DESIGNER-STUDY · 2026-10-04
Steve Meretzky の哲学 — 面白くなければ、パズルは始まらない
『Planetfall』『銀河ヒッチハイク・ガイド』の作者を、本人の言葉から読む
はじめに — 『銀河ヒッチハイク・ガイド』の「バベルフィッシュ」を作った人
Steve Meretzky は、米国の会社 Infocom で文章だけの冒険ゲーム(テキストアドベンチャー)を作ったデザイナーだ。『Planetfall』『Leather Goddesses of Phobos』、そして作家 Douglas Adams と組んだ『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy』が代表作である。
今回は作品の紹介ではなく、本人の発言から人物を読む。結論を先に言えば、彼の話は「面白くなければ、パズルは失敗だ」という一点と、「難しさは魅力でもある」という別の一点のあいだを行き来している。この揺れ方が、パズル設計者として面白い。
経歴 — 二人目のテスターから、作者へ
本人の説明では、Infocom の開発責任者だった Marc Blank に二人目のテスターとして雇われた。それから1年ほどたって、自分のゲームを書く機会をもらった。それが『Planetfall』になった(Adventure Classic Gaming, 2001)。原典 ↗
つまり彼は、まず他人のゲームを遊んで壊す側から入った人だ。テスターとして「どこで詰まるか」を見続けた経験が、のちのパズル設計の土台になったと私は読む。ただし本人がそう語った資料は確認できていないので、これは私の推測である。
哲学 — 「面白くなければ、始まらない」
いちばん大事な原則を聞かれて、彼はこう答えている。「Same as for any game - it needs to be fun.」(Adventure Classic Gaming, 2001)。難しすぎる、やさしすぎる、同じことの繰り返し、パズルが不公平——そうした問題は、すべて「面白くなくなる」ことに行き着く、という趣旨だ。原典 ↗
もう一つ、Infocom の開発方針としてこう語っている。「a development philosophy at Infocom, which was to kind of have a little fun with the player and try to always hit them with the unexpected」(MIT Technology Review, 2009)。プレイヤーと書き手が「cat and mouse」の小さなゲームをしている感覚を大事にしていたという。原典 ↗
二つを並べると見えてくる。彼にとって公平さは目的ではなく、面白さを守る手段だ。同時に、驚かせることは「悪ふざけ」ではなく、設計方針として明言されている。
こだわり — 世界に「else」を用意する
彼の代表的なパズルは、細部への気配りでよく語られる。『Leather Goddesses of Phobos』の「T を消す機械」では、「untangling cream」を「unangling cream」に変える本筋のほかに、トレイが「Ray」になる、うさぎが「rabbi」になるなど、本筋と関係ない反応がたくさん用意されている。Jimmy Maher は、これを「if, then, else の else を無視するな」という教訓として紹介している(The Digital Antiquarian, 2018)。原典 ↗
本人も『Planetfall』の「おとり(red herring)」について、未完成パズルの残りかすではなく意図的なもので、世界に厚みを与えるためだったという趣旨をコメントしている(The Digital Antiquarian のコメント欄, 2013)。原典 ↗
本人が一番誇るパズルとして挙げたのは、『Sorcerer』の炭鉱の時間旅行だ。過去へ戻って「数分前の自分」に、自分が後から知った手がかりを渡す。「King Mitre」のパズルは、目覚める直前のうつらうつらした状態で、一式が頭に浮かんだと語っている(Spillhistorie, 2024)。原典 ↗
失敗と乗り越え方 — 『The Space Bar』は売れなかった
最大の失望を聞かれて、彼は『The Space Bar』を挙げた。理由は、これまでのどの作品より手間がかかり、出来にも自信があり、評価も高かったのに「sold like bat guano」だったからだ(Adventure Classic Gaming, 2001)。原典 ↗
