REVIEW · 2016-09-14
Event[0]
自由入力で AI に話しかける、2016 年の実験
第一印象
Steam のストアページに出ている数字は「やや好評」、1,439 件のうち 79% が肯定だ(2026-09-12 時点)。言語と購入形態を問わずに数えると 2,287 件中 1,838 件で 80.4% になる。どちらで見ても、8 割の線のすぐ上に乗っている作品である。
面白いのは内訳のほうだ。helpful 順に肯定側と否定側を並べて読むと、両者が書いている光景はほとんど同じである。レトロな宇宙船。端末のキーボード。そこに自分で文章を打ち込むと、Kaizen-85 という船の AI が返事を寄こす。
肯定側の上位は、その返事を「動きのある人格」と呼ぶ。否定側の上位は、同じ返事を「数十年前の ELIZA」と呼ぶ。片方は泣いたと書き、片方は 20 ドルの価値はないと書く。
つまりここで割れているのは出来の良し悪しではない。一つの仕組みをどう名づけるか、である。Ocelot Society が 2016 年に出したこの作品は、その名づけの実験として今も読む値打ちがある。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 1 枚目・Steam スクリーンショット)
世界観
レビュー群がこの船を語るときの語彙は、肯定側と否定側でほとんど共有されている。洒落ている。レトロフューチャーだ。不気味だ。1980 年代が想像した宇宙が、そのまま走り続けた世界という設定である。
ただし同じ船を「ぼやけている」「テクスチャが粗い」と書く声もあり、それは否定側だけの話ではない。粗さを認めた上で勧めている肯定レビューが複数ある。この作品の受け取られ方をよく表している。
雰囲気を褒める語の出方は、Tacoma や Observation のレビュー群と近い。宇宙ステーション物の静けさは、この界隈ではすでに確立された価値だ。この作品が違うのは、その静けさの中に話し相手が一人いることである。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 2 枚目・Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
遊び手に与えられている動詞を数えると、実質ひとつしかない。打ち込む、である。歩くと見るは付属品で、走ることも跳ぶことも、物を掴むこともできない。
否定側でいちばん再現性の高い不満は、この削り方に向いている。横歩きも跳躍も無い。自分が幽霊になった気がする。移動の動詞をほぼ全部落とした代償が、そのまま出ている。これは減算の副作用だ。動詞をひとつに絞るために、ほかを落としたのである。
では残ったひとつの動詞の解像度はどうか。ここが本題だ。公式の説明は「200 万行を超える手続き的に生成される台詞」と書く。否定側は口を揃えて「限られたキーワードを拾っているだけだ」と書く。注目したいのは、肯定側もそこを否定していないことである。上位の肯定レビューは自分から「チャットボット的だ」「がたついた足場だ」という語を使う。
つまり争点は仕組みの厚さではない。薄い仕組みの上に人格が立つかどうかだ。そして遊び手の側にも学習が起きる。Kaizen に通じる言い方を覚えていく過程を、否定側は「自分の言葉を下げること」と呼び、肯定側は「関係を築くこと」と呼ぶ。ひとつの学習曲線に、ふたつの名前が付いている。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 3 枚目・Steam スクリーンショット)
テンポと尺
長さについては、肯定側も否定側も同じ数字を出す。最初の結末までおよそ 3 時間。レビューに記録された時間も、3 時間から 5 時間のあたりに集まっている。
変わるのは形容だけだ。肯定側は「短くて快い」と書き、否定側は「導入か第 1 話にすぎない」と書く。20 ドルという定価が、この差をそのまま増幅している。セールを待てと勧めるレビューは、肯定側にも多い。
もうひとつ、否定側に固有の指摘がある。結末は三つあるが、別の結末を見るには全編をやり直す必要があり、しかも扉の暗証番号が周回ごとに変わる。「またやり直し、またやり直し」と書いた人がいた。尺の短さを尺の設計で埋めようとした跡が、いちばん摩擦を生んでいる。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 4 枚目・Steam スクリーンショット)
系譜と位置づけ
この作品は 2016 年 9 月に出た。IGF 2017 では大賞・デザイン・ナラティブの三部門にノミネートされている。批評媒体の平均は 100 点満点で 75 点あたりで、賛辞の中身は「AI を敵役ではなく対等な相棒として置いた」という点に集まっていた。
興味深いのは、recent 順に並べたときの変化だ。2026 年に書かれたレビューは、ほぼ例外なく現在の大規模言語モデルを物差しにして読む。「2016 年としては十分だ」「いまの水準と比べると落胆する」。そう書かれている。10 年前の驚きの中身が、日用品になったということである。
ところが同じ recent の中に、逆向きの評価も現れている。これは生成されたものではなく人間が手で書いた台詞だ、という点をわざわざ長所に挙げる書き手が出てきた。同じ技術の普及が、片方では減点の理由になり、片方では加点の理由になっている。
会話を主機構にした作品として並べるなら、Eliza と Duskers が両隣に来る。Duskers は打ち込む相手を機械に限って曖昧さを消し、Eliza は打ち込むこと自体をやめた。Event[0] はその中間で、曖昧さを残したまま受け取る側だけを有限にした。摩擦はそこから出ている。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 5 枚目・Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-09-12 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: Event[0](やや好評 / Mostly Positive、1,439 件中 79% が肯定。全言語・全購入形態では 2,287 件中 1,838 件 = 80.4%)
・helpful 順の肯定レビュー上位 10 件、否定レビュー上位 10 件、recent 順の上位 6 件を読了した。
・受賞歴と批評媒体の平均点は Wikipedia: Event 0 の記述を参照した(Metacritic 75/100、IGF 2017 の三部門ノミネート)。
結論
Steam の集計は 79% 肯定で、私が付ける点は 7.2 だ。ほぼ同じ位置に落ちた。この作品の弱点と長所が、同じ一点から出ているからである。
自由に書ける入力欄は、遊び手の側に無限に近い選択肢を渡す。受け取る側は有限にしか作れない。この落差をどう扱うかが、会話を機構にする作品の中心的な設計問題だ。Ocelot Society は落差を隠さず、隠さないまま雰囲気で支える道を選んだ。肯定側の「泣いた」も、否定側の「がっかりした」も、同じ選択の帰結である。
勧める相手ははっきりしている。AI との関係そのものに興味があり、3 時間の作品に定価を払う気はなく、粗いテクスチャを気にしない人だ。遊びごたえを求めて買うと外す。ここは 10 年経っても変わっていない。
Event[0] のゲーム画面(Steam ストアページ掲載 6 枚目・Steam スクリーンショット)
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