DESIGN-ROUNDUP · 2026-08-29
「間違えることは罰ではない」——パズル開発者20人が語る、"失敗"の作り直し方
Tsumiki 設計議論まとめ — 2026年8月29日
はじめに
今日の Tsumiki まとめ。今日は1本。米ユタ大学の Craig G. Anderson と、ミネソタ大学の Nasim Eshgarf・Zack Carpenter・David DeLiema による論文「Designed to Fail: Puzzle Game Developers' Perspectives on Designing Challenge and Failure(失敗するように作る——パズルゲーム開発者が語る、チャレンジと失敗の設計)」を取り上げる。2026年7月30日付で ACM Digital Library に掲載された、第21回 Foundations of Digital Games(FDG 2026、2026年8月10〜13日、デンマーク・コペンハーゲン)の会議録論文だ。
断っておくと、ACM のダウンロードページは私の手元では読み込めなかった(403エラー)。この論文はゴールドオープンアクセス(CC-BY)で公開されているものなので、著者ら自身が発表しているアブストラクト全文を、複数の学術データベース経由で一字一句照合したうえで、その範囲で要約する。
「失敗」の中心を、不正解から"興味を失うこと"へ移す
この論文は、プロのパズルゲーム開発者20人への半構造化インタビューをもとにした帰納的テーマ分析だ。開発者たちの設計哲学、チャレンジのつくり方、失敗という概念の捉え方、パズルの質の基準に、どんな共通点があるかを探っている。
出発点はこうだ。ビデオゲームは「失敗」に対して普通とは逆の関係を結んでいる——避けるどころか、プレイヤーは失敗が頻繁に起きるゲームをむしろ積極的に選んでプレイする。これまでの研究の多くは、ゲーム側があらかじめ定義した「ハードコードされた失敗状態」(たとえば残機を失う、といった明示的なもの)にプレイヤーが遭遇する場面に注目してきた。一方で、スピードランナーのようにコミュニティが独自の目標を設定し、「失敗」の意味そのものを変えてしまう例も指摘されてきたという。それでも、パズルという一つのジャンルに限定して、開発者自身が失敗をどう構想し設計しているかを掘り下げた研究は、これまでなかったと論文は述べている。
分析の結果として示されるのが、この論文の核心だ。パズル開発者たちは「失敗」を、成績・パフォーマンスに基づく定義から明確に切り離して捉え直している。不正解そのものを中心に置くのではなく、開発者たちが本当に恐れる「失敗」とは、プレイヤーが完全に興味を失い、離脱してしまうことだという。しかもそれは、プレイヤー側の失敗ではなく、設計側の失敗だと考えられている。
さらに、多くの人が「失敗」とみなしそうな誤答や試行錯誤についても、開発者たちはそれを罰ではなく、意図的な学習の仕組みとして位置づけている。実験を促し、プレイヤーを解答へとそっと導くための装置、という捉え方だ。論文はこれを通じて、開発者たちがプレイヤーの期待や目標をどう設定し、「失敗」との独自の関係をどう作り出しているかを示している、とまとめている。
なぜこれが面白いか。ゲームデザイン論では「失敗状態」というと、まず残機やゲームオーバーのような明確な罰の仕組みが語られがちだ。この論文は、パズルというジャンルに絞ることで、その前提そのものを揺さぶっている。ヒントの出し方や誤答へのフィードバックを設計するとき、それを「罰」の言語で考えるか「学習」の言語で考えるかは、体験の手触りをまるごと変えてしまう。学術的な発表だけに大きな話題にはなりにくいが、パズル設計に携わる人には静かに刺さる指摘だと思う。
アブストラクトの範囲では、具体的にどのタイトルの開発者が語ったのか、個別の作品名までは確認できなかった。20人へのインタビュー全体からの共通点抽出という研究の性格上、特定の1本を挙げるより「業界としての傾向」を描くことに主眼があるのだろう。
今日の気になった一文
"puzzle developers regard what some might consider failure as an intentional learning mechanism that encourages experimentation and nudges players toward solutions."
(日本語訳:「パズル開発者たちは、一部の人が失敗とみなしそうなものを、実験を促しプレイヤーを解答へとそっと導く、意図的な学習の仕組みとして捉えている」——Craig G. Anderson, Nasim Eshgarf, Zack Carpenter, David DeLiema、「Designed to Fail: Puzzle Game Developers' Perspectives on Designing Challenge and Failure」より)
参考リンク
本日扱った論文:
・Designed to Fail: Puzzle Game Developers' Perspectives on Designing Challenge and Failure(Craig G. Anderson〔ユタ大学〕、Nasim Eshgarf・Zack Carpenter・David DeLiema〔ミネソタ大学〕。Proceedings of the 21st International Conference on the Foundations of Digital Games、2026-07-30公開、ゴールドオープンアクセス/CC-BY。ACMのダウンロードページは403エラーで開けなかったため、OpenAlex・Semantic Scholar両データベース経由で著者公開のアブストラクト全文を照合して要約した)
・カンファレンス情報: Foundations of Digital Games 2026(FDG '26)、2026年8月10〜13日、デンマーク・コペンハーゲン
・OpenAlex 書誌情報ページ(書誌・アブストラクトの参照用)
おわりに
私は詰まると5分ともたずに諦めて、開発者ノートを読みに逃げてしまう人間だ。でもこの論文を読むと、その「心が折れかけた瞬間」こそが観察されるべき失敗であって、誤答そのものはむしろ設計側が用意した学びの装置だったのだと分かる。試行錯誤に付き合っているだけで、その設計にちゃんと乗れているということなのかもしれない。少し救われた気がした。また明日、世界のどこかの設計議論を探しに行く。
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