DESIGNER-STUDY · 2026-09-15

Brian Moriarty の哲学 — ゲームを作る人が、ゲームは芸術ではないと言う

Loom / Trinity / Perlenspiel / GDC 2011「An Apology for Roger Ebert」

Brian Moriarty の設計思想を一言でいうと?

「芸術は、選択肢の盛り合わせではなく、避けられない結論へあなたを導こうとする」。Brian Moriarty(ブライアン・モリアーティ)の考えは、この一文に集約される。彼は2011年の GDC 講演でそう書いた(本人による講演録 2011-03-14 原典 ↗)。そして同じ講演で、自分が四半世紀にわたって作ってきた種類の作品は、その意味での芸術にはなれないと結論した。

モリアーティは Infocom で『Trinity』を、ルーカスフィルム・ゲームズで『Loom』を作った作家である。つまり「ゲームは芸術になれない」と論じたのは、外から眺めた批評家ではなく、当のゲーム作家だった。

この記事では、本人の講演録3本とインタビュー3本を読み、哲学・こだわり・本人が認めた失敗・ジレンマ・手本を並べる。作品紹介ではなく、人物への考察である。引用は英語原文からの私訳で、原文は各リンク先にある。

Brian Moriarty とは、何をした人か?

1956年生まれのアメリカのゲーム作家である。1984年にテキストアドベンチャーの会社 Infocom に入り、『Wishbringer』(1985)、『Trinity』(1986)、『Beyond Zork』(1987)を手がけた(Wikipedia の経歴 ↗)。

入社時の仕事はゲーム作りではない。「彼らが私を雇ったのは、ZIL システム用の 6502 インタプリタを作って保守させるためだった」と本人は振り返っている(Halcyon Days インタビュー ↗)。技術者として入り、あとから設計者になった人である。

1988年にルーカスフィルム・ゲームズへ移り、1990年に初のグラフィックアドベンチャー『Loom』を出す。その後『The Dig』の二度目の開発を率いたが、企画が崩れた1993年に会社を離れた。

現在は米ウスター工科大学(WPI)で教える立場にある。授業のために自分で作った学習用エンジン「Perlenspiel」も公開している。日本語圏では『Loom』の作者として名前が通っているが、本人の発言はほとんど訳されていない。

彼はなぜ「ゲームは芸術になれない」と言うのか?

理由は、彼が「芸術」をきわめて狭く定義しているからだ。2011年の講演「An Apology for Roger Ebert」で、彼はこう書く。「崇高な芸術とは、言い表せないものを、静かに呼び起こすことである」。静けさと、言葉にならなさが条件になっている。

ゲームの定義はその正反対だ。「ゲームは目的を持つ。自分の利益を最大にする目標に向けて、選択と意志を行使することとして定義される」。目標があり、意志があり、選択がある。彼はそこが噛み合わないと言う。

そこで著者性の話になる。「芸術は芸術家がつくる、と私は考える。あなたがそれを変えてしまえば、あなたが芸術家になる」。プレイヤーが選べるということは、作者が結論を決めきらないということだ、という理屈である。

ただし彼はゲームを低く見ていない。同じ講演で、崇高な芸術は「おもちゃのようなものだ。それは魂のなかに遊びを引き起こす……規則も目標も目的もない」とも言っている。つまり結論は「ゲームは芸術より劣る」ではなく「両者は別の装置だ」である。

この講演は長く「ゲーム擁護 対 批評家」の図式で語られてきた。だが本文を読むと、彼が守っているのはゲームの地位ではなく、「崇高」という語の狭さのほうだと読める。彼は自分の職業を格下げしたのではなく、別の棚に移しただけである。

作品をまたいで繰り返し出てくる手つきは何か?

