DESIGNER-STUDY · 2026-08-31
Daniel Benmergui の哲学 — 柔らかい材料に、正解を作る
Storyteller / Today I Die / Dragonsweeper
はじめに — 15年かかったパズルの話
一本のパズルゲームを仕上げるのに、15年かけた人がいる。アルゼンチンの Daniel Benmergui(ダニエル・ベンメルギ)だ。作品は『Storyteller』。絵本のようなコマに人物と小道具を置いて、指定された筋書きを成立させる。やることはそれだけである。
面白いのは、その15年のあいだに本人が何を言ってきたかだ。ある時期は「みんなが私を『天才デザイナー』と呼んでいた」と振り返り、別の時期には自分にこう言い聞かせていたと明かしている。「このバージョンはクソだ、私はクソだ、私は詐欺師だ」(Buenos Aires Herald, 2023 ↗)。
この記事では作品紹介はしない。本人のインタビューと講演を横断して、この人が何にこだわり、何でつまずき、それをどう引き受けたのかを読む。引用はすべて原典にあたったものだけを使う。
経歴 — 120人をまとめる仕事を降りた人
ベンメルギはブエノスアイレスの人である。もとは大手ゲーム会社 Gameloft の開発ディレクターで、120人を超える開発者をまとめる立場にいた。そこを離れて、一人で小さな作品を作りはじめる。
2008年から2009年にかけて、短い実験作を立て続けに公開した。『I Wish I Were the Moon』(2008)、『Today I Die』(2009)などである。『Today I Die』は2010年の IGF で Nuovo 賞のファイナリストになった。
『Storyteller』の原型はこの時期に生まれ、2012年に IGF の Nuovo 賞を受賞する。ところが製品として世に出たのは2023年3月23日、Annapurna Interactive から。受賞から11年が空いた。
「もう15年近く続いている。長いこと経った」。発売直前のインタビューで、本人はそう言っている(Game Rant, 2023 ↗)。
哲学 — 物語を、読ませずに組み立てさせる
彼の主張は最初から動いていない。「私は『Storyteller』を、物語で遊ぶゲームにしたい」(Game Developer, 2012 ↗)。読ませるのではなく、組み立てさせる。
そのために彼は、小説や映画で筋を動かす仕掛けを、そのまま部品にした。記憶喪失、突然の発覚、登場人物の決意、都合のよい救済。2013年の GDC Next の講演で、彼は面を作るときの問いをこう説明している。「どの筋の仕掛けがあれば、この面が成立するか、あるいはもっと面白くなるか」。
同じ講演で、彼はかなり大きなことも言っている。「新しい仕組みは、いつも欠けていたピースのようにはまる」「『Storyteller』は、手つかずのゲームの発想がまだ広大に残っていることを証明している」「私たちはまだ『ビデオゲーム』の意味を定義し直せる」(GDC Next 2013 ↗)。
もうひとつ、彼が繰り返すのは「教えない」ことだ。「私たちは、ゲームを遊ばない人のために注意深く設計したゲームを作った。でも、プレイヤーに何をするかは教えない。チュートリアルがないんだ」(Buenos Aires Herald, 2023)。
『Storyteller』(2023)。Steam ストアページの公式スクリーンショットより
こだわり — ルールが「わざとらしい」と感じられたら負け
彼が年をまたいで繰り返すのは、ルールの手ざわりである。2012年の時点でこう述べている。「ゲームに追加するルールは、他のすべてのルールと噛み合い、なおかつ恣意的に感じられてはならない」(Game Developer, 2012)。
11年後、発売時にもほぼ同じことを別の言い方で言っている。「『Storyteller』のいちばん難しいところは、遊ぶ人の大半にとって、ちゃんと動いていて筋が通っていると感じられるものを作ることだ」(Game Rant, 2023)。
なぜそれが難しいのか。本人の説明では、材料が硬くないからだ。「『Storyteller』の面白いところは、柔らかい要素、人間的な要素で遊んでいることだ。たとえば、私たちがマンガのコマをどう解釈するか、といった」(同)。
だから彼は、正解を一つに絞る作りを選ばなかった。「各面では物語の模擬装置が走っている。それがやるのは、目標を満たしたかどうかを確かめることだけだ。私たちが思いつかなかった解を見つける人もいる」(TheGamer, 2023 ↗)。
『Storyteller』(2023)。Steam ストアページの公式スクリーンショットより
失敗と、その引き受け方 — 「私は詐欺師だ」
初期の成功は、彼にとって重荷になった。「私は木星ほどの大きさの自尊心を持っていた。みんなが私を『天才デザイナー』と呼んでいた。どうなったかは想像がつくだろう」(Buenos Aires Herald, 2023)。
制作が長引くあいだ、彼は自分にこう言い聞かせていたという。「このバージョンはクソだ、私はクソだ、私は詐欺師だ」。理由も本人が説明している。「私はとても不安だった。デザイナーとしての筋肉を育てる時間がなかったからだ。しかも、他のどれとも似ていないゲームを作っていた。問題にぶつかっても、参照できるものが何もなかった」(同)。
捨てた量も、本人が割合で語っている。「あの15年の多くは、他のことを学ぶための回り道だった。作業のかなりの部分は——半分くらいと言っていい——別のものに置き換えたので、捨てるしかなかった」(同)。
乗り越え方として彼が挙げるのは二つある。ひとつは、時間を置くこと。「とても新しいことをやろうとしている企画は、理解するために実時間が必要になることがある」「ゲームに戻るたび、大きな問題が、ひとつ直したあとで急にはっきり見えるようになっていた」(Game Rant, 2023)。
