REVIEW · 2014-09-30
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments
「答え合わせ」を推理の外へ出した作品——賛否のレビュー群を読む
第一印象
ヴィクトリア朝のロンドンでホームズを歩かせ、現場から手がかりを拾い、それを頭のなかの盤——ゲーム内では「推理空間」と呼ばれる——で線として結び、結論を組み立てる。2014年、キーウの Frogwares——このサイトでは Magrunner: Dark Pulse の作り手として一度触れている——が長年続けてきたホームズ物の一作として発売された。エンジンは Unreal Engine 3、発売当初の販売は Focus Home Interactive で、2019年以降は Frogwares 自身が権利を持つとされる。
私はこの記事を、Steam に積み上がったレビュー群を読んで書いている。ラベルは「非常に好評」。英語レビュー 2,368 件のうち 89% が好評、直近30日も 51 件中 92% と落ちていない(2026-08-18 snapshot)。ところが Metacritic のユーザースコアは 336 件で 7.2、区分は「賛否両論」だ。批評家側も 36 本で 73 点、うち 16 本が「賛否両論」に分類されている。同じ作品の評価が、集計の置き場所を変えるだけでこれだけ動く。
好評側が繰り返す語は atmospheric(雰囲気がある)、faithful(原作に忠実)、polished(丁寧に作られている)、underrated(過小評価されている)、そして「セールで買え」。不評側が繰り返すのは arbitrary(恣意的)、guesswork(あてずっぽう)、contrived(作為的)、hand-holding(手取り足取り)、cut and dry(型どおり)だ。
並べてみると、争点はほとんど一つに収束している。この作品が推理の「正解」をどう扱っているか、である。褒める人も貶す人も、事件の出来や雰囲気を語っているようでいて、最後には必ずそこへ戻ってくる。同じ一点を別の方向から見ているだけなのだ。だから今回は、賛否を対立として並べるのではなく、その一点を設計の言葉に置き換えていく。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
動詞は三つしかない。拾う、結ぶ、決める。現場を歩いて対象を拡大観察し(見落としを拾うための「シャーロック・ヴィジョン」という補助がある)、得た手がかりを推理空間に並べ、二つ以上を線で結んで一つの節を作り、最後にどの節を採るかを決める。倉庫番の押す・引く・戻すに相当する、この作品の基本文法だ。
helpful 上位の positive レビューでとりわけ評価が高いのが、二番目の動詞をプレイヤーの手に残したことだ。ある推薦文は「この作品は過程を一切隠さない。手がかりがゆっくり溜まり、推理によって結論へ結ばれていく」と書く。Puzzlebyrinth の語彙で言えば、これは推理という内的作業を UI へ外部化した設計である。多くの推理アドベンチャーが「正しい選択肢を選ぶ」に圧縮してしまう工程を、この作品は盤の上に展開してみせた。
ただし三番目の動詞が曲者だ。事件ごとに三〜五通りの結論が用意され、告発するか放免するかの判断まで含めると一件あたり六〜十通りの結末に分岐すると発表されている。組み合わせは確かに広い。だが広さは、そのまま「どれを選んでも話が進む」という意味でもある。negative 側が「結ぶ」の自由を見せかけだと言うのは、盤の操作そのものではなく、この三番目の動詞に判定が結びついていないことを指している。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam スクリーンショット)
ゲームデザインの工夫
構造は六つの独立した事件からなる短編集だ。positive 側が一致して評価するのはこの切り方で、「一件が二〜三時間で閉じる」「好きな事件だけ後から選び直せる」という書き方が繰り返し出てくる。全体を貫く物語がない代わりに、一件ごとに手がかりの母集団が入れ替わる。学習曲線を積み上げない代わりに、毎回同じ高さから始められる構造である。
もう一段の工夫が、真相を当てたあとに置かれた道徳のレイヤーだ。名指しした相手を法に引き渡すか、事情を汲んで見逃すかを選ばせる。ここを高く買うレビューは「善と法のあいだを扱っている」と書く。一方、専門メディアの EGM は同じ仕組みを「掘り下げ不足」と評した(80点)。両者は矛盾していない。選ばせる仕組みはあるが、選択の重みを測る物差しが作品側に用意されていない、ということだ。
そして事件を閉じたあと、ゲームは「実際にはこうだった」を提示する。この一手が賛否の分水嶺になっている。用意された答えの存在を知って安心する人と、では自分の推理はいったい何だったのかと取り残される人に、レビュー群はきれいに割れる。減算の観点で言えば、この作品は判定を減算したのではなく、判定を推理の外——事後の答え合わせ——へ追い出したのだと私は読んでいる。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam ストア掲載画像)
難しさの手触り
