PAPER-REVIEW · 2026-06-12
Sun et al.: なぜ人は理不尽に難しいゲームに没頭するのか — Fukai が読む
Soulslike の難易度設計とフロー理論、そして「レジリエント・フロー」
まず要点(TL;DR)
この論文は、「なぜ人は、自分を打ちのめすように設計された理不尽に難しいゲームに、わざわざお金を払って没頭するのか」という問いに取り組む。題材は Soulslike(ソウルライク。FromSoftware の『ダークソウル』に代表される、高難度と頻繁な死を特徴とするアクション RPG の総称)だ。著者らは、快適さ(摩擦のなさ)こそ良いゲームだという通念に異を唱え、苦しみそのものが楽しさの材料になる仕組みを解き明かそうとする。
方法は、Steam(スチーム。PC ゲームの巨大な販売・コミュニティ・プラットフォーム)に投稿された『ELDEN RING』『SEKIRO』『DARK SOULS III』のユーザーレビュー 600 件の質的分析である。著者らはここから「レジリエント・フロー(resilient flow。挫折を避けることでではなく、挫折に意味づけを与えることで没入が保たれる心理状態)」という概念を提案する。実験室ではなく、プレイヤーが自分の言葉で書いた感想から心理を読み取った点が新しい。なお本稿は arXiv に投稿されたプレプリント(2026 年 3 月投稿。まだ査読を通っていない段階)である。
はじめに — 誰が、どこで、なぜ私が今日選んだか
著者は Zhehao Sun を筆頭とする8名で、所属はカナダのブリティッシュコロンビア大学(オカナガン校)の創造・批評研究学部および計算機科学部だ。研究資金はカナダの NSERC と SSHRC から出ている。発表媒体は arXiv のプレプリント(arXiv:2604.15318、分野は cs.HC=ヒューマン・コンピュータ・インタラクション、2026 年 3 月 2 日投稿)で、特定の会議の査読を経たものとは明記されていない。つまり現時点では「投稿されたばかりで、まだ広く議論されていない段階」の論文として読むのが正確だ。
私がこの論文を今日選んだ理由は、難易度の設計という、パズルやゲームを作る人にとって日々の悩みの種である主題を、心理学の言葉で丁寧に扱っているからだ。難しさは「親切に取り除くべき摩擦」なのか、それとも「楽しさの源泉」なのか。この問いに、商業的に大成功したタイトルの実プレイヤーの声から迫ろうという姿勢に惹かれた。私は朝、ホットの濃いめのドリップコーヒーを淹れ直し、プリントした PDF に色ペンで線を引きながら読んだ。
背景 — 「親切なゲーム」という通念と、失敗のパラドックス
ゲームデザインの通念では、プレイヤーはリラックスやストレス解消のために遊ぶと考えられてきた。だから設計者は摩擦を滑らかに取り除く「親切な案内人」であるべきで、難しすぎれば不安と離脱を招く——これが古典的なフロー理論(flow theory。心理学者チクセントミハイが提唱した、スキルと挑戦が釣り合ったときに訪れる最適な没入状態の理論)の標準的な読み方だ。フローはしばしば「退屈」と「不安」のあいだの細い水路として図示される。
ところが Soulslike は、この親切モデルにあえて逆らう。高い難度でプレイヤーを不安の境界へと押しやり、過覚醒(hyper-arousal。強い緊張で注意が研ぎ澄まされた状態)を強いる。それでも人は離れず、むしろ熱狂する。ここに「失敗のパラドックス(paradox of failure。ゲーム研究者ユールの言葉で、人は短期的には自分を不幸にするゲームを、長期的な満足のためにあえて求める、という逆説)」がある。何が分かっていなかったかと言えば、この逆説が「実際のプレイヤーの言葉」の中でどう立ち現れるか、という具体的な像だった。
なぜこの問題が重要か。難易度は、ほぼすべてのゲームとパズルの設計者が毎日触る変数だからだ。下げれば間口は広がるが手応えは痩せ、上げれば手応えは増すが人が離れる——この古い綱引きに、「上げ方次第では没入と満足の両方が増える」という第三の道があるなら、設計の指針が変わる。論文が引用する市場データでは、Soulslike 市場は 2024 年に約 15 億ドル、2033 年には約 32 億ドルに達すると見込まれるという。難しさが障壁ではなく牽引役になりうることを市場も示している、というのが著者らの出発点だ。
アプローチ — 600 件のレビューを、人手で読み解く
著者らの方法は質的テーマ分析(qualitative thematic analysis。たくさんの文章を読み込み、繰り返し現れる主題=テーマを人手で抽出・分類していく手法)だ。数式やアンケート集計ではなく、プレイヤーが自然に書いた言葉そのものを資料にする。実験室に呼んで観察すると、見られているという意識が行動を歪めかねない。そこを避け、「自然に生まれた証言」を Steam コミュニティから集めるという発想である。
