HISTORY · 2026-09-22
エタニティ・パズル(1999) — 100万ポンドの「解けない」が、7か月で解かれた年
209個のプラスチック片に開発者自身が「3年は解けない」と賭け、その見立てを二人の数学者と2台の家庭用パソコンが覆した話
はじめに — 100万ポンドの「解けない」は、なぜ7か月で崩れたのか
答えから書く。1999年にイギリスで売り出された『エタニティ』という平面パズルは、開発者自身が「少なくとも3年は誰にも解かれない」と見積もっていた。だが実際に解答が届いたのは、発売からわずか7か月後だった。
解いたのはケンブリッジ大学の数学者、アレックス・セルビーとオリバー・リオーダンの二人である。中身はプラスチック片が209個入っただけの箱で、遊び方自体は単純だった。指定された十二角形の盤に、駒をすき間なく敷き詰めるだけである。
ただし、その「すき間なく」がとてつもなく難しかった。開発者クリストファー・モンクトンは、この難しさに100万ポンドの懸賞金をかけて売り出した。なぜ「解けない」はずのパズルが7か月で解かれたのか。駒の形と、懸賞金そのものの設計に答えがある。
「He Solved a Jigsaw Puzzle Designed to be Unsolvable」(Cardboard Mountain, YouTube)のサムネイルより
その時代の文脈 — なぜイギリスの玩具会社が、100万ポンドを賭けたのか
『エタニティ』を売り出したのは模型玩具で知られるアートル社(Ertl Company)で、1999年6月、英国内で発売された。当時のイギリスの玩具市場には懸賞金付きパズルが年末商戦の目玉になる土壌があり、モンクトンは発売前、「少なくとも3年は誰にも解けないだろう」と見積もっていた。
駒の正体は「ポリドラフター」と呼ばれる図形である。1辺の長さの比が1:√3:2の直角三角形を12枚組み合わせた形で、これを209種類用意し、わずかに不規則な十二角形の盤にすき間なく並べる。理論上あり得る並べ方は10の500乗通り、当時の解説記事はそう見積もっていた。
モンクトン自身、正解へ導くための「6つのヒント駒」を盤にあらかじめ組み込んでいた。懸賞金100万ポンドのうち半分は自己資金、残り半分はロンドンの保険市場の引受業者が引き受けた。「本当に払う気があるのか」という疑いを、あらかじめ封じるための仕掛けである。
盤面と駒配置のイメージ(図解・AI生成)
メカニクス — セルビーとリオーダンは、どうやって解いたのか
二人が最初にしたことは、モンクトンが用意した6つのヒント駒を無視することだった。セルビー自身、後に「ヒント駒を固定しないほうが、パズルは明らかに解きやすくなる」と述べている。設計者が示した「唯一の正解への道」を、解き手のほうから捨てたわけである。
手法は確率論的な推論と、力ずくの探索(バックトラッキング)を組み合わせたものだった。ある並べ方が完成に近づく見込みを統計的に見積もり、見込みの薄い分岐を早めに切り捨てる。自宅の家庭用パソコン2台を使い、2000年5月15日、着手から7か月がかりで完全な解答にたどり着いた。
興味深いのは、その解がモンクトンの示した6つのヒントのどれとも一致しなかったことだ。さらに1か月半後の同年7月1日、ドイツのグンター・シュテルテンブリンクが、まったく独立に別解を見つけている。100万ポンドの懸賞金は同年10月に支払われた。
ここにパズル設計の落とし穴がある。開発者は「唯一の正解」を思い描いて盤を設計しがちだが、組み合わせが爆発的に増える盤面には、設計者自身が知らない別解が無数に潜んでいる。ヒントは正解への道しるべであると同時に、想定していない近道を隠す壁にもなり得る。
現代への系譜 — エタニティの「難しさ」は、いまどこで研究されているか
モンクトンは2007年、続編『エタニティII』を発表する。今度は256枚の正方形タイルを16×16の盤に並べる問題で、賞金は200万ドルに引き上げられた。だが締切の2010年末までに、正しい解を示した者は現れなかった。人類が最も近づいた記録は、オランダのルイ・フェルハールトが示した「480本の辺のうち467本が一致」という部分解である(2026-09時点)。
エタニティIIは、理論計算機科学の側でも研究対象になった。スペイン・レイダ大学のカルロス・アンソテギらは、市販のSAT/CSPソルバーがまとまって解けるのは8×8盤どまりであることを示し、エタニティIIの「16×16・色数17」という設計が、計算量理論でいう「相転移点」――問題がもっとも解きにくくなる境界――にほぼ重なっていることを分析した。玩具会社が、意図してかどうかはともかく、理論上もっとも難しい設計をほぼ言い当てていたことになる。
「市販パズルの難しさを数学的に測る」というこの研究の流れは、いまも続いている。2022年、ジョナサン・ゲラーは『Baba Is You』(Hempuli, 2019)というルール書き換え型パズルゲームについて、それが解けるかどうかの判定がNP困難どころか決定不能――アルゴリズムでは原理的に判定しきれない――であることを証明した。エタニティが投げかけた「この盤面は解けるか」という一問は、20年以上を経て、いまSteamで遊べるパズルゲームの解析にまで受け継がれている。
『Baba Is You』(Hempuli, 2019)のスクリーンショットより
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Wikipedia: Eternity II puzzle
・AMS Grad Student Blog: The Eternity II Puzzle: Still Unsolved!!
・University of Oxford Podcasts: The Eternity Puzzle(Oliver Riordan, St Edmund Hall)
・Ansótegui, Béjar, Fernández, Mateu: How Hard is a Commercial Puzzle: the Eternity II Challenge
・Geller: Baba is You is Undecidable(arXiv:2205.00127)
・Cardboard Mountain: He Solved a Jigsaw Puzzle Designed to be Unsolvable(YouTube)
おわりに
モンクトンは2006年、100万ポンドを払うために67部屋の邸宅を売った、という自身の宣伝文句を「クリスマス商戦向けのはったりだった」と認めている。だが「3年は解けない」という見積もりのほうは、おそらくはったりではなかった。彼は本気でそう信じていたのだろう。
信じることと、証明することは別物だ。エタニティが歴史に残したのは、100万ポンドの懸賞金そのものより、「解けないはずだ」という開発者の確信が、わずか二人の数学者と2台の家庭用パソコンに、7か月で覆されたという記録のほうである。エタニティ・パズルの完全な解として現在までに公表されているのは、2000年に見つかったこの2つの解だけである(2026-09時点。モンクトン自身の「意図した解」は今も未公開のままだ)。
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