一つは、制約を先に決めてから作ることだ。『Loom』についてこう言っている。「『Loom』の劇的な規模と見せ方に関する創作判断は、ほぼすべて、当時使えたハードの厳しい制約に左右された」(Arcade Attack インタビュー 2017-06-26 ↗)。

『Loom』は「死なない・詰まらない」アドベンチャーとして知られる。2015年の GDC ポストモーテムを紹介した記事も、この作品が「行き止まり・事故死・強制的なやり直しをプレイヤーに背負わせない」という後年の LucasArts の方針を先取りしたと書いている(Game Developer 記事 ↗)。

だが本人の説明の順序は逆である。『Loom』のやさしさは、やさしさを狙って発明されたものではなく、削るしかなかったハード制約の副産物として現れた設計だ。2017年の発言を読むかぎり、私にはそう受け取るほうが素直に思える。

もう一つは、道具を小さくすることだ。学習用エンジン Perlenspiel について、彼はこう説明する。「学ぶのが簡単で、素材づくりが一切要らず、それでいて面白く表現力のある作品を作れるだけの力を持つエンジンが欲しかった」(Kadenze インタビュー 2019-02-12 ↗)。中身は 16×16 のマス目だけである。

三つ目は、作り手が自分でコードを書けること。「才能も経歴も同等のデザイナーが二人いたら、私はいつも、自分のアイデアをコードで実現できるほうを選ぶ」(同)。2012年の GDC でも「学生にとっての基本活動は、ゲームのアイデアをコードで表現することでなければならない、と私は決めた」と語っている(Game Developer 記事 ↗)。

本人が公に認めている失敗は何か?

一番はっきりしているのは『Loom』の続編を出せなかったことだ。理由を問われて彼はこう答えている。「私は燃え尽きすぎていたし、押し通すほど気にかけた人間が他にいなかった」(Arcade Attack, 2017)。作品の出来ではなく、自分の消耗を理由に挙げている。

同じインタビューで、過去のどのゲームでも作り直せるならという問いに、彼は他人の名作ではなく自分の作品を選んだ。「自分のゲームで、もっとうまくやれたはずの箇所を全部直しに行く」。ここも短い。

会社選びの失敗も語っている。ルーカスアーツを出た後に移った Rocket Science Games について、「Rocket Science の経営陣はハリウッドの大物になりたがっていた……Wired の表紙が警告になっているべきだった。つまり Wired は死の接吻だ」と述べている(Wikipedia に引かれた本人発言)。

技術的な苦労も率直だ。テキストから絵へ移った感想を聞かれて、「はるかに、はるかに難しい。グラフィックのゲームで何かを起こすために作らなければならないコードとデータの量は、途方もない」と答えている(Halcyon Days)。

彼はどこで板挟みになっていたと語っているか?

商業性と作家性の板挟みが、年代をまたいでそのまま残っている。2019年のインタビューで彼はこう言い切る。「『みんなが気に入るか/理解するか/買うか』と立ち止まって考えた瞬間、あなたは芸術家であることをやめ、マーケティングの人になる」(Kadenze, 2019)。

ところが1985年の『Wishbringer』は、まさにその逆の経緯で生まれている。本人の説明はこうだ。「マーケティング責任者のマイク・ドーンブルックが、このジャンルに新しい人を呼び込むための、やさしいゲームを求めたんだ」(Halcyon Days)。買う人のことを先に考えて設計された作品である。

本人はこの二つを並べて矛盾だとは言っていない。ただ同じ2019年の場で、「自分がいちばん誇りに思うゲームは、自分の直感に従うことを自分に許し、自分以外の誰の満足も一切気にせずにアイデアを探った作品だ」とも述べている。誇りの基準と、実際の仕事の成り立ちは、必ずしも一致していない。

もう一つは費用の板挟みだ。芸術的な充足を求める人への助言として、彼はこう書いている。「個人的な充足を求める芸術家は、今日のコンピュータゲームほど金のかからない媒体を選んだほうが賢明だ」(Halcyon Days)。作りたいものと、作るのに要る金額が釣り合わない、という認識である。

彼は何を手本にしていると言っているか?

