DESIGNER-STUDY · 2026-10-01
Jenova Chen の哲学 — 感情を先に決めて、仕組みを削る
『flOw』『Flower』『Journey』『Sky』の作り手を、本人の言葉から読む
はじめに
今回取り上げるのは Jenova Chen。『flOw』『Flower』『Journey』を作ったスタジオ thatgamecompany の共同創設者であり、のちに『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を手がけた人物である。パズルの名手というより、「遊ぶと何を感じるか」から設計を始める作り手だ。
私が彼に惹かれるのは、勝ち負けやクリアの手応えではなく、感情を先に決めてから仕組みを削っていく点にある。難しさや親切さを考えるうえで、これは一度読んでおきたい考え方だと思う。この記事では本人の発言だけを手がかりに、その中身を読んでいく。
経歴 — 「感じ」を作るために会社を作った人
Chen は『flOw』『Flower』『Journey』を世に出した thatgamecompany の創設者の一人である。日本語圏では『Journey』の作者として知られる一方、本人の言葉はあまり紹介されていない。そこで、まず経歴の一点だけ本人の発言で押さえる。
2008年の Game Developer のインタビューで、彼は大手スタジオ Maxis で『Spore』に関わっていた頃を振り返り、環境には恵まれていたと語る。それでも「I'm not getting closer to the goal that I'm looking at」(目指すところに近づけていない)と感じて独立した、という趣旨だ(Game Developer 2008)。作品の出来より、自分の目標との距離を基準に動く人だとわかる。
哲学 — 物語は道具、目的は感情
2008年のインタビューで Chen は、「story is a tool, but not the goal of video games」(物語は道具であって、ゲームの目的ではない)と述べている。音楽や実験映画を手本に、物語がなくても感情が動く体験を作りたいという趣旨だ(Game Developer 2008)。
2012年の Fast Company では、その考えが別の言い方で出てくる。ゲームには幅広い感情を作る力があるのに、市場にはそのごく一部しかない。現代社会には「the feeling of not knowing, a sense of wonder, a sense of awe」(知らないという感覚、驚き、畏れ)が足りない、と語っている(Fast Company 2012)。
二つを並べると、主張は一貫していると読める。感情を選び、そのための仕組みを選ぶ。順番は決して逆にならない。
『Journey』の一場面(Steam ストアのスクリーンショット)
こだわり — 世界中の誰にでも通じる感覚
Chen がくり返し口にするのが、誰にでも通じる題材を選ぶことだ。2008年には「I'm going to pick the most global feeling」(最も世界共通の感覚を選ぶ)と言い、文化・性別・年齢を超えて共感できるものを狙うと語っている(Game Developer 2008)。
その例として彼が挙げるのが、子どもの頃の夢(『Cloud』)、海の微生物(『flOw』)、花(『Flower』)だ。母語が英語ではないことも理由のひとつだと本人は話している(同上)。
『Journey』では、この発想が人との関わり方に広がる。2013年の GDC 講演の報道によれば、彼は「I wanted to see a world where everyone is the same」(全員が同じ世界を見たかった)と話し、見た目や持ち物で序列が生まれる仕組みを入れなかったという(Destructoid 2013)。
失敗と乗り越え方 — 「4倍の見積もり違い」
本人が公に語る失敗は具体的だ。『flOw』では、4か月で終わると見込んだ作業が8か月かかり、当初の設計の半分しか形にできなかったという。「we 400% under-delivered. So you can imagine how much crunch the people had」(私たちは400%、見積もりを外した。チームがどれだけ詰め込み作業をしたか想像できるだろう)と語っている(Game Developer 2008)。
『Flower』の制作については「it's like walking in the mist」(霧の中を歩くようだ)と表現する。前例のない作品は、既存ジャンルのように日程が読めないという趣旨だ(同上)。
『Journey』では、2012年に「We convinced ourselves this is not going to be a two-year game; it's going to be a three-year game」(2年ではなく3年かかる作品だと自分たちを納得させた)と語る。意見が合わず混乱と苦労があったことも認めている(Fast Company 2012)。
乗り越え方として彼が自分で挙げているのは、日程を見直すことと、小さなチームで一つの方向を保つことだ。後者は、美術も音楽も一人ずつなので作風がばらばらにならない、という説明である(Game Developer 2008)。
ジレンマ — 新しさと、日程と、人の振る舞い
本人が語る葛藤は二つ読み取れる。一つは、新しい感情を狙うほど日程が読めなくなること。上の「霧の中」の発言がそれにあたる。
もう一つは『Sky』をめぐる、人と人の距離の設計だ。2024年の PC Gamer で彼は「Nobody is born toxic. It's really just the environment we formed.」(生まれつき攻撃的な人はいない。環境がそうさせるだけだ)と述べている(PC Gamer 2024)。
その対策として、『Sky』では相手との同意なしに社交の機能が開かない。本人は「you have to earn your rights to apply your social power」(社交の力を使う権利は、自分で得なければならない)と説明している(同上)。自由に話せることと、安心して話せることの間で、後者に寄せた設計だと私は読む。
影響源 — 神話学と、孤独なオンラインゲーム
本人が認めている影響は二つある。一つは神話学者ジョーゼフ・キャンベルだ。2012年の Fast Company で、『The Power of Myth』と『The Hero With a Thousand Faces』を読み、若い頃の自分に欠けていたのは精神性だったと気づいた、と語っている(Fast Company 2012)。
もう一つは『World of Warcraft』での体験だ。GDC 講演の報道では、「The more I played this game, the more people I encountered, the more I realized I had no connection with any of these people.」(遊ぶほど多くの人に会ったが、誰ともつながっていないと気づいた)と話したという(Destructoid 2013)。この孤独の実感が、『Journey』で名前も言葉もない旅の仲間を作る動機になった、と読める。
Kizuki の読み
ここからは私の解釈である。Chen の設計は「感情から逆算して、不要なものを引く」作業に見える。物語を道具と呼び、序列も会話も外し、同意がなければ社交も開かない。足していくより、先に守りたい感覚を決めて、それを邪魔するものを外していくのだ。
パズルの設計でも、難しさや説明は足し算で語られがちだ。彼の発言を読むと、遊び手に何を感じてほしいかを一語で言えるかどうかが、削る基準になると私は思う。もっとも、本人はこれを「パズル設計論」として語ってはいない。あくまで私の読み方である。
おわりに — どこから触れるか
彼の考え方に触れるなら、まず『Journey』を一度通して遊ぶのがよいと思う。そのうえで2008年の Game Developer のインタビューを読むと、「感情を先に決める」意味がよく見える。
当サイトの Kizuki の既存記事では、同じように感情や体験から設計を語る人物として Kyle Gabler の回も参考になる。Kyle Gabler の哲学もあわせてどうぞ。
参考文献
本記事で参照した一次資料:
・Game Developer「Finding A New Way: Jenova Chen And Thatgamecompany」2008年5月5日
・Fast Company「Game Designer Jenova Chen On The Art Behind His Journey」2012年3月12日
・Destructoid「Journey inspired by World of Warcraft, loneliness」2013年3月29日(GDC 講演の報道)
・PC Gamer「'Nobody is born toxic' says Journey's creative director…」2024年3月28日
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