DESIGNER-STUDY · 2026-09-14
青沼英二の哲学 — 答えを一つにしない、という決め方
ゼルダの伝説 オカリナ〜ティアーズ オブ ザ キングダム / ダンジョンと「詰まり」の設計
青沼英二の設計思想を一言でいうと?
「答えを一つにしない」。これが今の青沼英二(あおぬま・えいじ)の設計思想である。彼は任天堂で『ゼルダの伝説』シリーズを四半世紀以上率いてきた人物だ。2023年、彼はこう語っている。「一つの問題にたくさんの選択肢があって、答えがいくつもあって、そのどれもが正解になりうる。そういうやり方にたどり着けたことが、私はうれしい」(Game Informer 2023年5月 原典 ↗)。
面白いのは、彼がずっとそう考えていたわけではないことだ。2015年の彼は『ムジュラの仮面』の移植にあたって、スタッフにこう言い続けていた。「このゲームを絶対に簡単にするな、と私は何度もスタッフに言った」(社長が訊く『ムジュラの仮面 3D』 原典 ↗)。
同じ人物が、10年のあいだに「絶対に簡単にするな」から「どれも正解でいい」へ動いている。この記事では、その移動を本人の発言だけで追いかける。作品の紹介ではなく、人物の考え方の変化の話である。
『ティアーズ オブ ザ キングダム』公式トレーラー #3 より(YouTube / Nintendo of America)
青沼英二とは、何をしてきた人か?
日本では名前の知られた人だが、念のため書いておく。青沼英二は任天堂のプロデューサーで、『ゼルダの伝説』シリーズの総責任者である。『時のオカリナ』(1998)にダンジョン設計者として参加し、以後ほぼ全作に関わってきた。
本人によれば、『時のオカリナ』への参加はかなり強引だった。「宮本さんにしつこく頼んだら、『ゼルダの伝説 時のオカリナは人手が足りないから、ちょっと入ってこい』と言われた」。そして「今日ここにいる中では、私がいちばん最後にプロジェクトに入った」(社長が訊く『時のオカリナ 3D』 原典 ↗)。
そこでの担当が、のちの彼を決めている。「私は序盤から中盤のダンジョンを合計6つ、敵キャラクターの大半、そして敵とボス戦を設計した」(同)。つまり彼は、物語からでもキャラクターからでもなく、ダンジョン——パズルの部屋の連なり——からゼルダに入った人である。
彼が横断して言い続けていることは何か?
複数のインタビューを並べると、一本の線が見える。「プレイヤーがやり直す気をなくさないようにする」ことだ。2013年の『神々のトライフォース2』について、彼はこう言っている。「今回のもう一つのテーマは、プレイヤーがもう一度やってみようという気持ちを失わないようにすることだった」(社長が訊く『神々のトライフォース2』 原典 ↗)。
同じ取材で、開発の四方(しかた)は問題をこう言葉にしている。「かなりの人が、遊んでいる途中のどこかで詰まって、そこから先へ進めなくなる。それは大きな問題だと感じる」(同)。青沼の答えは、難易度を下げることではなかった。ダンジョンに入る順番を自由にして、道具をレンタルで貸し出す仕組みだった。「各ダンジョンに合った道具を借りて、好きな順番でクリアできる」(同)。
ここが重要だと私は読む。彼は「難しさ」を下げるのではなく、「行き止まり」を減らそうとしている。詰まったときに、別のドアが開いている状態を作る。この発想が、10年後の「答えがいくつもあっていい」に直結していく。
『神々のトライフォース2』ローンチトレーラーより(YouTube / Nintendo of America)
もう一つ、彼が繰り返すのは「ゼルダらしさ」である。2006年の『トワイライトプリンセス』の取材では、「何がゼルダの本質なのか、という問いがいちばん重要になる。それが本当に唯一の、絶対的な基準だ」と語った(社長が訊く『トワイライトプリンセス』Part 3 原典 ↗)。2023年にも、ほぼ同じことを言っている。「ゼルダらしさ、ゼルダの手ざわりがちゃんとゲームに入っていること。それが本当に大事な点だと思う」(Game Informer 2023)。
彼が何度も戻ってくるこだわりは何か?
一つは「ずるをさせる」ことだ。2023年、彼はこう言っている。「人のことを考えると——ずるって楽しいんですよ。みんな好きなんです。近道を見つけるのが楽しい」(Game Informer 2023)。
これは軽口ではない。作り手が想定した順路の外を歩かせる、という設計方針の言い換えである。レンタル制も、能力を組み合わせて解かせる作り方も、同じ方向を向いている。
もう一つは「驚かせたい」という動機だ。彼は自分のダンジョンが形になっていく過程をこう回想している。「最初に四角と三角だけで設計した、ほとんど空っぽの世界が、日ごとに現実味を帯びていく。その手ごたえを毎日味わっていた」(社長が訊く『時のオカリナ 3D』)。
私の読みでは、この二つは同じものの裏表だ。空っぽの箱に仕掛けを入れて、中身を知らない誰かが開けるのを待つ。彼が作っているのはダンジョンだが、やっていることは「仕掛け箱」に近い。
本人が公に認めている失敗は何か?