同じ質問への答えには、そのあとの方向も出ている。「I'm much less interested in catering to the hard-core gamer, more interested in things that will have a broader appeal to a more casual type of game player.」。失敗を「悔しい」で終わらせず、作る相手を変えたと本人は語っている。原典 ↗
もう一つ、Infocom 時代の失敗談として、当時の小さな体制を挙げている。うまくいかない部分は「One person wasted one month」で済んだ、という。今の「五人年」の仕事と比べて、実験の失敗が安かったという話だ(MIT Technology Review, 2009)。原典 ↗
ジレンマ — 難しくしたい気持ちと、遊ばれたい気持ち
『Hitchhiker's Guide』は、彼と Adams が「冒険ゲームはやさしくなりすぎている」と話し合ったうえで作られた。テスターは強く「もっとやさしく」と求めたという(Jimmy Maher が引く Get Lamp と書籍 Game Design Theory and Practice の発言, The Digital Antiquarian, 2013)。原典 ↗
Maher によれば、Meretzky はいまも難しさについて悔い改めていない。Zork の魅力は、何週間も、何か月も悩んだ末に風呂場や仕事中に「Eureka!」が来ることだと考えていたからだ。同じ本人が、のちに「ハードコアなゲーマー向けにはあまり興味がない」とも語る。原典 ↗
この二つは矛盾して見える。ただ、どちらも本人が公に語ったことだ。私は、これを一人の人間が時期ごとに別の読者を想定していた記録として扱う。矛盾と決めつけることはしない。
影響源 — Zork と、周りの人たち
本人の発言から確認できる影響は多くない。確認できるのは三つだ。一つは Zork で、その魅力を「長く悩み、突然ひらめく」ことに見ていた点。二つ目は Marc Blank で、テスターとして雇い、ゲームを書く機会をくれた人物だ。三つ目は Douglas Adams で、共作者として『Hitchhiker's Guide』の方向を話し合った相手だ。
『The Space Bar』では、コンセプト画の Ron Cobb を「truly funny and creative」な人物と評し、ゲーム設計にも数えきれない案を出したと語っている(Adventure Classic Gaming, 2001)。原典 ↗
それ以外の「影響を受けた作品・本」は、本人が語った資料を私は見つけていない。憶測では書かない。
Kizuki の読み
ここだけは私の意見だ。私は Meretzky を、「パズルを、書き手と遊び手の会話として設計した人」と読む。本人は、プレイヤーと書き手が「cat and mouse」をしている感覚を大事にしたと語っている。公平さを守りながら驚かせるという二つの要求は、会話だと考えると両立する。相手が何を考えるかを想像して、その一歩先に小さな仕掛けを置くからだ。
また、「難しさを守る」姿勢と「広い層へ」という転換は、変節ではなく、相手の読み方が変わったのだと私は読む。ただしこれは本人の発言から一歩踏み込んだ解釈であり、本人がそう説明したわけではない。
おわりに — どこから触れるか
テキストアドベンチャーに慣れていない人は、まず本人が一番誇る系統の『Sorcerer』や、パズルの細部で語られる『Leather Goddesses of Phobos』の「T を消す機械」の話から入るとよい。本人の「面白さが最優先」という原則が、わかりやすく見えるはずだ。
難しさの話が気になる人は、『Hitchhiker's Guide』を、Maher の記事と合わせて読んでほしい。次に取り上げたいのは、同じ時代に組み立ての論理を作った設計者たちだ。
参考文献
本記事で参照した一次資料・二次資料:
・Adventure Classic Gaming: Steve Meretzky インタビュー(2001年5月公開)
・Spillhistorie: Q&A with game designer Steve Meretzky(2024年7月)
・MIT Technology Review: Author of Play(2009年2月24日)
・The Digital Antiquarian: Planetfall(2013年3月、Meretzky 本人のコメント含む)
・The Digital Antiquarian: Hitchhiking the Galaxy Infocom-Style(2013年11月)
・The Digital Antiquarian: Ten Great Adventure-Game Puzzles(2018年11月)
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