REVIEW · 2017-08-01
Tacoma
「短い」という一語が、レビュー4,782件で指していたもの
第一印象
Tacoma は 2017年8月に配信が始まった一人称の探索アドベンチャーだ。開発は Fullbright、発行は Fullbright と Serenity Forge。プレイヤーは無人になった軌道ステーションに一人で乗り込み、施設の監視システムが記録した乗員6人の立体映像を、その場で再生し、巻き戻し、周囲を歩き回りながら見る。戦闘はなく、失敗もない。
2026-08-12 時点の集計は、全言語 4,782 件のうち推奨 4,123 件・非推奨 659 件。評価ラベルは「非常に好評」で、英語 2,271 件だけを取れば 89%、ロシア語 214 件は「やや好評」。直近30日は 19 件で 84%。Metacritic のスコアは 76 で、ユーザーと評者の評価はほぼ同じ位置にある。
数字は落ち着いている。にもかかわらず、このレビュー群は読み応えがある。推奨と非推奨の両方に、同じ一語が最頻出するからだ。short。褒める側もそう書き、貶す側もそう書く。同じ形容詞が正反対の結論に接続されるとき、その下には必ず評価軸の分岐が埋まっている。今回はそこを掘る。
区画の分岐点。CRYOGENICS や BIOMEDICAL の発光サインが、上下の向きを揃えずに並んでいる(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
helpful 上位の推奨レビューが、判で押したように挙げるのが AR 記録だ。再生・巻き戻し・早送りができ、場面の中を自分で歩ける。乗員たちは一箇所で話し始めてから別々の方向へ散っていくので、一度では全員を追いきれない。ある推奨レビューは「歩くだけのジャンルにしては、これは本当のゲームプレイだ」と書き、別の一件は「重なり合う会話をあれだけ綺麗に脚本化して演じさせた手間は尋常でない」と評している。
Puzzlebyrinth の語彙に置き換えると、この作品の動詞は「歩く」「見る」「時間を動かす」の三つしかない。特筆すべきは三つ目だ。多くの探索型作品では、観察解像度はプレイヤーが空間のどこに立つかだけで決まる。Tacoma は時間軸にも同じ自由度を与えたので、解像度が二次元になる。観察を遊びにするという発想の、かなり素直な実装だ。
一方、非推奨側が繰り返すのは「何も解いていない」である。「注目に値するパズルも、探索する意味のある通路もない」「意味のある形でプレイヤーを試してこない」。ここで確認しておくと、開発者はストアページに「非戦闘・非パズル志向の作品」と自分で書いている。つまりこの不満は、作り手の宣言と正面から食い違ってはいない。食い違っているのは、同じページのもう一行のほうだ——後で戻る。
調理台のある区画で向かい合う黄と緑の AR 人物。画面下部に再生バーと「Playing」の表示が出ている(Steam スクリーンショット)
物語の手触り
推奨側の記述で厚いのは、人物と生活の細部だ。乗員それぞれに別々の宗教や家族事情や野心があり、体型すら描き分けられている。2088年の社会設定——労働が下請け化し、企業への忠誠が「ロイヤルティ」という通貨として支払われる——を、英雄ではなく普通の勤め人の視点から見せる点を評価する声が複数ある。声の演技と音楽への言及もほぼ全員が入れている。
非推奨側が突くのは筋書きだ。「企業が悪でしたという、本や映画で何度も見た話」「人物に思い入れが育つ前に終わる」。興味深いのは、2025年11月に投稿された推奨レビューが、ほぼ同じ診断に到達していることだ。世界と人物のほうが主筋より面白い、主筋は薄い、それでも AR 部分は前作より格段に面白い——賛否は結論だけが違い、症状の記述は一致している。
設計として読むなら、これは Return of the Obra Dinn のような推理型とは別系統の作品だ。あちらは観察を答え合わせに接続するが、Tacoma は接続しない。会話が同時多発するとき、プレイヤーは「誰を追うか」だけを選ぶ。選択は物語の解像度を変えるが、正誤は生まない。探索型と推理型の違いが、ここでは動詞の設計に直接現れている。
赤いソファ、観葉植物、山の風景を映した壁のディスプレイ。個室の中に紫の AR 人物が浮いている(Steam スクリーンショット)
テンポと尺
「短い」の中身を、レビューが自己申告する時間で並べ直してみる。最短は 1.8 時間、次いで 2.4、2.7、3.9、4.2、4.6、4.8。丁寧に見て回ると 6〜7 時間に伸び、開発者コメンタリー込みで二周する層はそこを超える。ストアページの自己申告は「2〜5時間」で、実測の分布とよく合っている。作り手は長さを偽っていない。