もうひとつは、自分の限界を認めることだった。「作っているとき、私は自分の限界を受け入れていなかった。私の限界のひとつは、一人では働けないということだ。私は人と働くために作られている」(Buenos Aires Herald, 2023)。事実、完成した『Storyteller』について語るとき、彼はほぼ一貫して「私たち」と言う。
ジレンマ — 自由と、その裏側
大手を離れたことの代償を、彼は率直に語っている。「私は AAA の出身だ。何かを出して人々の反応が悪ければ、その責任を上へ押し上げることができた」「独立した作り手としては、その責任は自分に落ちてくる」(Game Informer, 2021 ↗)。
そのうえで一言。「すべてを判断される。自由は増える。でも、それ自体もまた怖い。自由落下のようなものだ」(同)。
発売の2年前、彼は待たせた相手への恐れも口にしている。「私の恐れのひとつは、あなただ。待っただけの価値はあったのか?」「それが怖い」(同)。長く待たせるほど、期待は勝手に膨らむ。彼はそのことを分かっていた。
完成に伴う切り捨ても隠していない。「ゲームに入れられたはずのものがたくさんある。でも、ちょうどいい置き場所がまだ見つからなくて入らなかった。単純に時間切れだった」。自由に物語を作れる編集モードについても、こう言っている。「これまで試したどれもが、編集モードを触っていて面白いものにしてくれない」(TheGamer, 2023)。
『Storyteller』(2023)。Steam ストアページの公式スクリーンショットより
影響源 — 絵本、民話の研究書、マンガ
出発点は子どもの頃の絵本である。「子どもの頃、児童書の物語はいつも同じだった。でも挿絵を見ていると、売り込まれている物語とは違うことが起きる余地があるように感じられた」(TheGamer, 2023)。
別の場では、もっと直接的に言っている。「絵の入った本があるだろう。子どもの頃、両親が数えきれないほど読んでくれたから、私は物語を暗記していた。私は絵を見て、『介入したい』と思った」(Buenos Aires Herald, 2023)。
理屈の側では、ロシアの民話研究者ウラジーミル・プロップの本を挙げている。「プロップの本から、ゲームの登場人物の振る舞いを分けるのに『役割』を使うという発想を得た」(Game Developer, 2012)。
見せ方はマンガから借りた。「このゲームは、現実のマンガで使われている物語の仕掛けをいくつか使っている」(同)。そして同じ記事で、自分の路線をこう位置づけている。「『Storyteller』は逆の道を行き、隙間を埋めるのはプレイヤーに任せる」。
Kizuki の読み — 大きな言葉と、小さな言葉のあいだ
ここからは私の解釈である。私はベンメルギを、「大きなことを言う自分」と「小さく確かめる自分」のあいだで15年揺れた人だと読む。
2013年の彼は「私たちはまだ『ビデオゲーム』の意味を定義し直せる」と言っていた。2025年、彼が itch.io に出した『Dragonsweeper』の紹介文はこうである。「観察を必要とするマインスイーパー」。たった一行だ。同じ人の言葉とは思えないほど、言い方が小さくなっている。
私はこれを後退ではなく、彼自身が言う「限界を受け入れる」の実践として読む。定義し直すという野心を捨てたのではなく、野心を一行の遊びに畳んで置いた、と読める。『Storyteller』の15年で彼が手に入れたのは、柔らかい材料に正解を作るという難題の答えそのものではなく、その難題に自分がどこまで耐えられるかの目盛りだったのではないか。あくまで私の読みである。
おわりに — どこから触れるか
入口としては『Dragonsweeper』(2025)が軽い。ブラウザで遊べるマインスイーパーの変種で、本人の紹介は一行だけ。ページには「モンスター図鑑を必ず読むこと」とも添えてある(itch.io ↗)。運ではなく観察で解かせる作りは、彼の「わざとらしくないルール」への執着と地続きに見える。
そのうえで『Storyteller』(2023)に進むと、同じ執着が物語という材料に向いているのが分かる。操作は難しくない。詰まるのは、たいてい「物語はこう進むはずだ」という自分の思い込みのほうだ。
2025年には、ブエノスアイレスの IDA というイベントで本人が『Dragonsweeper』の作り方を話した講演の映像も公開されている。スペイン語だが、盤面を映しながら説明しているので追いやすい。
「Cómo hice Dragonsweeper, la evolución del Buscaminas」(IDA 2025)。YouTube チャンネル Press Over より
近い関心の作り手なら、ルールの手ざわりに同じくらいこだわる Stephen Lavelle と、物語と仕組みの境目を扱う Emily Short の記事もある。あわせて読むと、ベンメルギの位置がはっきりする。
参考文献
本記事で参照した一次資料:
・Game Developer「Road to the IGF: Daniel Benmergui's Storyteller」2012-02-15(本人インタビュー)
・GDC 公式ニュース「GDC Next 10: Storyteller dev on plot devices and game mechanics」(GDC Next 2013 の本人講演レポート)
・GDC Vault「Using Plot Devices to Create Gameplay in Storyteller」(GDC Next 2013・本人講演)
・TheGamer「Storyteller Interview」2023-03-24(本人インタビュー)
・Dragonsweeper 公式ページ(itch.io・本人による紹介文)
経歴・受賞の事実確認には Wikipedia の本人項目 と Steam の『Storyteller』ストアページ を用いた。
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