HISTORY · 2026-09-21

オセロ(1973) — 特許を拒絶された遊びが、半世紀後に「引き分け」と証明された年

19世紀ロンドンの偽造疑惑、水戸で語り直された起源、そして1997年のコンピュータの完勝までを辿る

はじめに — 誰のものでもなかった規則

オセロは、緑の盤の上に黒と白の円盤を並べ、相手の石を自分の石で挟んで裏返していく遊びだ。1973年、日本の玩具メーカー・ツクダが発売し、今や100か国以上で遊ばれている。だが面白いのは、この遊びの規則を誰も法的に所有していない、という一点である。

1971年、考案者の長谷川五郎はこの遊びの実用新案を出願した。だが審査は通らず、拒絶査定が確定した。誰のものでもない規則だったからこそ、世界中で自由に複製され、今日のスマートフォンにまで棲みついている——私はそう見ている。

私はこの記事で、1973年のツクダの発売より前に遡る。19世紀イギリスの偽造疑惑、日本に既に伝わっていた記録、そして長谷川自身が語り直した起源譚まで。一枚の円盤が誰の手も離れて広まった、150年近い系譜である。

盤上に並ぶ黒白の石、中央の一枚が裏返る途中のイメージ(AI生成)裏返る途中の一枚のイメージ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈 — 互いを「盗作者」と呼んだ二人の英国人

オセロの前身「リバーシ」は、19世紀イギリスに現れた。1883年、ルイス・ウォーターマンとジョン・W・モレットという二人の英国人が、それぞれ自分こそ考案者だと主張し、互いを「盗作」だと訴え合った。決着はつかないまま、記録にはこの対立だけが残っている。

印刷物での初出は1886年8月21日、雑誌『サタデー・レビュー』とされる。1895年12月にはニューヨーク・タイムズが「碁盤(Go Bang)のようなもので、64個の駒を使う」と紹介した。ドイツのラーフェンスブルガー社も1893年、創業初期の商品としてこの遊びを製造している。

さらに意外なことに、1907年の日本の出版物『世界遊戯法大全』には、今日のオセロとほぼ同じ規則——四つの石を斜めに並べて始める配置、打つ場所がなければ手番を飛ばす規則——がすでに記録されている。長谷川五郎が生まれる25年も前のことだ。

見開きの古い本が二冊、赤い点線で結ばれているイメージ(AI生成)対立する二つの記録のイメージ(イメージ・AI生成)

メカニクス — 規則を「一つに決めた」ことの意味

ルールの骨格は単純だ。自分の石と、既に盤にある自分の石とで相手の石の列を挟めば、挟まれた石はすべて自分の色に裏返る。この一文で説明が終わるほど単純なのに、終盤まで局面が読み切れないほど深い。

19世紀の「リバーシ」は、盤の大きさも初期配置も文献によってまちまちだった。長谷川が固めたのは、8×8マスの盤、中央に四つの石を斜めに置く開始配置、そして打てる場所がなければ手番を失う、という三点だ。あいまいだった遊びが、これで競技として再現可能な一つの規則に変わった。

規則が一つに定まったことで、この遊びはすぐに映像機器へ移された。1978年、任天堂はアーケード筐体『コンピュータ・オセロ』を稼働させている。この会社が後に手掛ける『ドンキーコング』(1983)より5年早い。

両端の黒石が三つの白石を挟み、赤い矢印で裏返す様子を示すイメージ(AI生成)挟んで裏返す規則のイメージ(イメージ・AI生成)

現代への系譜 — 語り直された起源と、コンピュータの完勝

長谷川五郎自身の起源譚も、一枚岩ではない。1973年の発売当時、彼は「リバーシの影響を受けている」ことを認めた上で、成人後の1964年、職場の同僚女性たちに請われて、牛乳瓶の紙蓋を使ってこの遊びを復活させた、と語っていた。ところが2000年前後から、話は変わる。終戦直後の1945年、水戸で少年時代の自分が独自に考案したのだ、という説に変わっていったのである。同じ人物の記憶が、時期によって違う形で残っている——どちらが正確かを、私はここで裁く材料を持たない。

名前の由来は確かだ。英文学の教授だった父・四郎の提案で、シェイクスピアの戯曲『オセロ』にちなんで名付けられた。緑の盤の上で黒と白が裏返る様子を、劇中のムーア人オセロと白いデズデモーナの物語に重ねたのだという。

1973年、ツクダは4月25日に三越本店・伊勢丹本店で先行発売し、4月29日に「オフィシャルオセロ」として全国発売した。同年、日本オセロ連盟が設立され、1977年からは世界選手権が毎年開かれている。

1997年8月、マイケル・ブロが開発したプログラム「ロジステロ」が、当時の世界チャンピオン村上健と対戦し、6戦全勝で下した。コンピュータがボードゲームで人間の頂点を上回った初期の事例の一つで、同じ1997年にはチェスの『ディープ・ブルー』もガルリ・カスパロフを破っており、この年は人間対コンピュータの節目が重なった年でもある。

そして2023年、日本の研究者・滝澤仁貴が計算によってオセロを解いた。両者が最善を尽くせば、対局は必ず引き分けに終わる——1973年からちょうど半世紀後に出た結論だ。この論文はローマで世界選手権が開催されていた時期に合わせて発表された。今も、規則そのものは誰の所有物でもないまま、2024年にはインディー開発者クライド・スメッツが手掛けた『Reversi Temple』がSteamで発売されている——盤面は最大3,600マスまで拡張できるが、規則の核は151年前と変わらない。

黒白の盤面の隅から、回路のような格子へつながっていくイメージ(AI生成)盤面から計算機へ続くイメージ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Reversi

Wikipedia: Goro Hasegawa

Wikipedia(日本語): オセロ (ボードゲーム)

Wikipedia(日本語): 長谷川五郎

Wikipedia: Logistello

arXiv: Takizawa, "Othello is Solved" (2023)

Boing Boing: Othello solved: best play leads to a draw

Wikipedia: Othello (1981 video game, Atari 2600)

Arcade History: Computer Othello (Nintendo, 1978)

Steam: Reversi Temple

おわりに — 石のように、話も裏返る

オセロの規則は、誰の所有物にもならなかった。だからこそ世界中で自由に複製され、アーケード筐体にもスマートフォンにも棲みついた。特許にならなかったことが、この遊びを広めた一番の力だったのではないか、と私は思う。

そして起源の話そのものも、盤の石のように裏返った。1973年の「職場の同僚に請われて」という話は、2000年頃には「終戦直後、水戸の少年が独りで考えた」という話に変わっている。歴史家にできるのは、どちらが正しいかを決めることではなく、話が裏返った、という事実そのものを記録しておくことだけだ。

19世紀ロンドンの偽造疑惑から、2023年の「引き分け」の証明まで。一枚の円盤は、誰にも所有されないまま、150年近くかけて、盤の上から計算機の中まで転がり続けている。

静かに置かれた一枚の円盤、半分だけ赤いイメージ(AI生成)静かな一枚の円盤のイメージ(イメージ・AI生成)

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