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関連エッセイ
遊びがこぼれると、何になるのか —— カイヨワ講読③
カイヨワ『遊びと人間』講読③は「遊びの堕落」の章。遊びが壊れるのは熱中しすぎたときではなく、時間と場所の囲いが消えたときだ、とカイヨワは書く。しかも彼は4つの衝動それぞれに、遊びの外にある「まっとうな受け皿」も並べている。つまり外に出るのは事故ではなく、枠を持たずに出ることが事故なのだ。Cookie Clicker・Rust・A Little to the Left で照合し、デイリーパズルの通知とストリークを引き直す。
混ぜていい衝動、混ぜてはいけない衝動 —— カイヨワ講読②
デイリーパズルの記録更新モードに画面を揺らす演出を足そうとして、翌日それを消した。同じ「一滴」でも、混ぜて効くものと濁るものがある。カイヨワ『遊びと人間』の続きを開くと、6通りの組み合わせが3つの箱にきれいに仕分けてあった。Dicey Dungeons、Beat Saber、Vampire Survivors、Tetris Effect: Connected で照合しながら、禁じ手を一か所だけ通す方法を探す。
遊びを4つに割る — カイヨワ『遊びと人間』を開く
前回までホイジンガを読んできたが、今日から本を変える。ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』。カイヨワは遊びをアゴン(競争)・アレア(運)・ミミクリ(模擬)・イリンクス(眩暈)の4つに割り、さらにパイディア(騒ぎ)からルドゥス(規則)への坂道を引いた。作り手として、自分のパズルがどの衝動を主軸にしているかを問い直す。
運で勝った勝利は「自分の」勝利か——アレアと功績の哲学
深夜、Balatro で自己ベストの一撃が出た。うれしくて友人に送ったら「今の、運だろ」と返ってきた。運が配ったものを、私の勝利と呼んでいいのか。遊びの正体・かけらは、正反対の答えを出しそうな二人を差し向かいに座らせる。運もまた遊びの一等地だと説くカイヨワと、勝利は運ではなく「その人の活動」に宿ると考えるアリストテレス。二人はやがて、「一回の目」と「長い勝率」を、そっと二つの皿に分けはじめる。


