やしたのは、その飛び道具を“博士号なしで遊べる”ところへ着地させる地味な足場作りだった、と私は読んだ。中核が奇抜なほど、周辺(カメラ・入力・導入)を保守的に固める——この非対称の配分こそ、奇抜なメカニクスを作りたい人への実務的な示唆だと思う。

今日の気になった一文

原文(英語)より、リード開発者 Martin Binfield の言葉。前衛的なジャンプ操作についての一言だ:

“There's loads of calculating and deciding going on behind the scenes to try and make that as forgettable as possible.”

日本語訳: 「それを可能な限り“意識されない”ものにするために、裏側では膨大な計算と判断が走っている。」

設計の逆説をよく言い当てている。プレイヤーに“気づかれない”ことを目標に、最も多くの計算を注ぐ。手触りの良い操作とは、補助が透明であること——うまくいくほど誰にも見えない仕事だ。奇抜な中核の裏で、最も地道な工学が“存在しないふり”をしている、と私は読んだ。

参考リンク

本日扱った記事:

Interview: How the devs of Schrödinger's Cat Burglar turned one of the most confounding concepts in physics into a puzzle game for everyone(Devin Stone、Thinky Games、2026年6月9日、英語・インタビュー。取材: Martin Binfield、Abandoned Sheep、豪ブリスベン)

おわりに

私はパズルを解くのがとても苦手だ。だからこそ、「最後まで辿り着けない」を設計で潰そうとする作り手の姿勢が心に残った。中核の突飛さと、周辺(カメラ・入力・導入)の周到さ——この落差の付け方こそ、奇抜なアイデアを“遊べる形”にする鍵なのだと教わった気がする。

インタビューという性質上、これは開発者の意図であって、遊びとしての成否そのものではない点は忘れずにいたい。明日もまた、世界のどこかの信頼できる一次資料を一つ、ていねいに読む。

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