手順は三段階だ。まずデータ構築。約 2,000 件のレビューから、厳しい絞り込みをかける。プレイ時間 50 時間超(初心者の一時的な苛立ちではなく、習熟した熟練者の声に限るため)、コミュニティが「最も参考になった(Most Helpful)」と評価したもの、そして中身の薄い投稿やネタ投稿を手作業で除外。こうして 3 タイトル合計 600 件に絞った。題材は『SEKIRO』(リズム的)『DARK SOULS III』(反応的)『ELDEN RING』(オープンな探索型)で、戦闘ループの異なる三つの型を代表させている。
次にコーディング(coding。文章に符号=ラベルを付けて分類していく作業)だ。まず「dance(踊り)」「rhythm(リズム)」「greed(欲)」「zen(禅)」といった、プレイヤー自身が使う頻出語を拾う(これがオープンコーディング)。次にそれらを「内的な統制感(失敗を自分のせいと捉える感覚)」「認知的遮蔽(後で説明する)」のような意味のまとまりへ束ねる(軸足コーディング)。最後にフロー理論の枠組みへ対応づけ、「レジリエント・フロー」の三つの次元(リズム的習熟・規則の公正さ・マインドフルな緊張)を組み立てる。読んでいない細部を勝手に補わず、言葉の積み上げで理論を作る慎重な手つきだ。数式は出てこない。
発見 — 暴力から踊りへ、罰から教育へ
発見は三つの次元に整理される。第一は「比喩の変化」。プレイヤーは序盤、戦闘を暴力の言葉(「叩く」「殺す」「生き延びる」)で語る。ところが習熟(50 時間超)すると、語彙が芸術や音楽へ移る。『SEKIRO』では「リズムゲーム」「暴力的なワルツ」「剣の音楽」、『ELDEN RING』では「振り付け」「美しいダンス」へと変わる。あるレビュー(プレイ時間 126 時間)は「パリィを極めると、もう敵と戦っているのではない……敵と踊るんだ。戦闘が暴力的なワルツになる」と書く。敵が障害物から「ダンスの相手」へと知覚が変わる、という指摘だ。
第二は「失敗の分類学」。著者らは 200 件超の「死」の記述を分類し、プレイヤーがシステムを責めず、自分の心理的な失敗を責める強い傾向(内的統制感)を見出した。『DARK SOULS III』で目立つのは「greed(欲)」——もう一撃入れようと欲張って死ぬ、という自己帰責だ。「欲張ってもう一振りしようとして死んだ……難易度は時に理不尽だが、私の死の 99% は自分のせいだ」という声が代表例として引かれる。失敗が一貫して予測可能だからこそ、ゲームは「公正な教師(fair pedagogue)」として機能する、と著者らは読む。
第三は「治療的逆説」。最も意外な発見として、ストレスフルなはずのゲームを「リラックスできる」「気が晴れる」と語るプレイヤーが多い。著者らはこれを「認知的遮蔽(cognitive occlusion。生き延びることに脳の処理能力を 100% 使わされるため、外界の不安や雑念が締め出される現象)」で説明する。「人生のとても暗い時期、鬱に沈んでいた……このゲームは忍耐と粘りを教えてくれた。今この瞬間だけが大事だという状態に置いてくれた」という証言が引かれる。三タイトルの心理像も対比され、『SEKIRO』は速度と精度による「無心(Mushin)」、『DARK SOULS III』はリズム的な耐久、『ELDEN RING』は規模と未知がもたらす「畏怖」と整理される。
使いどころ — パズル/ゲームを作る人への応用
ここからは、パズルやゲームを作る私たち向けの応用を考えたい。第一に、難易度を「下げる/上げる」の一次元で考えるのをやめること。この論文が示すのは、没入の鍵が難度そのものより「公正さ」にある可能性だ。もし自分が Sokoban 系(倉庫番のような、箱を押して解く論理パズル)を作っているなら、理不尽な行き止まり(リセットでしか戻れない詰み)を減らし、失敗の原因がプレイヤー自身の読み違いだと一目で分かる盤面にすることが、「99% は自分のせい」と思える設計につながる。
第二に、失敗のコストと再挑戦の速さを設計変数として明示的に扱うこと。論文が描くループは「死→知識の獲得→再挑戦」だ。もしハイパーカジュアル(短時間で気軽に遊ぶスマホ向けゲーム)の PCG(Procedural Content Generation、レベルなどを自動で生成する手法)でレベルを量産するなら、一回の失敗で失うものを小さく、しかしゼロにはせず、再挑戦までの待ち時間を短くする。失敗が完全に無痛だと注意が逸れる、という論文の指摘は、リトライ設計の手触りに直結する。
第三に、「比喩の移行」を体験の指標として観察すること。論文では、プレイヤーの語彙が「暴力」から「ダンス・リズム」へ移ることが習熟の証だった。もし自分のパズルゲームのレビューやプレイテストのコメントを集めるなら、プレイヤーが使う言葉の変化を追うとよい。「イライラする」から「気持ちいい」「リズムに乗れる」へ語彙が移っていれば、難しさが手応えへと転化できている兆候だと読める。特別な機材のいらない、安価で実践しやすい質的な健康診断になる。
