REVIEW · 2015-03-26
Please, Don't Touch Anything
「押すな」と言われた赤いボタンと、25の結末
第一印象
Steam のレビューは 5,591 件あり、そのうち 4,959 件が肯定だ。88.7% で「非常に好評」(2026-09-07 時点)。発売から 11 年たった 5 ドルのゲームとしては、ずいぶん手厚い数字である。
ところが helpful 順に読み進めると、賛否のどちらも同じ一枚の絵を見ていることがわかる。画面から動かない一台のコンソール。押すなと言われた赤いボタン。キーボードの横に置かれたメモ用紙。肯定側の上位は、この密室を「あの ARG 型のブラウザゲームの精神をそのまま捉えている」と書く。否定側で最も票を集めた一本は「一画面のフラッシュゲームにしては高い」と書く。
同じものを見て、片方は手がかりの森と呼び、片方は一画面と呼ぶ。私が読んだ限り、この二つは事実の認識でほとんど争っていない。争っているのは、その事実にいくら払う価値があるかだ。
Please, Don't Touch Anything(Steam ストア キーアート)
メカニクスの言語化
遊び手に与えられている動詞を数えると、ほとんど三つしかない。見る。押す。打ち込む。レバーを引いて最初に戻す動作を足しても四つだ。肯定側の上位レビューが「パネルがあって、ボタンがあって、あとは見落としている手がかりが山ほどある」と要約するとき、それは動詞の少なさをそのまま賛辞にしている。
Puzzlebyrinth の言葉でいえば、これは徹底した動詞の減算である。押す先のボタンは進むほど増えるが、遊び手の側の操作語彙は最後まで増えない。増えるのは盤面の情報量だけだ。だから難しさの全量が観察解像度に寄る。レビュー群が挙げる手がかりの実例は、ポスターの数字、配線の並び、背景の音符と、どれも操作ではなく気づきの側にある。
ただし減算には代償がある。動詞が三つしかない盤面で結末を 25 通り作ろうとすれば、差分をどこかで作らなければならない。この作品はそれを入力の長さで作った。否定側が繰り返し名指しするのは、同じボタンを 276 回、別の結末では 666 回押させる設計だ。これは組み合わせの深さではなく、作業の長さである。動詞を削った分の負荷が、指に移っている。
Please, Don't Touch Anything のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の1枚目(Steam スクリーンショット)
系譜と位置づけ
レビュー群がこの作品を説明するとき、必ず別の何かを持ち出す。Papers, Please のドット絵、The Stanley Parable の皮肉、そして The Room の仕掛け箱。肯定側で最も筋が通っていた一本は、もっと古い系譜を指した。ページの中を洗って次の URL を当てる、あの ARG 型のブラウザゲームである。
この指摘は批評として鋭い。ARG は本来、共同作業の形式だった。見つけた断片を持ち寄る前提で難しさが設計されている。ところがこの作品は一人用で、盤面を共有する仕組みを持たない。同じレビュアーはそこまで書いている。だから外部の攻略情報が、後ろめたさではなく構造として必要になる。実際、上位の肯定レビューの一本は友人4人を家に呼び、5時間で解き切ったと報告していた。設計が用意しなかった器を、遊び手が自分で持ち込んだ例だ。
専門メディアの評価は、むしろ否定側と重なる。Metacritic の PC 版集計は 75。PC Gamer は 70 点で、楽しい小さな仕掛け箱としながら Papers, Please に比べて意味の層が薄いと書いた。Gamezebo は5点満点の3で、パズルを obtuse(わかりにくい)と評している。ユーザーの 88.7% と批評家の 75 のあいだにある差は、11 年たっても埋まっていない。
Please, Don't Touch Anything のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の2枚目(Steam スクリーンショット)
ゲームデザインの工夫
否定側でいちばん設計に踏み込んでいたレビューは、不満をこう言語化していた。ゲームが誘う遊び方と、設計が要求する遊び方が別物なのだ、と。見た目と手触りは、ボタンを片端から押して挙動を確かめる玩具のそれである。ところが実際に求められているのは、先に解いてから一度だけ押すことだ。玩具の顔をしたパズルだ、というわけだ。
同じレビュアーは具体例も挙げている。ひとつの手がかりが、二つある入力パッドのどちらにも当てはまる形をしていた。片方しか見つけていない状態では、打ち込んでも何も起きない理由がわからない。遊び手は「解釈を間違えた」と考える。実際には「置き場所を間違えた」だけだった。
