PAPER-DIGEST · 2026-09-05

Lee & Ko: 人の審判は、追い込むとストライクゾーンを 17 ポイント狭めていた — Fukai が読む

人の判定バイアス / 自動判定を物差しにした監査

一段落要約

野球の「ストライクかボールか」は、規則で場所が決まっている判定だ。それでも審判は状況によって呼び方を変えているのではないか——長く疑われてきたこの話に、韓国プロ野球(KBO)の自動判定導入が物差しを与えた。

この論文が測るのは、ゾーンの境目ぎりぎりに来て、打者が振らなかった球だけである。人が判定していた時期、0ボール2ストライクではストライクと呼ばれる確率が 17.17 ポイント低く、3ボール0ストライクでは 6.61 ポイント高かった(いずれも 0-0 のカウントとの比較)。自動判定に切り替わると、この差はそれぞれ +0.33 ポイント、+0.37 ポイントまで縮み、統計的な裏付けを失う。

私がこれをゲームの記事として読むのは、ここに「人間の審判は、隠れた難易度調整器だった」という測定結果があるからだ。しかも効き方は場所によって大きく違う。どこが大きく、どこがほぼゼロだったのかを順に見ていく。

はじめに — 誰が、どこに書いた論文か

著者は Kichang Lee と JeongGil Ko の2名。所属は延世大学校(Yonsei University)の School of Integrated Technology(ソウル)。arXiv:2609.03786v1 として 2026年9月3日に投稿された、cs.HC(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)分類の論文である。

重要な前提を先に置く。これは arXiv のプレプリント(preprint。査読を通す前に公開される原稿)であり、まだ査読を通っていない。会議名も雑誌名も記載がない。被引用もまだ無い段階なので、「広く議論された結果」ではなく「これから検証される主張」として読む必要がある。私も数値は原文どおり引くが、確定した事実としては扱わない。

それでも今日これを選んだのは、扱っている構造がゲーム作りとまっすぐ重なるからだ。規則ではっきり決まっているはずの判定を、人が担当していた。その人を機械に置き換えた。前後を比べると、人が何を足していたのかが見える。判定・マッチング・通報審査・ヒント配布——人の裁量が挟まる仕組みを持つ作品なら、同じ形の問いを自分の手元に立てられる。

背景 — 「疑い」を数字にするのが難しかった理由

野球のストライクゾーンは、打者の身長や構えから決まる立体の範囲として規則に書かれている。それでも「競った終盤は広くなる」「追い込むと狭くなる」という話は絶えない。著者の書き出しは、この状況をそのまま言い当てている——ストライクゾーンほど規則に縛られた判定は少ないのに、これほど「状況が効いているのでは」という疑いを生んだ判定も少ない、と。

難しいのは、その疑いを数字で確かめる方法のほうだ。「終盤はストライクが多い」という生の割合を出しても、審判のせいだとは言えない。終盤は投手が替わり、配球が変わり、打者の狙いも変わる。著者の言い方では、生のストライク率の差は「審判の判断が動いたのではなく、球種・コース・選手の質・試合状況を映しているだけ」かもしれない。

そこに KBO が自動ボール・ストライク判定(ABS。投球の位置を計測して機械がストライクかどうかを決める仕組み)を導入した。著者はこれを「人の代わり」ではなく「物差し」として使う。同じリーグ、同じ規則のゾーンで、判定する主体だけが人から機械に替わった。人の時期に見えて機械の時期に消える模様があれば、それは判定者に由来する、と切り分けられる。Super Mega Baseball 4 のゲーム画面『Super Mega Baseball 4』(Metalhead Software)より。ストライクゾーンは規則で決まっているのに、誰が見るかで結果が動く。

ただし物差しとしての限界も、著者は先に認めている。年が違えば選手も戦術も違う。だから論文で使われている言葉は「実験」ではなく「監査(audit)」だ。この語の選び方に、この研究の慎重さがよく出ている。