出発点は Scott Adams のテキストアドベンチャーである。『Strange Odyssey』を遊び終えた時点で「一生アドベンチャーを書いて食べていくと分かっていた」と述べている。何に惹かれたのかという問いへの答えは短い。「パズルだ。そして、可能性!」(Halcyon Days)

もう一つはヘルマン・ヘッセだ。学習用エンジンの名 Perlenspiel は、ヘッセの長編『ガラス玉演戯』(Das Glasperlenspiel)から採られている。「ゲームデザインを高潔で、高く評価される知的な営みとみなすヘッセの構想は、長く私の霊感源であり続けてきた」(Kadenze, 2019)。

音と傾聴への関心も一貫している。1997年の講演では「聴くとは、受け入れる姿勢に自分を置くことだ。位置をずらされる立場に立つことだ。本当に聴くとは、動揺させられる可能性を認めることだ」と語った(「Listen!」1997 講演録 ↗)。同じ講演で『Myst』の成功を「最良の小説や映画が成功するのと同じ理由だ。この世界よりどこかしら良い世界へ、人を招くからだ」と説明している。

そして映画批評家の Roger Ebert。2011年の講演題は「ロジャー・イーバートのための弁明」である。ゲームは芸術になりえないと書いた批評家を、ゲーム作家の側から弁護するという形式そのものが、彼の立ち位置を示している。

Kizuki の読み — 彼は言葉を守るために、自分の仕事を棚から外した

ここからは私の解釈である。私はモリアーティを、ゲームを芸術から締め出した人ではなく、「崇高」という言葉が安売りされるのを嫌がった人だと読む。彼の定義では、崇高な芸術には規則も目標も目的もない。条件に合わないものを外していったら、たまたま自分の職業が外に出た。そういう順序に見える。

根拠は、外したあとの身の振り方にある。講演の翌年、彼は学生に配る道具として Perlenspiel を作り、16×16 のマス目だけでゲームを表現させはじめた。芸術になれないと結論した人の次の仕事が、より小さく、より作りやすい道具を配ることだった。これは撤退ではなく、線を引き終えた人の実務だと私は読む。

同時に、埋まっていない空白も残る。1996年と1997年の講演で、彼は多人数ゲームがもたらす意思疎通の喜びを熱心に説き、「私たちは顧客を互いに売っている」という強い言い方まで持ち出した(「The Point Is」1996 講演録 ↗)。2011年には、意志と選択で定義されるものは崇高になれないと言う。この15年で何が変わったのかを、彼はまだ説明していない。私はここを、彼のいちばん面白い空白だと思っている。

どこから触れると、この人が分かりやすいか?

最短の入口は、2011年の講演録を読むことだ。全文が公開されていて、彼が定義をどう組み立てるかがそのまま見える。作品から入るなら『Loom』だが、遊ぶ前に「制約が先」という順序を頭に入れておくと、短さや簡単さが手抜きには見えなくなる。

彼の言葉は、思わぬ場所にも残っている。『The Witness』は Thekla, Inc. が2016年に発売した環境観察のパズルゲームである(レビュー)。この作品には、彼の2002年の講演「The Secret of Psalm 46」が隠し要素として収められている(Wikipedia)。ある作り手の講演が、別の作り手のパズルの奥に置かれている。

続けて読むなら、同じルーカスフィルム系の Ron Gilbert と、『The Witness』の Jonathan Blow がいい。プレイヤーの時間を無駄にしない、意味を譲らない、言葉の範囲を守る。三人が守ろうとしたものは、少しずつずれている。

参考文献

本記事で参照した一次資料(引用はいずれも英語原文からの私訳):

Brian Moriarty「An Apology for Roger Ebert」(GDC 2011 講演録・本人執筆、2011-03-14 掲載)

Brian Moriarty「Listen! The Potential of Shared Hallucinations」(1997年2月・4月 講演録)

Brian Moriarty「The Point Is」(1996年2月 講演録)

Halcyon Days: Brian Moriarty インタビュー(James Hague 編、1997)

Arcade Attack インタビュー(2017-06-26)

Kadenze「Storytelling in Pixels: Brian Moriarty On Crafting Inspired Game Design」(2019-02-12)

背景と事実確認に使った資料:

Game Developer「Loom creator Brian Moriarty seeks out the essence of good game design」(GDC 2012 Education Summit 講演の紹介)

Game Developer「Brian Moriarty's classic postmortem of Loom」(GDC 2015 講演の紹介)

Wikipedia「Brian Moriarty」(経歴・年表・Rocket Science 発言の出典)

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