COUNTER-REVIEW · 2026-07-13
Superliminal への反論 — Steam低評価から読み直す
Komugi のレビューでは語られなかったこと
はじめに
Komugi のレビューは Superliminal に 7.5/10 を付けた。チェスのコマほどの立方体をつかみ、天井を見上げて手を離せば巨大な足場になる——遠近法を寸法へ翻訳する『つかんで、見て、置く』というただ一つの動詞を、Komugi は「澄んだ手つきで提示されたアイデア」と評した。3〜4時間という尺についても「一語のアイデアを引き延ばさずに畳んだ潔さ」と、むしろ美徳の側に数えている。Steam の総評も好評側に大きく傾いており、称賛の構図はほぼ固まっている。
私 Mayoi は、その称賛のちょうど反対側を読みに行った。Steam のレビューフィルタを「否定的」に切り替えると、好評の陰に積み上がる不満には、はっきりしたパターンがある。本記事はそれらの低評価レビューに繰り返し現れる主張を私が再構成した『反論集』であり、特定の個人の文言を逐語で引くものではない。Komugi のレビューはこう書いた、けれど Steam の低評価ユーザーはこう言っている——私が最終的にどちらへ傾くのかは、最後にはっきり示す。
低評価レビューの主張
最も数が多いのは、尺と価格の不釣り合いだ。Steam で複数の低評価が指摘するのは「初回クリアが2時間半前後で終わる」「定価はこの体験時間に見合わない」という計算で、なかには「Steam の返金可能枠である2時間のうちに本編がほぼ終わりかけた」という皮肉まである。セールでなければ勧めない、という条件付きの否定が、このゲームの低評価の基調をなしている。
第二の束はパズルの質に向かう。「大半の部屋は数秒で解ける」「たまに手強い部屋が来ると、今度は不透明すぎて、解けた瞬間に感心ではなく苛立ちが残る」という両極端の指摘だ。さらに「後半はパズルそのものが減っていき、W キーを押し続けるだけのウォーキングシミュレーターになる」という構成への不満が重なる。遠近法という掴みは見事だが、その先の開発がない——ギミックが一発芸で終わっている、という趣旨の否定は少なくない。
残る二つは毛色が違う。一つは身体的な問題で、「広い FOV と画面端の歪みで、VR 以上に強い3D酔いが短時間で来た」「20〜30分ごとに休憩しないと続けられなかった」という報告が繰り返される。もう一つは結末への不満だ。終盤に流れる自己啓発めいたスピーチについて、「ゲームプレイがそのメッセージを稼いでいない」「メンタルヘルスの主題が唐突に接ぎ木されている」と、感動の演出そのものを未消化だと断じる声がある。
検証
まず短さを検証する。時間単価は最も客観的に見えて、最も雑な物差しだ。Portal の本編もおよそ3時間で、それを短所に数える批評はほとんどない。ただし低評価側の計算にも一理あって、Portal は低価格帯かつ同梱販売で世に出たのに対し、Superliminal はフルプライス寄りの単品として売られた。つまりこの批判の核は「短い」ではなく「この価格でこの密度か」という密度の問題であり、尺そのものを断罪する形を取った価格戦略への不満だと読み替えるべきだ。
次に難度の谷。強制遠近法は解の空間が連続的で、Baba Is You のような離散的な論理パズルと違い、『詰み』も『証明できた』という手応えも構造的に生まれにくい。物の大きさが無段階に変わる世界では、正解は一点ではなく帯だからだ。開発側はその手応えの欠落を、驚き——チーズの月、非常口の反復、ホテルの廊下が模型になる眩暈——で置き換えた。Portal がテストチャンバーで動詞を鍛え上げていったのと対照的に、Superliminal は動詞を鍛えず、場面を替え続ける。数秒で解ける部屋が多いのは事実だが、それは失敗というより、この設計が最初から難しさを売っていないことの帰結だ。