アプローチ — 「境目の帯」だけを見る

使ったのは、2021年から2026年シーズンの取得できた分まで、投球1球ごとのデータ 1,216,246 行。人の判定の基準期間を 2022–2023 年、自動判定の基準期間を 2024 年以降に置いている。

全部の球を見るわけではない。主に見るのは「境目の帯」——規則上のゾーンの境界線から 0.25 フィート(およそ 7.6 センチ)以内に来て、打者が振らなかった球だけである。真ん中に来た球は誰が判定しても同じになる。ゾーンがわずかに伸び縮みしたときに結果が変わるのは、境目の球だけだ。この帯に入る球は全期間で 209,976 球ある。

統計の道具はロジスティック回帰(logistic regression。ある出来事が起きる確率を0から1のあいだで予測する、統計の定番モデル)。まず、球の位置だけからストライクと呼ばれる確率を出せるようにする。ここでは左右と高さのほかに、「境界線からどれだけ内側/外側にずれているか」「規則上のゾーンの内側かどうか」といった量も一緒に入れている。数式は本記事では使わないが、要するに「場所のせいで説明できる分」を先に全部吸わせるのがこの段階だ。

そのうえで、カウントやイニングや選手といった状況を足したときに、確率がまだ動くかを見る。場所で説明し切れなかった動きが残れば、それが「状況が効いた分」の候補になる。

監査は5つの家族に分けて行われる。(1) カウントの圧力 (2) 選手の格(年俸を代理指標にする) (3) 試合の進行(イニングと点差) (4) 捕手と投手の個人差 (5) ホームかどうか。検定の数が多くなるので、著者は FDR 補正(false discovery rate correction。たくさん検定すると偶然の「当たり」が混ざるため、その分を割り引く手続き)を通ったものだけを強い証拠として扱っている。

発見 — カウントは17ポイント、時間帯は1ポイント

カウントが最も強かった。人の判定期間、0-0 のカウントを基準にすると、境目の帯でストライクと呼ばれる確率は 0ボール2ストライクで 17.17 ポイント低い。1-2 で 14.92 ポイント低く、2-2 で 11.94 ポイント低く、フルカウント(3-2)でも 10.49 ポイント低い。いずれも FDR 補正後に残った(Figure 1)。

逆向きの効果もある。3ボール0ストライク、つまり打者が大きく有利なカウントでは、ストライクと呼ばれる確率が 6.61 ポイント高い。並べると、人の審判は「その1球で終わってしまう方向」の判定を渋り、「まだ続く方向」の判定を出しやすかったと読める向きになっている。

自動判定に替わると、この並びは消える。2024–2026 年の期間で 3-0 の効果は +0.37 ポイント、0-2 の効果は +0.33 ポイント。どちらも FDR 補正を通らない。著者は「ボール・ストライクの判定が自動化されると、人の側にあった順序だったカウントの模様はおおむね消える」と書いている。境目の帯の標本数は 2022 年が 37,356 球、2023 年が 38,617 球である。

試合の進行も効いてはいるが、桁が違う。人の期間、1〜3回はストライクが 0.72 ポイント少なく(FDR q=0.0018)、7〜9回以降は 0.69 ポイント多い(q=0.0033)。7回以降をまとめると +1.02 ポイント、終盤の接戦だけを見ると +1.38 ポイント(q=0.0069)。点差でも、序盤にリードされている側で −1.94 ポイント、終盤にリードされている側で +1.01 ポイントという差が出ている。自動判定期間では 0.00〜0.12 ポイントで、FDR に支持される効果は無い。カウントが17ポイントの話だったのに対し、時間帯は1ポイント台の話だ。ここを混ぜて読むと、この論文を誤読する。なお著者は、この模様は「早く帰りたいから終わらせる」式の単純な説明とは合わない、とも書いている。

捕手の個人差が、二番目に強い信号として残った。人の期間、場所で説明し切れなかった残りのばらつきは捕手ごとに標準偏差 1.13 ポイントあり、「捕手による違いはない」という仮定はほぼ否定される(p=2.24×10⁻¹⁵)。自動判定期間では同じばらつきが 0.00 ポイントになり、差は見えなくなる(p=0.774)。投手側も 1.39 ポイントから 0.12 ポイントへ縮む(Figure 7)。捕手は判定する人ではない。それでも判定が動いていた、というのがこの節のいちばん奇妙な発見だ。

