REVIEW · 2023-03-24

Can of Wormholes

隠された文法を這い進む、教える設計のソーコバン

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はじめに

ここで読むのは、私がプレイした記録ではない。Steam に積み上がった Can of Wormholes のユーザーレビュー群だ。2023年3月、munted finger という作者が制作・発売した、これが初の商業作とされるグリッド式のソーコバンである。缶詰から這い出す蠕虫を、指定の穴に『同じ形・同じ長さ』で収めるのが目的だ。押す・伸ばす・切る・飲む・ひっくり返す——短い動詞の束から、底の見えない相互作用が引き出される。

評価は驚くほど一方向だ。全体 575 件中 569 件が好評で 99%、購入者に限った 548 件でも 99%、ラベルは『圧倒的に好評』(2026-07-13 snapshot)。直近30日も『非常に好評』(12件中91%)と揺れていない。つまりこれは賛否がきれいに割れる作品ではない。だが、ほぼ満場一致の賞賛の内側に、たった一つの設計をめぐって賛辞と留保が奇妙に重なり合う断層がある。今回はそこを読む。

レビュー群で最も繰り返される固有名詞は、開発者名でもジャンル名でもない。Stephen's Sausage Roll だ。『SSR の衝撃をもう一度』『SSR が得た最良の後継者』——この一行が、賞賛の背骨として何度も現れる。無名の作者の第一作が、なぜその棚に並べられるのか。それを設計の言葉で確かめていきたい。

Can of Wormholes のスクリーンショット缶詰の主人公と、盤上を這う蠕虫(Steam スクリーンショット)

第一印象

helpful 上位の positive レビューを並べると、語彙が驚くほど揃う。『aha』『eureka』『啊哈』——気づきの瞬間を指す言葉が言語をまたいで反復し、『delightfully surprising』『この10年で最高のパズル』と熱量は高い。多くが口を揃えるのは、ごく少ない要素からとんでもない深さが引き出されること、そして『すべての面が新しいアイデアを一つ教える』という律儀さだ。

一方、不評は総数がわずか6件しかない。だが中身は鋭い。あるロシア語のレビューは、この作品を『延々と虫をくねらせる作業(червекрюч)』と切り捨て、別の一件は『引っぱり合いで形を合わせる操作は、私の一番嫌いなパズルの型だ』と書く。『難しすぎて53%で降参した』という告白もある。ただし留保は不評だけのものではない。満点をつけた推薦文の中にも、後で扱うヒント設計への戸惑いが同居している。

興味深いのは、賞賛と留保がしばしば同じ機能を指すことだ。ある人が『史上最高』と呼ぶ仕組みを、別の人は『解く楽しみを奪う』と書く。私の役割は、その食い違いを対立として煽ることではなく、どこで評価が分岐するのかを設計の言葉に翻訳することにある。

Can of Wormholes のスクリーンショット少ない要素で組まれた一面(Steam スクリーンショット)

メカニクスの言語化

positive レビューが口を揃えて驚くのは、要素の少なさだ。動かせるのは蠕虫が一匹。頭が一マス進むと尾が一マス縮む——『貪吃蛇』(スネーク)由来の移動に、食べて伸びる、尾から後退する、他の蠕虫を押す、が加わる。盤にあるのは壁・柵・床・穴・ゴール、それだけだ。Snakebird にあった重力すら、ここにはない。Puzzlebyrinth の語彙で言えば、動詞は数個に減算され、盤面は徹底して削がれている。

だが動詞が少ないことと、規則が単純なことは違う。あるレビュアーは『表面の要素の裏に、複雑な相互作用の網が隠されている』と書き、別の中国語圏の長文は、それらの隠し機構が『条件が完全に揃ったときだけ発火する』ため気づかれにくいのだ、と丁寧に解きほぐしている。ネタバレを避けた彼らのヒントを繋ぐと——盤面は2Dに見えて、要素は『3D』の性質を隠し持ち、通常操作の『境界の場合』にだけ別の効果が宿る。これが、少ない動詞から底が抜ける仕掛けの正体だ。

私の読みでは、これは動詞を増やす設計ではなく、一つ一つの動詞に隠れた格変化を持たせる設計だ。同じ『押す』が、位置と向きの条件次第でまったく違う結果を生む。プレイヤーが覚えるのは新しい操作ではなく、既知の操作の隠れた文法だ。そして組み合わせ爆発は、コンパクトな盤とただ一つの鍵になる気づきで解ける設計によって、注意深く抑え込まれている。

Can of Wormholes のスクリーンショット蠕虫を伸縮させ、形を合わせて穴に収める(Steam スクリーンショット)