後半のウォーキングシム化と結末は、同じ根を持つ。夢の階層が深まるにつれ、遊びより演出が前に出て、プレイヤーの動詞は『解く』から『歩いて見る』へすり替わる。The Stanley Parable は語りそのものが遊びだったから歩くだけでも成立したが、Superliminal の語りは遊びの上に載っているだけで、遊びと絡み合ってはいない。そして3D酔いは、Obra Dinn の回でも書いたとおり設計批判ではなく身体的事実であり、程度問題ではなく適性問題として扱うべきだ。レビュー欄の酔い報告の多さは、この作品では例外的な注意書きに値する。
私が同意する点
私は「後半の失速」に同意する。Komugi は3〜4時間の尺を「引き延ばさない潔さ」と呼んだが、正確に言えばあれは前半の潔さだ。遠近法の動詞は中盤で開発を止め、残りの時間は演出と雰囲気で走り切る。3時間半のゲームで最後の1時間が消化試合になるのは、割合にすれば長編 RPG の終盤 10 時間がだれるのと同じ重さで、低評価側の「短いくせに、それでも薄まる」という指摘は、この作品への批判として最も鋭い一撃だと思う。短さを美徳として先に処理してしまったことで、Komugi のレビューはこの核心をかすめて通った。
結末への不満にも同意する。エンディングのスピーチは、パズルがすでに体で伝えたこと——視点を変えれば、動かせないものが動く——を、今度は言葉で二度言う。ゲームが遊びで語り終えたことを台詞で回収するのは、遊びに対する不信の表明だ。Komugi は「尺と物語は発見の鋭さに追いついていない」と一行で流したが、低評価ユーザーが棘を感じているのはまさにそこで、感動を設計の外から接ぎ木したような後味は、この作品の評価をワンランク下げるに足る欠点だと私は考える。
私が反論する点
「短い=価格に見合わない」という断罪には反論する。体験を時間単価で測るなら、映画も美術館も演劇も成立しない。Superliminal の3時間は、水増しされた30時間より記憶に残る密度を前半に持っているし、一晩で完結すること自体がこの作品の設計だ。定価が強気すぎるという指摘は正しい——だからセールを待てばいい。しかしそれは購買のタイミングの問題であって、作品の失敗ではない。「返金枠内に終わる」という皮肉は笑えるが、皮肉が設計の批評の代わりになるわけではない。
「簡単すぎて退屈」にも反論する。この作品は難しさを売っていない。チェスのコマが月になり、模型のホテルに自分が入っていく瞬間の眩暈を売っている。数秒で解ける部屋の連なりは、謎解きとしては軽くても、コントの舞台転換としては正しいテンポだ。解けない不透明な部屋が数個あって苛立ちを生むのは事実で、そこはヒントの出し方に改善の余地があるが、「歯応えがないから駄作」という結論は、寿司屋でステーキが出ないと怒るのに似ている。求める皿が違うだけだ。
まとめ
購買判断を具体的に出す。合わないのは、プレイ時間で価値を測る人、Stephen's Sausage Roll や Baba Is You のような歯応えを求める純パズル勢、そして3D酔いしやすい人——特に最後の層には、レビュー欄の酔い報告の多さを踏まえて、FOV 設定の調整と休憩を前提にするか、返金枠内での試走を勧める。合うのは、Portal の『なるほど』を難度抜きで浴びたい人、驚きそのものを一晩の上映として楽しめる人、そしてセールを待てる人だ。
結局、私は Steam の低評価に半分同意する。Komugi の 7.5 という点数自体は妥当だが、内訳が違う。私が付けるなら前半に 9 を、後半に 6 を付けて、平均ではなく「前半のために買い、後半は演出として流す」という遊び方ごと勧める。買うならセールで、遊ぶなら一気に、期待するのは謎解きではなく眩暈——その約束さえ守れば、この3時間の夢は、低評価が言うほど悪い買い物ではない。
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今日の引き出し #13 — 一軒の家を三周してようやく分かる恐怖『ANATOMY』
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