ユーザーレビューで最も多い不満は「簡単すぎる」だ。Metacritic のユーザー評では、ジャンルに慣れた人には物足りない、常時表示のスキップボタンがミニゲームの緊張を溶かす、指示が「そこへ行ってあれをクリックしろ」に見える、といった声が並ぶ。批評家側でも IGN Italia が「歴戦のプレイヤーにはパズルの手応えが足りない」と書いた。
ところが同じ盤面を「理不尽だ」と書く人もいる。矛盾しているように見えて、していない。レビュー群を読み分けると、この作品の難しさは三つの層に割れているからだ。第一に観察の難しさ——現場で何を見落としたか。第二に接続の難しさ——どの手がかりとどの手がかりを結ぶか。第三に確信の難しさ——結び終えたあと、それが正しいと自分で確かめる手段があるか。
レビュー群の一致した診断はこうだ。第一層と第二層は易しく、第三層だけが突出して難しい。「合理的な疑いを超えて」有罪だと言い切れない、提示された情報と正解が真っ向から食い違う場面がある、決定的に見えた証拠に裏切られた——不評側の主張はほぼすべて第三層に集まっている。パズルとしての難しさは下げられ、判断としての難しさだけが残された。観察解像度を上げても届かない難しさなので、上手くなっても手応えが変わらない。ここが「易しいのに苛立つ」という奇妙な手触りの正体である。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam スクリーンショット)
系譜と位置づけ
2014年という年を思い出したい。推理を UI として盤に載せた作品は、当時ほとんどなかった。手がかりを結ぶ盤を前面に置いたこの作品は、そこでは十分に新しかったはずだ。レビュー群のなかでも古参のプレイヤーほど、シリーズの過去作と比べて「ようやく推理させてくれるようになった」と書いている。
その後を思うと位置づけははっきりする。Return of the Obra Dinn は三人分の正解が揃った瞬間だけ確定を返す仕組みで、プレイヤーの確信に外部の裏取りを与えた。The Case of the Golden Idol は語の穴埋めという形式で推理そのものを機械判定にかけた。どちらも、この作品が事後へ追い出したものを推理のなかへ戻している。
だから優劣の話にはならない。判定を持つ推理ゲームは「自分は正しい」を検証できるかわりに、正解が一つしかない世界になる。判定を持たないこの作品は、複数の読みが並び立つ世界を維持できるかわりに、確信を自前で用意しなければならない。前者を求めて買った人が不評を書き、後者で構わない人が好評を書く。射程の違いであって、優劣ではない。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam ストア掲載画像)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-18 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(非常に好評 / Very Positive。英語 2,368 件中 89% が好評、直近30日は 51 件中 92%。全言語ではおよそ 7,900 件が積み上がっており、SteamDB の集計では約 86.8%)
・helpful 順の positive 上位 10 件、helpful 順の negative 上位 10 件、ドイツ語圏の helpful 上位 10 件、recent 上位を WebFetch で読了
・Metacritic ユーザースコア 7.2(336件。好評192 / 賛否両論101 / 不評43)、批評家スコア 73(36本。好評20 / 賛否両論16 / 不評0。Polygon 80、EGM 80、Game Informer 80 ほか)
・Wikipedia: Sherlock Holmes: Crimes & Punishments(エンジン・販売権の変遷・事件数と分岐数、および IGN の指摘の出典として)
結論
Steam の英語圏 89% に対し、私は 7.3 点を付ける。差は作品の出来ではなく、測っている対象の違いから来る。Steam のレビューは「六つの事件を歩いて楽しかったか」を測っており、その問いに対する答えなら 89% は妥当だ。私が測っているのは推理という行為の設計であり、そこには盤を作りながら盤の出口を作らなかった、という穴が残る。
レビューで言及されたクリア時間の中央値はおよそ16時間、一件あたり二〜三時間というのが最頻の申告だ。読み物として腰を据えるにはちょうどよく、盤の前で何日も唸る種類の作品ではない。ミニゲームには常時スキップが付いていて、詰まりたくない人が詰まらずに済む設計になっている。難しさを求めて買うと、たぶん外れる。
向く人ははっきりしている。自分の推理が採用されて世界がそのぶん動く、という体験を求める人だ。逆に、自分が正しかったことを機械に保証してほしい人には向かない。その保証がほしいなら Scene Investigators のように答えを打ち込ませる作品のほうが誠実に応えてくれる。この作品が差し出しているのは正解ではなく、正解を名乗る責任のほうだ。それが十分な報酬だと思えるなら、セール時に買う価値は今でもある。
Sherlock Holmes: Crimes and Punishments(Steam ストア掲載画像)
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