逆に、弱かった・出なかったものもある。年俸を格の代理にした分析では、打者側は全員を入れると傾き −1.50 ポイントで有意にならず(p=0.496)、極端な1人を外すと −3.82 ポイント(95%信頼区間 −6.25〜−1.39、p=0.002)になる。1人抜くかどうかで結論が変わる、ということだ。投手側は高年俸ほど有利なゾーン、という向きが複数の区切り方で FDR を通った。ホームかどうかは、32人の審判のうち FDR を通ったのは1人だけ。著者の結論は「審判レベルで広くホーム寄りのゾーンがある、という主張をデータは支持しない」である。

著者自身のまとめが、この論文の性格をよく表している——主要な発見は、人の審判がどこでも偏っていたということではない。疑われていた状況効果のうち、強いものがあり、中くらいのものがあり、弱いかほとんど無いものもあった、ということだ。

使いどころ — ゲームを作る側が持ち帰れる5つ

(1) 人の裁量が挟まる判定は、まず「動かない物差し」と並べて測る。もし自分の作品にモデレーション審査や、大規模言語モデルによる判定が入っているなら、同じ境目の事例を用意して、状況の情報を消した状態でもう一度判定させ、差を取る。この論文の骨格はそれだけだ。基準になる側は正確でなくてよい。動かなければいい。

(2) 平均で見ない。「境目の帯」だけを見る。判定窓・当たり判定・ヒントのしきい値が状況で動いているかを知りたいなら、全プレイの平均を取っても何も出ない。リズムゲームなら判定窓の端から数ミリ秒の入力だけ、パズルなら「あと1手で解ける盤面」だけを抜き出して比べる。真ん中の事例は、どんな偏りも薄めてしまう。

(3) 隠れた難易度調整を入れるなら、効かせる場所を先に決める。人の審判が大きく動いたのは時計ではなくカウント、つまり「あと1つで終わる」場面だった。17ポイントと1ポイントの差は、設計判断としても示唆的だ。終盤だからと全体をゆるめるより、決着に直結する1回だけを緩める。前者は薄まり、後者は効く。Left 4 Dead 2 のゲーム画面『Left 4 Dead 2』(Valve)より。AI ディレクターは、プレイヤーに見えないところで難しさを動かす仕組みの代表例だ。

(4) 判定を動かす「第三者」の経路を疑う。この論文でいちばん不気味なのは捕手効果だ。判定していない人の個人差が、判定に 1.13 ポイント分のばらつきを持ち込み、自動化でゼロになった。自分の作品に置き換えるなら——通報したのが誰かで処分が変わっていないか。同じ行為でも、演出やアニメーションの見せ方で「反則らしさ」が変わっていないか。リプレイの角度ひとつで審査結果が動くなら、それは捕手効果と同じ形をしている。

(5) 助けるなら、隠さない。『Celeste』のアシスト機能のように、手心を設定画面に置いてしまう手がある。この研究が示すのは、隠れた状況依存は実在し、測れば出る、ということだ。プレイヤーも長年「追い込まれたら取ってもらえない」と感じていた。感じられている手心は、いずれ数字にされる。それなら最初から見せて、選ばせるほうが強い。Celeste のゲーム画面『Celeste』(Maddy Makes Games)より。こちらは助け方を隠さない側の設計。アシスト機能は設定画面に置かれている。

おまけに、逆向きの教訓もある。自動化は「公平になる」だけではない。模様が消えるのだ。追い込まれた打者への温情も、終盤の接戦での 1.38 ポイントも、同時に消える。人の裁量を機械に置き換えるとき、失われるのは偏りだけではなく、その偏りが生んでいた情緒でもある。どこまで消すかは、設計の選択になる。

