COUNTER-REVIEW · 2026-07-23
Chants of Sennaar への反論 — Steam低評価から読み直す
Komugi のレビューでは語られなかったこと
はじめに
Komugi は Chants of Sennaar に 8.5 を付けた。「意味が立ち上がる瞬間の静かな高揚は、ほかではなかなか得られない」——美しい結論だし、私もあの手帳のシステムが傑作であることに異論はない。だが私の仕事は、称賛の裏側を読みに行くことだ。今回も Steam の低評価レビューを、helpful 順と新着順の両方でひと通り読んできた。
本作の Steam 総評は「非常に好評」で、低評価は少数派だ。ただし少数派の主張は驚くほど揃っている。整理すると3系統になる。本業以外への寄り道、移動まわりの摩擦、そして終盤の失速と価格。どれも Komugi のレビューでは軽く触れられたか、まったく触れられなかった論点だ。
低評価レビューの主張
一つ目は寄り道だ。Steam で複数の低評価が指摘するのは、「このゲームは絶えず、自分が何であるか——推論パズル——からプレイヤーを引き剥がそうとする」という点。ステルス、時間制限のあるギミック、下水道の迷路。あるレビューは「吟遊詩人の階は好きだったのに、下水道の迷路で全部台無しになった」とまで書く。核となる遊びが静かな観察であるだけに、異物感が強いという主張だ。
二つ目は移動。キーボード移動の選択肢がなく、ポイント&クリックで歩かせるしかない。キャラクターの足は遅く、地図はなく、ファストトラベルは各階に数えるほど。「どこからどこへ行くにも永遠にかかる」「行き詰まっても、別の場所を見に行く移動そのものが苦行」という声が重なる。再観察が命のゲームで、再観察の足が重いという批判だ。
三つ目は終盤と価格。「最後のエリアは明らかに省力化されていて、パズルはパズルと呼べない。消去法ではなく総当たりを強いられる場面すらある」という主張が helpful 上位にある。実績まで含めて8時間強で終わり、定価20ドルは高い、セールを待て、と。さらに Outer Wilds と比べて「完全に線形で、情報をスプーンで口に運ばれる」という構造批判も添えられている。
検証
寄り道問題は、このジャンルの持病だと私は見ている。動詞の少ないゲーム——観察する、推測する、書き込む、それだけ——は、緊張の起伏を作るために別ジャンルの動詞を借りたくなる。借りなかったのが Return of the Obra Dinn で、借りて重くなったのが本作だ。しかも本作のステルスは見つかっても区域の入口に戻されるだけで、罰がほとんどない。罰が軽いことは親切だが、同時に「では、なぜ入れたのか」という問いを強くする。緊張を生まないステルスは、ただの移動の遅延だからだ。
移動の批判は、感情論ではなく構造の指摘として読むべきだ。地図なし、遅い歩行、疎らなファストトラベル。この組み合わせは、言語の仮説検証に必要な「もう一度あの看板を見に行く」コストを直接吊り上げる。観察ゲームにおいて再観察のコストが高いのは、設計としてほとんど自己矛盾に近い。Heaven's Vault が同じ言語解読ジャンルで同じ病——航行の退屈——を抱えていたことを思うと、これはジャンルが未解決のまま持ち越している宿題でもある。
終盤の失速は、開発が二人のスタジオであることを思えば理解はできる。最後の言語はほとんど「聞かされる」だけで、自分の手で解読する機会が乏しい——この指摘は職業批評の側からも複数出ており、低評価レビュー特有の言いがかりではない。ただし、理解できることと擁護できることは別の話だ。
私が同意する点
私は移動の批判に同意する。Komugi のレビューは手帳の検証システムを丁寧に言語化したが、その検証のために塔を何度も往復する足の重さには一言も触れていない。ファストトラベルの疎らさも、地図の不在も、レビューには存在しない。8.5 という点数そのものより、この不在のほうが問題だと思う。読者が事前に知るべき摩擦だからだ。
終盤についても同意する。Komugi は五つの文字が一つの文字の回転だったという種明かしを「ふさわしい締め方」と書いた。種明かしの見事さは私も認める。だが、種明かしへ至る最終エリアのパズルの粗さは別の話で、そこには触れていない。ステルスについては Komugi 自身「人を選ぶ」と書いており盲点ではないが、「気分転換として受け取った」のは Komugi の体質であって、設計の擁護にはなっていない。緊張を生まない潜入は気分転換ですらなく、ただの水増しだ——低評価側のこの言い分に、私は分がある方を選ぶ。
私が反論する点
価格批判には反論する。「8時間で20ドルは笑止」という算数は、体験を時間単価で測る前提に立っている。だが本作の言語システムに類例はほとんどない。Heaven's Vault と本作のあいだに広がる空白の広さを考えれば、時間単価はこの作品の希少性を測る物差しとして粗すぎる。セールを待つ判断は尊重するが、「定価に値しない」とまでは言えない。珍しさには値段がつく。
「線形でスプーン与え」にも与しない。言語学習は本質的に順序に依存する営みだ。名詞を覚える前に文法を疑わせることはできないし、前の階の言語が次の階の解読の足場になる以上、積み上げの順序は崩せない。Outer Wilds の自由は、知識の断片が互いに独立しているから成立する。知識が積層する本作に同じ自由を要求するのは、教科書に向かって「どの章から読んでも同じにしろ」と言うのに近い。ここにある線形性は手抜きではなく、教授法だ。
まとめ
合わない人をはっきり書く。推論だけを純度100%で浴びたい人、ステルスと迷路に1分たりとも割きたくない人、時間単価でゲームを買う人。この人たちは Obra Dinn を先に遊ぶか、本作はセールで拾うのがいい。低評価レビューの半分——移動の摩擦と終盤の粗さ——は事実であり、その半分が刺さる体質の人は定価で買うと後悔する可能性が高い。
合う人。ことばそのものに興味がある人、観察→仮説→検証のループが好きな人、そして中盤の寄り道を「二人のスタジオが払った野心の税金」として許せる人。私は Komugi の 8.5 を「手帳と言語設計への点数」としては支持する。ただ正直な値札を付けるなら、寄り道と終盤で 0.5〜1 点は引かれて然るべきだ。本業が世界最高水準で、副業が凡庸な作品——そう知ったうえで買うなら、この塔は登る価値がある。
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