これは減算の副作用だと私は読む。動詞を三つに削ると、失敗の種類も三つに潰れる。押す場所が違う、打ち込む値が違う、まだ見ていない。この三つを盤面が区別して返してくれないので、遊び手は自分の誤りの所在を切り分けられない。ヒント機能を置かないという選択そのものは潔い。ただし潔さが成立するのは、盤面が誤りの種類を返せるときだけだ。
Please, Don't Touch Anything のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の3枚目(Steam スクリーンショット)
難しさの手触り
「難しすぎる」と「ちょうどいい」が同時に高い票を集めている作品では、難しさを一種類として扱うと話が噛み合わない。レビュー群が詰まった場所を集めると、この作品の難しさは三つに分かれる。
一つめは観察の難しさだ。ポスターの数字を横から読む、綴りがひとつだけ違う単語に気づく、背景の音符が答えの根拠になっている。肯定側が「細部に注意を払え」と助言するのはこの層で、ここは実際に面白い。二つめは知識の難しさで、フィボナッチ数列や、ロシア文学の登場人物名、映画やアニメからの引用が答えの土台になる。面白さが遊び手の手持ちの知識に左右される層だ。三つめは作業の難しさである。ある結末に届くために、パソコンの時計を真夜中に合わせ直す必要があったと書くレビューまであった。
三つのうち、パズルの難しさと呼べるのは一つめだけだ。二つめは調べる速さを測っており、三つめは根気を測っている。集計が高いまま賛否が割れるのは、この三層を遊び手ごとに違う比率で踏むからだと私は見る。最初の4〜5個の結末は誰でも取れるという証言は、肯定側にも否定側にも共通していた。割れるのは、その先で誰がどの層に落ちるかだ。
Please, Don't Touch Anything のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の4枚目(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-09-07 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: Please, Don't Touch Anything(非常に好評 / Very Positive、5,591 件中 4,959 件が肯定 = 88.7%。直近30日は 37 件で「非常に好評」)
・helpful 順の肯定レビュー上位 15 件、helpful 順の否定レビュー上位 10 件、recent 上位 8 件を読了(計 33 件)。Steam のレビュー API とストアのレビュー一覧の両方を参照した。
・Pocket Gamer のレビュー(Alysia Judge、2015-10-22)。Metacritic の PC 版集計 75、PC Gamer 70 点、Gamezebo 3/5 の各評点は Wikipedia の受容節で確認した。
・このセッションの実行環境からは Steam の画像配信サーバへ直接つなげず、掲載画像を開いて中身を確かめられなかった。そのためキャプションと alt は、写っているものを断定しない汎用の表記に留めている。画像の URL はすべて Steam の appdetails API から複写し、1本ずつ実在を確認した。
結論
Steam の集計は 88.7% 肯定だ。私が付ける点は 6.8 で、集計よりかなり辛い。理由は好き嫌いではなく、測っている軸が違うからである。5 ドルの数時間に対する満足という軸なら、この作品は正しく機能している。レビューで言及されるクリア時間はおおむね 2〜4 時間で、短すぎるという不満と肯定側の満足は、同じ長さの上に並んで立っている。
私が引くのは、盤面が遊び手の誤りに答えないという一点だ。観察で解く作品は、遊び手が「見落としたのか、読み違えたのか、置き場所を間違えたのか」を自力で切り分けられる必要がある。Antichamber のように、間違いがその場で別の景色になって返ってくる作品と比べると、この赤いボタンは黙りすぎている。否定側が挙げる不満のほとんどは、難しさそのものではなく、この沈黙に向いていた。
向く人は明確だ。細部を疑うのが楽しく、答えを持ち寄る相手がいて、行き詰まったら調べることを敗北と考えない人。向かない人も同じくらい明確で、盤面の中だけで完結する納得を求める人には、11 年たっても薄い。それでもレビューが 88.7% で落ち着いているのは、この作品が自分の射程を最初から狭く宣言していたからだと思う。押すなと言われた赤いボタンは、その宣言としてよくできている。
Please, Don't Touch Anything のプレイ画面。Steam ストアページ掲載の5枚目(Steam スクリーンショット)
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