SOUNDTRACK · 2026-07-03

INSIDE のサウンドトラック — 頭蓋骨を通した音で、頭の中の話をする

Martin Stig Andersen / SØS Gunver Ryberg

はじめに — 拍のない推進力

少年が右へ、右へと走る。誰かに追われている。普通のアクションなら疾走曲が立ち上がる場面だが、INSIDE は鳴らさない。聞こえるのは足音と草の擦れ、遠くの犬の声、そして地の底から湧くような低い持続音だけだ。私は癖で BPM を測ろうとしたが、針は振れない。ここにあるのは拍ではなく圧力——右へ進めと背中を押す、方向を持った空気の重さである。Playdead が LIMBO に続いて放ったこの2.5Dパズルプラットフォーマー(Komugi のレビュー)で、音楽を担ったのは Martin Stig Andersen と SØS Gunver Ryberg の二人だ。

音色はアナログシンセ主体、80年代ホラー映画を思わせる冷たい電子音。だがそのどれもが、どこか湿って、こもって聞こえる。まるで自分の頭の内側で鳴っているような——実際、その直感はほぼ正しい。この作品の音は、本物の頭蓋骨の中を通って私たちの耳に届いている。

頭蓋骨を鳴らす — 制作の裏側

Andersen はインタビューで、この作品の出発点をこう語っている。自分の声が自分の頭の中では外で聞くのと全く違って聞こえる——その現象が面白かった、と。彼は古い人間の頭蓋骨を手に入れ、作ったシンセ曲をその中で再生し、骨と歯を共鳴させて録り直した。ある種の骨伝導フィルターだ。骨を通った音は輪郭が脆くなり、空洞の響きをまとう。振動が強すぎて、頭蓋骨の歯が一本ずつ落ちていったという逸話まで残っている。音の一部は人の腹の中にマイクを入れて録られたとも語られる。

この加工は、Andersen が LIMBO でも見せた思想の延長にある。プロジェクトごとに『音楽の様式』ではなく『音の質感』を一つ決め、それを世界全体の接着剤にする、という考え方だ。INSIDE の接着剤は『頭の中で聞く音』だった。だから電子音であっても機械的に響かず、生き物の体内を思わせる。GDC の Best Audio を獲り、The Game Awards や BAFTA でも音響で名を挙げたのは、この一貫した質感設計の勝利だと私は見ている。

体験との隠れたリンク — 誰かの頭の中へ

頭蓋骨を通す、という手法がなぜこの作品にこれほど噛み合うのか。INSIDE の核にあるメカニクスは、ヘルメット状の装置を介して他人の身体を乗っ取り、意のままに歩かせて謎を解く『マインドコントロール』だ。プレイヤーは終始、誰かの『中』に入っている。台詞は一言もなく、世界は環境そのもので語る。そこへ、他人の頭骨の内側を通った音が重なる——テーマと素材が、これ以上ないほど文字通りに一致している。

音楽は基本的に無音に沈み、事件が起きた瞬間だけ幽霊のようにシンセが滲み出る。追跡、水中、あの終盤の巨大な肉塊。それらの場面で音が立ち上がると、私たちは初めて『これは音楽だったのか』と気づく。無音を土台に置き、出来事のときだけ鳴らす。この引き算が、少年が支配し支配される物語の不気味さを、説明ではなく体感として運んでくる。

パズルとのアナロジー — 考える時間は静かに、動く瞬間だけ骨が鳴る

INSIDE のパズルは、多くが観察と助走でできている。箱をどこへ置くか、水位をどう変えるか、乗っ取る身体をどの順で動かすか——プレイヤーは立ち止まって環境を読み、間合いを計る。その思考の時間に音楽が旋律を被せてきたら、拍が生まれ、こちらの計算のテンポと衝突してしまう。だからここは無音か、輪郭のない持続音でなければならない。針の振れない音が、針の振れない思考に寄り添う。

そして解が動き出し、追われ、飛び、間に合うか間に合わないかの瞬間に、骨を通った音が一気に密度を上げる。パズルの緊張がピークに達する所とだけ、音の密度が同期する。しかも死に覚えのゲームだから、同じ場面を何度もやり直す。旋律で作られた曲なら三度目には耳が飽きるが、質感で作られた持続音はリトライに耐える。LIMBO で学んだ『リトライ耐性のある音楽』を、INSIDE はさらに骨の湿り気で深めている、と私は聴いた。

聴くべきトラック

INSIDE のサウンドトラックは、2016年7月7日、ゲーム本編と同じ日に公開された。通常の切り分けられた『アルバム』というより、体験に沿って編集された連続体に近い。公式に音源が置かれているのは開発元 Playdead の SoundCloud と、作曲者 SØS Gunver Ryberg の Bandcamp だ。まず頭から通しで聴いてほしい。曲名の区切りより、静けさと骨の湿りが交互に満ちていく流れそのものが、この作品の『トラック』だと感じるはずだ。

Playdead 公式 SoundCloud: INSIDE(全編)↗

SØS Gunver Ryberg 公式 Bandcamp: INSIDE ↗

無断アップロードの通し動画が YouTube にいくつも上がっているが、この作品には明確な公式 YouTube 音源が見当たらないため、ここでは公式の SoundCloud と Bandcamp だけを案内する。骨を通った音は、良い環境で、静かな部屋で聴くのがいちばん似合う。

おわりに — 自分が作るなら盗む点

私がここから持ち帰るのは、『音色そのものを世界のテーマに縛りつける』という一手だ。INSIDE は、頭の中の物語を、頭蓋骨という物理的な共鳴体を通して鳴らした。手元に頭蓋骨がなくても、これは真似できる。金属缶、空き瓶、木箱、あるいは録った物体のインパルス応答(IR)で畳み込めば、電子音に『どこかの体内を通ってきた』手触りが宿る。プロジェクトごとに接着剤となる質感を一つ決め、旋律より先にそれを作る——盗むならここだ。

もう一つは引き算の勇気。無音を基準に置き、出来事のときだけ鳴らせば、たった一つのシンセの滲みが事件の合図になる。次に INSIDE を起動したら、静かな部屋で、あの右へ右への圧力に身を任せてほしい。旋律のない音がどれだけ雄弁になれるか、骨越しに確かめられる。LIMBO と併せて聴けば、Andersen が二作かけて磨いた『鳴らさないことで語る』技法が、より立体的に見えてくるはずだ。

参考リンク

Steam: INSIDE(Playdead 公式ページ)

SØS Gunver Ryberg 公式 Bandcamp: INSIDE(2016年7月7日リリース)

Playdead 公式 SoundCloud: INSIDE

Engadget: The 'Inside' soundtrack was created with a human skull(頭蓋骨・胃の中のマイクの逸話)

Wikipedia: Martin Stig Andersen(受賞歴・略歴)

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