学習曲線の設計

この作品を語るレビューが、ほぼ例外なく触れる機能がある。『Gain Insight』と名づけられたヒントだ。詰まったとき、正解を示す代わりに、その面の鍵となる機構だけを取り出した小さな別の面を遊ばせてくれる。海外の著名なパズル作者たちを『震撼させた』とまで書く日本語レビューがあり、英語圏でも『これまで見た中で最高のヒントシステム』という評が繰り返される。文字を使わず、やらせて教える——『Show, don't tell』の理想形だ、と。

ところが、最も鋭い留保もまた、この同じ機能に集まる。ある英語レビューは、この作品では『核となる機構こそがパズルそのもの』なのだから、鍵を取り出して見せる小面は、本編を丸ごと台無しにしてしまう、と書く。作者が掲示板で語ったとされる設計意図——自力で気づいた人の体験を薄めたくない——を引きながら、それに正面から反論するレビューまである。史上最高のヒントと、解く喜びを奪う仕掛け。評価はまさにここで分岐する。

私はこれを、ヒントの出来の問題ではなく、学習曲線をどこに引くかの問題として読む。この作品の本体は、面を解くことよりも機構を発見することにある。だからヒント面は、学習曲線の傾きを一時的に緩める『補助線』だ。傾きが急すぎて掴めない人には命綱になり、自力で登れた人には、頂上直前でロープを渡されたような興ざめになる。同じ補助線が、観察解像度の高さによって毒にも薬にもなる——それがこの断層の正体だと私は見る。

Can of Wormholes のスクリーンショット鍵となる機構だけを取り出したヒント用の小さな面(Steam スクリーンショット)

難しさの手触り

難しさそのものへの評価は、二つに割れる。『難しさは程よく、曲線も親切』という声と、『後半は一面に30分かかり、53%で心が折れた』という声が併存する。だが読み分けると、この二つは矛盾しない。詰まりの質が違うのだ。個々の面の難しさは、あの補助線に守られている。守られていない場所が一つだけある——面と面をつなぐ overworld、選面のためのメタ空間だ。

複数のレビューが、まさにここで足を止める。『パズル本編は最高なのに、次の部屋へ進むためのメタ移動が説明されず、分かりにくく、しかもあの素晴らしいヒントが効かない』。缶から輪を撃って蠕虫を面に送り込む選面操作を『無駄に煩わしいギミック』と呼ぶ声もある。歩数制限つきの overworld パズルは本編の潔さに比べて優雅さを欠く、という不満は、好意的な長文の中にこそ繰り返し現れる。

つまり、この作品の難しさは量ではなく分布の問題だ。教える設計が行き届いた本編と、教える設計をあえて外した overworld。作者は後者を『地図を隠して見つけさせる』一段高いパズルとして置いたのだろうが、レビュー群は、その一段が本編の学習曲線から切れて見えると告げている。難しさの手触りは、補助線のある場所とない場所で、はっきり変わる。

Can of Wormholes のスクリーンショット面と面をつなぐ overworld のメタ空間(Steam スクリーンショット)

参照したレビュー群

本記事は 2026-07-13 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。

Steam: Can of Wormholes(圧倒的に好評 / Overwhelmingly Positive、575 件中 569 件が好評=99%、購入者 548 件でも 99%)

・helpful 順の positive 上位 20 件、negative は現存する 6 件すべて、recent 上位 10 件を Steam の API 経由で読了。英・中・日・露の各言語を含む。

・(補助資料)Thinky Games の作品紹介(2024 Thinky Awards の Game of the Year 受賞と記載)、LadiesGamers のレビュー

結論

Steam の総評は 99% 好評。私の設計批評としての採点も 9.0 で、両者に大きなズレはない。少ない動詞に隠れた文法を仕込み、面ごとに一つずつ発見を配り、その学習曲線を『やらせて教える』補助線で支える——初の商業作としては驚くべき完成度だ。Baba Is You を『雑然としていない版』と評したレビューがあったが、要素の潔さと教え方の丁寧さは、確かにその評に値する。

1.0 の減点は、ほぼすべて overworld に向く。本編で完成された『教える設計』が、面と面の隙間でだけ意図的に外され、そこが唯一の理不尽として残るからだ。レビューで言及されたクリア時間はおおむね18〜20時間、100%収集でも18時間前後だった。20ドルという値段を高いと見るかは、この密度をどう量るか次第だろう。落ち着いて考える時間を厭わず、詰まったら補助線に頼ることを潔しとできる人には、この10年の思考系パズルで有数の一本だと薦められる。

Can of Wormholes のスクリーンショット色彩豊かな overworld と缶詰の主人公(Steam スクリーンショット)

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