REVIEW · 2014-09-25
The Vanishing of Ethan Carter
「手を引かない」と宣言した探偵ゲームの賛否を読む
第一印象
私はこの記事を、ポーランドの The Astronauts が2014年に出した The Vanishing of Ethan Carter の Steam ユーザーレビュー群を読んで書いている。評価ラベルは「非常に好評」。全言語・全購入形態にフィルタを開くと 8,961 件のうち 7,912 件が推奨、Steam 購入者に絞ると 6,850 件、英語レビューだけなら 4,139 件の 86% が positive だ(いずれも 2026-07-30 時点)。Metacritic は 82 点。十年以上前の小品としては、ずいぶん静かに安定した数字である。
helpful 上位の positive レビューを並べると、語彙がほとんど重なる。beautiful、photorealistic、no HUD、short and sweet、そして「散歩の写真を撮るみたいにスクリーンショットを撮り続けた」。褒める順番まで似ていて、まず風景、次に音楽、最後に物語が来る。ゲームプレイの記述が三番目より後ろにしか出てこないことが、この作品のレビューの形をよく表している。
不満側の語彙も安定している。short、no replay value、walking simulator、そして「パズルは数が少なく、ほとんどが簡単すぎる」。ハブのディスカッションには「過大評価」と題した投稿があり、映像以外に差し出すものが少ないと書かれていた。賛否は出来の良し悪しではなく、この作品を何と呼ぶかで割れている。
The Vanishing of Ethan Carter のストアヘッダー画像(Steam ストア キーアート)
世界観
positive 側でいちばん多く繰り返される主張は、風景が本物に見える、である。この作品は写真から3Dモデルを起こすフォトグラメトリを前面に使っており、その制作記事は開発元のサイトで公開されている。レビュアーはそれを技術としてではなく体験として書く——アルプスの近くで育った人が岩と下草の見え方を自分の記憶と重ね、別の人は森の静けさが怖くなって主人公に何か喋ってほしくなったと書く。
Puzzlebyrinth の語彙で言えば、これは観察解像度への投資だ。人が世界を見る細かさは、世界が持っている細かさに引きずられる。苔の一枚まで写実的な森に置かれると、落ちている工具や踏み分け道が「意味があるかもしれないもの」に見えてくる。探偵役を名乗るより先に、視線のほうが探偵になっている。
ただし同じ投資が、negative 側の不満の出どころでもある。すべてが意味ありげに見える森では、意味のあるものとないものの区別がつかない。日本語レビューには「マップがないのに広く、手掛かりが見つからずウロウロする」という指摘が何度も出てくる。観察解像度を上げる設計は、同時に探索空間を膨らませる。この作品の賛否は、しばしば同じ一点の裏表だ。
The Vanishing of Ethan Carter のストア掲載画面(Steam スクリーンショット)
物語の手触り
事件現場では、散らばった物を拾って本来の位置に戻し、続いて出来事の断片を起きた順に並べ直す。うまくいくと、そこで何があったかの短い場面が再生される。動詞はほぼこれだけだ——見る、戻す、並べ替える。Return of the Obra Dinn が「死の瞬間に立ち会って空欄を埋める」ことを唯一の動詞に絞ったのと、方向はよく似ている。
positive レビューはこの構造を、順序ではなく収束として褒める。どこから手を付けてもいいのに最後にはひとつに集まる、漂っていた断片に意味が浮かび上がる構成が見事だった——日本語レビューでは、結末の余韻に触れたものが目立って多い。
negative 側が突くのは、その収束の中身だ。結末は途中で読めた、物語は meh だった、と書かれる。専門メディアの TechRaptor も、謎で引っ張ると宣言しながら本筋は謎として機能していないと評した。注意したいのは、両者が別の層を採点していることである。positive は物語が「集まる」という形を、negative は物語が「何であったか」という中身を見ている。同じ作品の、別々の階を歩いている。
The Vanishing of Ethan Carter のライブラリヒーロー画像(Steam ストア キーアート)
ゲームデザインの工夫
この作品は開幕に一文だけ置く——本作はプレイヤーの手を引かない、と。実際、地図もHUDも目的地マーカーもなく、失敗もない。減算の設計としては相当に思い切っている。positive レビューが immersion と書くのは、この引き算が効いている場面のことだ。
問題は、減算が学習曲線まで削り落としていることにある。日本語レビューには「導入部にゲートを設けて主人公の能力を理解させるような誘導がない」「謎解きのルールを理解したのはかなり進んでからだった」という指摘がある。重要な場面では同じ単語が空中に散らばり、視点を動かして重ねると手掛かりの方向が分かる——この読み方に最後まで気づかなかったと書くレビュアーが複数いる。文法は存在するのに、文法を教える場所がない。
TechRaptor は、手を引かないという宣言はやや不誠実で、実際には場所によって手を引き、場所によって完全に放り出すと書いた。私はこれを不誠実さではなく、案内の設計が一貫していないことの指摘として読む。減算は、どこを削らないかの決定と対になってはじめて機能する。The Painscreek Killings がメモ帳という一点だけを残したのと比べると、この作品はその一点を選ばなかった。
The Vanishing of Ethan Carter のメインカプセル画像(Steam ストア キーアート)
参照したレビュー群
本記事は 2026-07-30 時点での Steam のユーザーレビュー群とハブの投稿を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: The Vanishing of Ethan Carter(非常に好評 / Very Positive。全言語・全購入形態で 8,961 件中 7,912 件が推奨、Steam 購入者 6,850 件、英語 4,139 件で 86% が positive)
・helpful 順(全期間)の英語レビュー上位 10 件、日本語レビュー上位 10 件、recent 表示の 1 件を WebFetch で読了(計 21 件)。加えてハブのディスカッション「This game is OVERRATED」の投稿と返信 9 件。
・(専門メディア・データ)TechRaptor のレビュー、および SteamDB の公開メタデータ(Metacritic 82、リリース 2014-09-25、開発・発売 The Astronauts)
・注記: 今回は実行環境の制約で画像ファイルを取得して目視確認することができなかったため、図版は種別の確かな Steam 公式アセットに限り、説明は一般的な表記にとどめている。
結論
Steam の総評は「非常に好評」で、全購入形態を含めれば約 88% が推奨だ。私の設計批評としての採点は 7.8 で、集計よりやや低い。加点は、写実の密度を雰囲気づくりではなく観察解像度の装置として使い切ったこと。減点は、その解像度に見合う案内——手掛かりの粒度と、能力の教え方——を用意しなかったことにある。世界が精密なほど、案内の粗さは目立つ。
レビューで言及されたクリア時間はおおむね 4〜6 時間に集まり、寄り道の量で 3 時間台から 9 時間台まで散る。短さは negative 側の主要な不満だが、positive 側は同じ長さを「良い店では量ではなく質に払う」と書く。値下がりした現在、この対立は発売当時ほど鋭くない。
射程は明確だ。Return of the Obra Dinn や The Case of the Golden Idol のように観察それ自体が遊びになる作品を好み、迷う時間を損だと思わない人には向く。逆に、解く手応えや、手掛かりの管理が仕組みとして整っていることを求める人は、negative 側が繰り返す不満をそのまま踏むことになる。この作品の難しさは知恵の側ではなく、気づきの側にある。
The Vanishing of Ethan Carter のライブラリカプセル画像(Steam ストア キーアート)
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