DESIGNER-STUDY · 2026-10-06
Eric Zimmerman の哲学 — ルールは作れる。遊ばれ方までは作れない
『Rules of Play』の共著者を、本人の言葉から読む
はじめに — 『Rules of Play』を書いた、ゲームを「考える」デザイナー
Eric Zimmerman は、米国のゲームデザイナーで、ニューヨーク大学(NYU)のゲームセンターで教える人物だ。ニューヨークのゲーム会社 Gamelab の共同創業者でもある。Katie Salen との共著『Rules of Play』で知られている。
彼はパズル専門の作家ではない。それでも今回取り上げるのは、「ルールを作ることと、遊ばれ方を作ることは別だ」という考え方が、パズル設計にそのまま効くからだ。解き方を決めるのは作者だが、解く体験は作者には作れない。この距離を、彼ほど言葉にしてきた人は少ない。
今回は作品の紹介ではなく、本人の発言から人物を読む。引用は、私が実際に本文を確認した資料だけに限る。ただし一部は講演の報道記事や学内紙の記録で、本人の文章そのものではない。その区別は、そのつど書く。
経歴 — 画家から、デジタルゲームの設計者へ
本人は、自分の出発点をこう語る。「I was trained as an artist – originally as a painter」(Cordite 2016)。原典 ↗ 美術の訓練から入った人である。
1990年代初めにデジタルゲームを作り始めたころの状況も、本人が説明している。「when I began designing digital games in the early 1990s, there was no established critical language」(Cordite 2016)。当時は、ゲームを批評する共通の言葉がなかったという趣旨だ。
その後、2000年に Gamelab を共同創業し、2009年まで続けた。同社はカジュアルゲーム『Diner Dash』などで知られる(Game Developer 2005 の著者紹介による)。Game Developer 2005 ↗ 『Rules of Play』は、NYU で Frank Lantz と開いた授業が土台だったと本人は述べている(Cordite 2016)。
哲学 — ルールは作れる。体験は作れない
一貫しているのは、ルールと体験を分ける見方だ。「In a game, the game designer makes the rules. But the game designer doesn't directly create the player's experience.」(Roy Christopher のインタビュー、年不詳)。原典 ↗
2009年のダートマス大学での講演でも、同じ趣旨を述べたと学内紙は伝える。「You design the rules, but they can play out in unexpected ways.」(The Dartmouth 2009)。The Dartmouth ↗ 注意してほしいのは、これは記者が書き取った発言であって、本人の原稿ではない点だ。
もう一つの柱は「意味」である。2007年のゲームデザイン講演の報道によれば、彼はこう言った。「If you're not providing them with maximum meaning in the moment to moment or in the long term, then why should they be there?」(Game Developer 2007)。Game Developer 2007 ↗ 一手ごとにも、長い目で見ても、プレイヤーにとっての意味を渡せているか。そう問い続ける人だと読める。
こだわり — 新しい遊びの形を作り続ける
本人はこう言う。「My main interest in games is inventing new forms of play.」(Cordite 2016、第2ページ)。原典 ↗ 続けて、同じジャンルや同じ機械で何年も作るのは性に合わない、と語っている。
その姿勢は会社の作り方にも出ている。Roy Christopher のインタビューによれば、Gamelab ではスタッフが時間の約1割を「遊ぶこと」に使うことが求められた。目的を決めない遊びも必要だ、という考えだ。原典 ↗ 本人の言葉としては、「gameLab is a structure that is designed to create unexpected and surprising staff experiences and resulting design artifacts.」とある。
もう一つ、定義への態度がある。「For a designer the value of a concept is its utility, not its ultimate truth.」(Game Developer 2012)。Game Developer 2012 ↗ 概念が正しいかどうかより、設計の役に立つかどうか。この物差しは、彼の文章に何度も出てくる。
失敗と乗り越え方 — 「魔法の円」を誤読されたとき
最初に断っておく。会社の失敗や、中止になった企画について、本人が詳しく語った資料を、私は今回確認できなかった。Gamelab が2009年に終わったことは、著者紹介の記載にあるだけだ。理由を想像で書くことはしない。
代わりに、本人が公に「言い直し」をした記録がある。『Rules of Play』で広まった「魔法の円(magic circle)」という言葉が、のちに「遊びを現実から切り離す考えだ」と批判された。2012年、彼は寄稿でこう整理した。「The magic circle is the idea that a boundary exists between a game and the world outside the game.」原典 ↗