それでも 2017年の非推奨レビューが「短い」を武器にしたのは、その語が単独ではなく価格と組で使われていたからだ。当時の定価は $19.99。ストアのフォーラムには「2時間のゲームに20ドル?」という題のスレッドが立ち、105件のコメントが付いた。そこであるユーザーは、Metacritic に並ぶ 29 本の評から長さに言及したものを数え上げ、15 本と報告している。長さは、この作品を語るときの共通言語になっていた。
そして直近のレビュー群では、その軸が一本抜け落ちている。2026年8月現在、定価 $19.99 に対して 70% 引きの $5.99、過去最安値は $1.99 まで下がっている。直近30日の投稿は「短いが薦める」「テンポは遅いが物語は良い」と、価格に触れないまま短さだけを事実として置く。残った操作面の不満——走れないので移動が遅い——は、いまも同じ形で書かれ続けている。
リング状の通路を漂う青い AR 人物。上部に「Sareh Hasmadi / Medic」の名札が出ている(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-12 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。
・Steam: Tacoma(全言語 4,782 件中 推奨 4,123 件 / 非推奨 659 件、評価ラベル「非常に好評」。英語 2,271 件は 89%、直近30日 19 件は 84%)
・helpful 順(全期間)の上位 10 件(推奨 7 / 非推奨 3)、最新順 4 件、個別レビューページ 2 件(推奨 1 / 非推奨 1)を読了。合計 16 件。
・Steam フォーラム「20$ for 2 hours gameplay?」(105件) の上位 15 件。その中に、Metacritic 掲載の評 29 本のうち 15 本が長さに言及していると数え上げた投稿がある。
結論
先送りにした一行に戻る。ストアの紹介文は「乗員がどう生き、どう働いたかを細部まで探索し、手がかりを見つけて張り詰めた物語へ組み上げる」と書いている。ある非推奨レビューはこの文をそのまま引用し、「手がかりなど見つけない。次の区画へ行き、話を聞き、AR 端末を解読する。それの繰り返しだ」と反論した。ズレているのは「非パズル志向」という自己申告ではなく、店頭コピー側の「見つける」という動詞である。作り手が設計から抜いた動詞が、売り文句には残っていた。
だから射程はかなりはっきりしている。時間を巻き戻して他人の生活を何度も見る作業そのものを面白がれる人には効く。Gone Home の家探しを退屈だと感じた人には、AR の同時多発性が確実に効き目を足す。逆に、観察した結果を自分の推論として提出したい人には向かない。それは Her Story の仕事だ。賛否は好みの問題ではなく、この線のどちら側にいるかの問題だった。
Steam の overall は 86% だが、私は 7.6 点を付ける。時間を動詞にして観察解像度を二次元に開いた設計は、いま見ても真似が少なく、2017年の作品としては十分に先を行っている。減点は非推奨側の一点に同意する——複数の会話を同時に走らせる装置を作りながら、それを使って何かを判断させる場面を最後まで作らなかった。装置は素晴らしく、負荷が軽すぎる。
ビリヤード台と吊り照明のある共用ラウンジ。シアン色の菱形のホログラムと、右手に青い AR 人物(Steam スクリーンショット)
このゲーム、あなたは?
押すと「あなたの棚」に入ります(アカウントのページで見られます)。
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
次に読む
関連レビュー
Gone Home
1995年6月の雨の夜、一年の外国滞在から帰った姉が、無人の家の扉と引き出しをすべて開け、家族が残した手紙・カセット・雑誌から一年分の出来事を読み取っていく一人称の探索ゲーム。戦闘もパズルも失敗もなく、動詞は開ける・持ち上げる・読むだけ。BioShock の開発陣が立ち上げた Fullbright の第一作。
The Magic Circle
二十年たっても完成しないファンタジーゲームの内部に閉じ込められた主人公が、敵や物から「振る舞い」を奪って別の対象に貼り付け、作りかけの世界を書き換えながら外を目指す一人称のメタパズル。解法は一つに決まっていない。Thief や BioShock の制作に関わったとされる作り手たちが 2015 年に出した、ゲーム制作そのものを題材にした一作。
RiME
嵐のあと、少年が見知らぬ島で目を覚ます。走り、登り、泳ぎ、声で石の仕掛けに呼びかけながら、赤い狐に導かれて塔の頂を目指す。戦闘も HUD も台詞もない、五章構成のパズル・アドベンチャー。Tequila Works が 2017 年に発表した。