限界 — 著者が認めている点と、私が気づいた点

まず著者自身が認めている点。これは無作為割り当ての実験ではない。「カウント、イニング、点差、選手、捕手の起用、ホームかどうかは無作為に割り当てられていない」ので、位置・ゾーン・カウント・シーズンの統制を入れても、配球・打者の狙い・投手の制球・チーム戦術による交絡は消し切れない、と書かれている。

ABS についても、著者は「無作為化された反実仮想ではなく、診断のための基準」でしかない、と明言している。自動判定の期間は選手構成も戦術もリーグの状況も違い、選手の適応そのものも違う。さらに分析は「振らなかった球」に条件づけられているので、標本自体がスイング判断の下流にある。

測定の弱点も3つ挙げられている。打者ごとのゾーンの値は、審判が感じているゾーンの直接の観測でも、ABS の正確な運用境界でもない。年俸は評判の代理にすぎない。捕手が誰だったかは1球ごとの守備記録ではなくラインナップから復元している。だから著者は、強い証拠・二番目の証拠・探索的な発見・無し、と段階を分けて書き、別のシーズンや別のリーグでの再現が必要だと結んでいる。

ここから Fukai が指摘する点。(a) プレプリントであり、まだ査読も引用も無い。(b) 17.17 ポイントという数字は「境目の帯の中で、0-0 のカウントと比べた差」であって、ゾーン全体が17ポイント狭くなるという意味ではない。切り取られると必ず誇張される形をしている。(c) 人と機械の比較は年をまたぐので、打者の見送り方が変わること自体が標本を変える。ABS 期間に「見逃す球」の性質が変われば、境目の帯の中身も変わる。(d) そして、ここからゲームのモデレーションや判定に話を広げているのは私の外挿であって、著者は野球の話しかしていない。使いどころの節は論文の主張ではなく、私の応用案として読んでほしい。

Fukai の読み

ここからは私の解釈である。私はこの研究を「機械で人を置き換える」話ではなく、「機械を物差しにして人を測る」話の流れに置きたい。ABS が有効なのは正確だからではなく、動かないからだ。動かない基準が一本入ると、それまで「気のせい」と「陰謀論」のあいだを漂っていた感覚——追い込まれたら取ってもらえない——が、17.17 ポイントという長さを持つ。設計批評の語彙で言えば、これは審判という人格に埋め込まれていた動的難易度調整を、外側から可視化する作業に近い。だから私が受け取る教訓は「隠れた調整をやめろ」ではない。やるなら、自分の側に物差しを持て、である。

おわりに

論文そのものは野球の監査だが、読み終えて残るのは方法のほうだ。境目だけを見る。動かない基準と並べる。証拠の強さを、強い・二番目・探索的・無し、と分けて書く。この3つは、自分のゲームのログを見るときにもそのまま使える。

もっと深く知りたい人へ。難しさと没入の関係は Lu ら「フローを生むのは難しさか努力か」 を、答え方の形式が難しさを変える話は Jeong らの回 を合わせて読むと、「同じ問題でも周りの条件で難しさが動く」という一本の線が見える。助けすぎる介入そのものを測る話なら Teo らの Int-Bench が近い。

私は今朝、この論文を印刷して Figure 1 の並びに色ペンで線を引いた。0-2 から 3-0 まで、棒の向きがきれいに反転している。数字を読む前に、あの一枚だけで言いたいことが分かる図だった。査読を通ったら、また読み直したい。

参考文献

本記事で参照した論文と関連資料:

Auditing Contextual Bias in Human Ball-Strike Calls Using KBO's Automated Umpiring Transition (Kichang Lee, JeongGil Ko, 2026, arXiv preprint arXiv:2609.03786v1, cs.HC)

同論文の PDF 全文(本記事の数値・引用はこちらから確認した)

・著者所属: 延世大学校 School of Integrated Technology(ソウル)。査読誌・会議への採録情報は 2026-09-05 時点で記載なし。

・関連記事: Lu ら: フローを生むのは「難しさ」か「注ぎ込んだ努力」か / Jeong ら: 同じ問題でも、答え方を変えると難しさが変わる / Teo ら: AI は「助けすぎる」

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