さらに、批判の多くは実在しない相手を叩いていると書き、「Propping up invented straw men just so you can knock them over is a lazy way to do research.」と述べた。同時に、「Katie and I more or less invented the concept」とも認めている(いずれも Game Developer 2012)。これは失敗談そのものではない。ただ、誤読された自分の概念に、十年後に向き合った記録である。
デザイン上のジレンマ — ルールを教えながら、壊せと言う
本人が自分の立場を説明した言葉に、揺れがはっきり出ている。NYU での役割について、彼はこう述べた。古典的な「良いゲームデザインのルール」を教えること。そして、それを疑い、曲げ、壊し、まったく新しいものに作り直すよう学生を促すこと(Cordite 2016、第2ページの趣旨)。原典 ↗
同じ発言の中で、若い世代のデザイナーが「良いデザイン」の原則を問い直していることを、いちばん良い動きだと評価している。つまり自分たちの世代が築いた原則が、疑われることを歓迎している。教える側として、原則の価値を守りたい気持ちと、原則が更新される期待が同居している、と整理できる。
もう一つ、別の資料に出てくる緊張がある。「As a designer, I like solving design problems, which doesn't merely mean making games that are fun for me.」(Henry Jenkins のインタビュー 2006)。Jenkins 2006 ↗ 自分が面白いと思うことと、設計が解くべき問題は別だ、という線引きである。
影響源 — 絵、Huizinga、Katie Salen、Frank Lantz
本人が名前を挙げている影響は、いくつかに絞れる。まず絵画の訓練(Cordite 2016)。次に、魔法の円の概念について、Huizinga と Caillois の考えを寄せ集めて作ったと述べている(Game Developer 2012)。原典 ↗
人では、共著者の Katie Salen だ。彼は「Katie's background in design and semiotics was incredibly influential」と述べている(Cordite 2016)。原典 ↗ 記号学の素養を持つ共著者が、『Rules of Play』の言葉遣いを形づくったという意味だ。
もう一人は、NYU で授業を共にした Frank Lantz である。2005年の「ゲーム開発者の権利宣言」は、コミック作家の権利宣言に着想を得たと、本人が書いている(Game Developer 2005)。Game Developer 2005 ↗ ここに挙げたもの以外を、私は影響源として書かない。
Kizuki の読み
ここからは私の解釈である。本人の発言ではない。
私は Zimmerman を、「道具は人の手に渡った瞬間から、作者のものではなくなる」と知っている人だと読む。ルールは作れるが体験は作れない、という言葉と、自分の概念が誤読されて広まった経験は、同じ事実の表と裏に見える。だから彼は、定義を「正しさ」ではなく「使えるか」で測り、原則を教えながら壊せと言うのだろう。パズルを作る人にとっても、これは他人事ではない。答えを決めるのは作者でも、解く喜びは、解く人の手の中にしかないからだ。
おわりに — どこから触れるか
人物に触れるなら、まず2013年の「Manifesto for a Ludic Century」がいい。短い項目の連なりで、「Games are beautiful. They do not need to be justified.」という一文に彼の姿勢が出ている(Kotaku 2013)。Kotaku 2013 ↗ ゲームは何かの役に立つから価値があるのではなく、美しいから大切だ、という趣旨だ。
次に、魔法の円の寄稿を読むと、概念の扱い方がわかる。関連するデザイナーでは、共に授業をした Frank Lantz、そして『Rules of Play』と並べて読める Raph Koster の考察を、サイトの記事から辿ってほしい。
参考文献
本記事で参照した一次資料(すべて本文を取得して確認):
・Christy Dena によるインタビュー(Cordite 2016-05-04、第1ページ)
・Manifesto for a Ludic Century(Kotaku 2013-09-09、Heather Chaplin と共著)
・Zimmerman discusses future of game design(The Dartmouth 2009-04-14、講演の記事)
・Game Design Expo 2007 講演「Designing for Meaningful Play」の報道(Game Developer)
・Henry Jenkins によるインタビュー(2006-12-20)
・Jerked Around by the Magic Circle(Game Developer 2012-02-07、本人寄稿)
・A Game Developers' Bill of Rights(Game Developer 2005-11-21、本人寄稿)
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