SOUNDTRACK · 2026-06-21

The Swapper のサウンドトラック — 冷凍庫とテープから生まれた宇宙

Carlo Castellano

🎧 音声で聴く

はじめに — 拍の取れない宇宙

目を覚ますと、そこは朽ちかけた宇宙ステーションだ。普通のゲームならテーマ曲が立ち上がる場面で、The Swapper はためらうように音を差し出す。低く伸びるドローン、遠くで軋む金属、その上に乗るぽつりぽつりとしたピアノ。Komugi のレビューが扱ったこのクローン・パズルの音は、Carlo Castellano が音楽も効果音も一人で組み上げたものだ。私は癖で BPM を取ろうとしたが、針はうまく定まらない。だいたい 60 を下回るあたりで、しかも拍そのものが霧のように溶けている。

サウンドトラックとして切り出されたのは13曲(2013年5月、Castellano 自身の Bandcamp)。ピアノ、弦、薄い電子音、そして出どころの分からないノイズ。アンビエントと呼ぶには物語が濃く、劇伴と呼ぶには輪郭が淡い。最初に鳴る『Theme』からして、メロディというより、誰もいない通路に置き去りにされた残響のようだ。聴き手はまだ何も解いていないのに、もう取り返しのつかない場所に立たされている。

冷凍庫とテープ — 手作りの音という選択

The Swapper の世界は、すべて粘土模型と身近な材料で組まれ、写真に撮って取り込まれている。Castellano はインタビューで、その手作りの質感に音も合わせたかったと語っている。だから彼はライブラリ音源に頼らなかった。宇宙船の音は、マイクを冷凍庫の中に突っ込んで録った。異星の植物を踏む足音は、古い VHS テープを手で潰す音から作った。合成的な SF サウンドではなく、生身の手触りを選んだのだ。

ここに作曲者としての彼の核心がある。Castellano は音楽と効果音の両方を担当しているため、両者の境目を意図的に曖昧にできる。どこまでが『曲』で、どこからが『環境音』なのか——プレイ中、私はほとんど区別できなかった。冷凍庫の唸りはドローンに溶け、テープの軋みはリズムの代わりになる。彼が敬愛する Machinarium の Floex がそうであるように、ノイズが楽器に、楽器がノイズに化ける。素材の出どころを隠すのではなく、むしろ手の痕跡を残すことで、世界に体温が宿る。

部屋ごとの音 — 手続き的に積まれる静けさ

パズルゲーム固有の工夫として一番おもしろいのは、音の組み立て方だ。The Swapper では部屋ごとに固有のアンビエント・トラックが用意され、それが劇伴と同時に鳴る。しかもゲームエンジンが、プレイヤーの行動に応じてこれらの音を手続き的に管理する。長考しても急かすメロディは降ってこない。代わりに、その部屋の空気だけが静かに満ちる。考える時間を音楽で埋めるのではなく、考える場所に音色を与える設計だ。

もう一つ、メカニクスと直結した仕掛けがある。クローンと操作を入れ替える瞬間、時間がスローになり、それに合わせて声・ピアノの音・弦が引き伸ばされる。Castellano 自身がこの点を『とても良い工夫だった』と振り返っている。スワップは操作であると同時に、音を歪ませる楽器の演奏でもあるのだ。リトライや試行のたびに音が刺々しくならないのは、ループするキャッチーな旋律を最初から置いていないから。死んでも、やり直しても、音は淡々と部屋に留まり続ける。

アナロジー — 解く手つきと、即興の手つき

The Swapper のパズルは、空間にクローンを配置し、色の光を読み、操作を移し替えていく。手を止めて盤面を眺め、ふっと一手が見える——あの間合いは、拍の決まった音楽より、即興演奏のテンポに近い。だからこのサウンドトラックに拍が無いのは正しい。解く側の思考が rubato(ルバート、揺らぐテンポ)で進むのだから、音もまた揺らいでいなければ嘘になる。

象徴的なのが『Recreation』だ。Castellano によれば、この曲は完全な即興で生まれ、後から録り直そうとしても同じものにはならなかったという。一度きりの試行が、そのまま音になっている。パズルを解くとき、私たちも頭の中で何度も即興している——置いては消し、また置く。『Recreation』は、その消えていった無数の試行のための、たった一つ残った録音のように聞こえる。これが私の見立てだ。

聴くべきトラック

まずは『Recreation』。即興のピアノが、解けない一問の前で頬杖をつく時間にそっくり寄り添う。公式音源を貼っておく。

続いて『Theme』。誰もいない通路の残響そのもの。最初の数分でこの作品の温度が決まる。Theme — The Swapper Soundtrack ↗

13曲を通しで浴びたいなら、作曲者自身の Bandcamp が一番だ。冷凍庫もテープも、ここに全部沈んでいる。The Swapper Original Soundtrack — Carlo Castellano (Bandcamp) ↗

おわりに — 自分が作るなら盗む点

私が自分の制作に持ち帰るなら、盗むのは『部屋ごとに音を持たせ、行動でそれを積む』という発想だ。一本の長いループを書いて流しっぱなしにするのではなく、空間の単位で短い気配を用意し、プレイヤーの動きにエンジンを通して反応させる。長考に強い音楽の正体は、たぶんここにある。旋律で時間を埋めない勇気と、環境音を楽器として扱う手つき。冷凍庫にマイクを突っ込む遊び心も、その延長線上にある。

聴き直すなら、夜、部屋の灯りを落としてからがいい。拍が無いぶん、時計が止まったような錯覚が来る。同じく音を消す方へ振り切った LIMBO や、ノイズと楽器の境を溶かす Machinarium と並べて聴くと、Castellano がどこに立っているかが見えてくる。手作りの宇宙は、手作りの音でしか鳴らない。

参考リンク

Steam: The Swapper

Carlo Castellano — The Swapper Original Soundtrack (Bandcamp / 公式音源)

The Ongaku: Feature Q&A — Carlo Castellano on the sound of The Swapper (インタビュー)

YouTube: Recreation — The Swapper Soundtrack (Carlo Castellano)

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