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関連エッセイ
オセロ(1973) — 特許を拒絶された遊びが、半世紀後に「引き分け」と証明された年
緑の盤に黒白の石を並べ、相手の石を挟んで裏返す「オセロ」。1973年、日本の長谷川五郎がツクダから発売した。だがこの遊びには19世紀イギリスの「リバーシ」という前身があり、発明者を巡って二人の英国人が互いを「盗作」と訴え合った記録が残る。長谷川自身の起源譚も、発売当時と2000年代以降とで食い違う。オセロの権利化(実用新案)は最終的に拒絶され、誰も遊びの規則そのものを所有できないまま世界に広まった。1997年にはコンピュータ「ロジステロ」が世界チャンピオンを6戦全勝で下し、2023年には数学的に「完全な対局は引き分けに終わる」と証明された。本稿は、一枚の円盤が辿った150年近い系譜を追う。
十角館の殺人(1987) — ノックスの十戒に挑んだ、新本格の産声
1987年、綾辻行人のデビュー作『十角館の殺人』は、海外推理小説の巨匠の名を背負った大学生たちを孤島の十角形の館に閉じ込め、日本に「新本格ミステリー」というムーブメントを起こした。その裏側にあるのは、S・S・ヴァン・ダインが1928年に記した二十則と、ロナルド・ノックスが1929年にまとめた十戒という、読者へのフェアプレイを定めた規則群である。この規則は21世紀、竜騎士07『うみねこのなく頃に』というSteamの推理ゲームにまで受け継がれている。
サメゲーム(1985) — 月刊アスキーへの投稿から生まれた、隣接する同色を消すという文法
1985年、月刊アスキーに投稿されたプログラム『チェインショット!』が、隣接する同色ブロックをまとめて消すという規則を書いた。この規則は40年のあいだにSameGame、Clickomania!、Jawbreakerと名前を変え続け、2012年には解法アルゴリズムの、2024年にはAI推論ベンチマークの題材にもなった。作者の名前はほとんど忘れられたが、規則だけが生き延びている。
秘密箱(1894) — 開け方を教えない土産物が、寄木細工の街で生まれた年
1894年、箱根の温泉町で一つの木箱が形になった。寄木細工の模様の下に、決まった手順でしか開かない仕掛けを仕込んだ「秘密箱」である。取扱説明書はない。渡された者は自分の手だけを頼りに、正しい順番を探るしかなかった。今日のエスケープルームと同じ設計の骨格を、132年前の木箱の中に読み解く。
ハナヤマ キャストパズル(1983)— 芦ヶ原伸之が繋いだ、金属パズルとデジタル脱出ゲームの系譜
1983年、日本の玩具メーカー・ハナヤマは金属製の分解パズル「キャストパズル」を発売した。監修したパズル作家・芦ヶ原伸之(1936-2004)の手は、この文字のない金属パズルの経験を、1996年のスライドパズル「Rush Hour」、そして2012年に登場しのちにSteamへも展開する脱出パズル「The Room」へと、意図せず橋渡ししていた。40年を経ても解けない問いの系譜を辿る。
リアル脱出ゲーム(2007) — 京都の二部屋から世界へ広がった密室
2007年7月7日、京都のギャラリー「インスピブロ」。フリーペーパー『SCRAP』の3周年パーティーの余興として、加藤隆生氏が約100人を14チームに分け、二部屋を舞台にした謎解きイベントを開いた。これが後に「リアル脱出ゲーム」と呼ばれ、世界中の商業施設へと育つ現象の第一夜である。加藤氏は自ら、ウェブの脱出ゲームへの熱中がきっかけだったと証言している。私はこの一夜を、画面の中のパズルが現実の空間へ歩み出た、稀有な記録として読み解く。