第四に(周辺の応用として)、難しさを「集中の装置」として捉え直すこと。認知的遮蔽の議論は、シリアスゲーム(教育や医療など、娯楽以外の目的を持つゲーム)にも示唆を与える。集中を要する適度な難度が、現実の不安を一時的に締め出すなら、それ自体が体験価値になりうる。ただしこれは諸刃でもあり、難しさが万人に効くわけではない(限界の節で触れる)。
限界 — 著者が認める弱点と、Fukai が気づいた点
限界を見ていく。まず著者自身が認めている弱点。第一に生存者バイアスだ。分析対象は「レビューを書くほど動機づけられた」プレイヤーに限られ、苛立って途中でやめ二度と戻らなかった人々の心理は見ていない。だから「難しさは没入を生む」という結論は、最初から残った人たちの声に偏っている。第二に、テキスト分析では心拍などの生理的なフロー指標を測れない。著者らは今後、心拍変動や皮膚電気反応といった生体データとの突き合わせを課題に挙げている。
ここから私が読んで気づいた点。Fukai がここで指摘するのは、まず「公正さ」の定義が結果から逆算されている危うさだ。プレイヤーが「自分のせい」と語る作品を公正だと呼ぶなら、それは「没入できた人は公正だと感じる」というほぼ同義反復に近づきかねない。telegraphed(予告動作のある)攻撃や一貫した当たり判定といった具体的な設計原則は挙げられているが、それらがどの程度効いているのかを要素ごとに外して確かめる実験——アブレーション(ablation。設計の一部を一つずつ外して効き目を検証する手法)的な検証——はテキスト分析の性質上できていない。
もう一点。本稿は arXiv のプレプリントで、投稿されて間もないため被引用もまだ乏しく、広く検証された段階にはない。サンプルも FromSoftware の 3 作に限られ、ローグライクや対戦シューターのような他の高難度ジャンルへ一般化できるかは未確認だ(著者自身も今後の課題として認めている)。「レジリエント・フロー」は魅力的な命名だが、現時点では仮説として受け取り、自分の現場で小さく試して確かめるのが健全だと私は考える。
Fukai の読み
ここからは私 Fukai の読みだ。私はこの研究を、ゲームデザインが長く抱えてきた「難易度=親切に下げるべき摩擦」という前提を、心理学の語彙で裏返す試みの一つとして位置づけたい。設計批評の言葉で言えば、これは難しさを「罰」ではなく「教育(pedagogy)」として再定義する作業に近い。失敗を罰だと感じさせるか、情報だと感じさせるか——その分かれ目を握るのが「公正さ」だという主張は、パズル作家としての私の実感とよく響く。詰みのない論理、予告された危険、一貫した規則。これらは結局、プレイヤーへの敬意の別名なのだと、この論文は遠回しに教えてくれるように私には読める。もっとも、これは私の解釈であって、著者がそこまで断定しているわけではない点は念のため添えておく。
おわりに — 関連研究への地図
最後に、関連研究への地図を。難しさと失敗の心理をもっと深く知りたい人は、本稿が下敷きにしているユールの「失敗のパラドックス」(Juul, 2010)や、難しいゲーム『Celeste』でプレイヤーがどう立ち直るかを調べた Hefkaluk ら(2024)を合わせて読むと、議論の見取り図が掴める。フロー理論の原典としてはチクセントミハイ『Flow』(1990)、難易度の動的調整(プレイヤーの腕前に合わせて難度を自動で変える仕組み)については Fisher と Kulshreshth(2024)が入口になる。難しさをどう設計するかという問いは、パズルにもゲームにも共通の、終わらない宿題である。
参考文献
本記事で参照した論文と関連資料:
・DOI: 10.48550/arXiv.2604.15318
・関連研究: Juul, J. (2010) "In search of lost time: on game goals and failure costs"(Foundations of Digital Games)
・関連研究: Hefkaluk, N., Linehan, C., Trace, A. (2024) "Fail, fail again, fail better: How players who enjoy challenging games persist after failure in Celeste"(International Journal of Human–Computer Studies, 183, 103199)
・関連研究: Csikszentmihalyi, M. (1990) "Flow: The Psychology of Optimal Experience"(Harper & Row)
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