最もはっきり認めているのは『スカイウォードソード』(2011)の親切さである。2014年、彼はこう語った。「『スカイウォードソード』を作ったとき、遊ぶ人全員にちゃんと理解してほしいと本気で思っていた。でも今は分かる。ゲームを買う人は、遊びたいから買うのであって、途中に障害物があってほしいわけではない」(Kotaku 2014年6月17日のインタビューより 原典 ↗)。
続けて、彼は失敗の中身を「順番の間違い」として整理している。「ゲームでは、詰まったときにこそ助けがほしい。私は『スカイウォードソード』でそれを全部前倒しにしてしまった。何をすればいいか分からない時点でその情報をもらっても、助けにならない。あれは本当に勉強になった」。そして一言、「だから、もうやらないように気をつける」(同)。
これは「説明しすぎた」という反省ではない。「説明する時刻を間違えた」という反省だ。助けの量ではなく、助けのタイミングの話をしている。私はここが彼の一番正確な自己分析だと思う。
『スカイウォードソード HD』ローンチトレーラーより(YouTube / Nintendo of America)
もっと古い失敗も、彼は語っている。『時のオカリナ』の道具とダンジョンの順番の問題だ。「道具があっても、どこに置けばいいか分からなかった。道具の数は最初に決めていた。それが結局、私たちを苦しめた」。さらに、「序盤のダンジョンを設計し終わったあとで新しい道具ができて、『この道具を持ってダンジョンに入っても破綻しないようにしてくれ』と言われる。『おいおい! それは最初に言ってくれ!』と思った」(社長が訊く『時のオカリナ 3D』)。
道具が先か、部屋が先か。この順番の問題は、ダンジョン型パズルを作る人なら誰でもぶつかる。彼はそれを25年前に、しかも6つのダンジョンを抱えたまま食らっている。
彼はどこで板挟みになっていると語っているか?
一つ目は、難しさと離脱のあいだである。2015年、『ムジュラの仮面 3D』の取材で彼はこう言っている。「このゲームを絶対に簡単にするな、と私は何度もスタッフに言った」。そして原作の姿勢を、「『これをクリアできますか?』とプレイヤーに問いかけているようなものだ」と表現した(社長が訊く『ムジュラの仮面 3D』)。
その2年前、彼は「プレイヤーがもう一度やってみようという気持ちを失わないように」と言っていた。矛盾しているように見える。ただ、私はこれを矛盾とまでは読まない。彼は「難しさは守る、行き止まりは潰す」という二正面作戦を取っているからだ。とはいえ、その両立が常にうまくいったとは彼自身も言っていない。
二つ目は、自分たちが作った様式との板挟みだ。2023年、彼は『時のオカリナ』についてこう語る。「『時のオカリナ』は、その後の多くの作品の型を作った、と言っていいと思う。ただ、それはある意味で、私たちにとって少し窮屈でもあった」(Game Informer 2023)。
作った型に縛られる。これは長いシリーズを預かる人の典型的なジレンマであり、彼はそれを公の場で認めている数少ない人物である。同じ取材で『ブレス オブ ザ ワイルド』については、「シリーズがそこから進んでいく、新しい型を作ったと言っていいと思う」とも述べている(同)。型を壊した結果、また型ができたわけだ。
三つ目は、シリーズの重荷そのものへの向き合い方である。『ムジュラの仮面』の移植を打診されたときの反応を、彼はこう振り返る。「あのフタは、もう開けたくなかった」(社長が訊く『ムジュラの仮面 3D』)。
彼は誰・何の影響を受けたと言っているか?
本人がはっきり名前を出しているのは宮本茂である。ゼルダに入ったきっかけ自体が宮本への直訴だった。「宮本さんにしつこく頼んだら、『人手が足りないから、ちょっと入ってこい』と言われた」(社長が訊く『時のオカリナ 3D』)。
もう一つ、彼が影響源として語っているのは、意外にも自分たちの過去作である。『時のオカリナ』が「その後の多くの作品の型を作った」という発言は、称賛であると同時に、自分が受け継いだものの重さの確認でもある(Game Informer 2023)。
なお、彼が学生時代にからくり人形を作っていた、という話は広く紹介されている。ただ、私は本人の発言の原典を今回確認できなかった。確認できない話は、ここでは使わない。
Kizuki の読み — 彼は難易度ではなく「詰まり方」を設計している
ここからは私の解釈である。本人がそう言ったわけではない。
青沼英二の25年を並べると、彼が動かしてきたのは難易度ではなく「詰まり方」のほうだ、と私は読む。難しさそのものは、2015年の「絶対に簡単にするな」の時点でも、2023年の作品でも、下げられていない。変わったのは、詰まったプレイヤーが次に何をできるか、である。
『神々のトライフォース2』では、詰まった人に別のダンジョンを開けてみせた。『ティアーズ オブ ザ キングダム』では、同じ問題に別の解法を開けてみせた。どちらも、難易度の調整ではなく出口の数の調整だ。「答えがいくつもあっていい」という2023年の発言は、優しさの表明というより、詰まりの扱い方が最終形に届いた、という技術的な報告に読める。
そう読むと、『スカイウォードソード』の反省も一貫する。あのとき彼は出口を増やす代わりに、案内板を入口に全部貼った。詰まる前に説明してしまえば、詰まり方を設計する機会そのものが消える。「詰まったときにこそ助けがほしい」という2014年の言葉は、その機会を自分で捨てたことへの気づきだったのではないか。
『ブレス オブ ザ ワイルド』Nintendo Switch プレゼンテーション 2017 トレーラーより(YouTube / Nintendo of America)
どこから触れると、この人が分かりやすいか?
設計者としての青沼を知りたいなら、『神々のトライフォース2』が一番わかりやすい。ダンジョンの順番が自由で、道具が借り物である。「詰まりを設計する」という彼の考え方が、仕組みとしてむき出しに置かれている。
そのうえで『スカイウォードソード』を遊ぶと、彼の反省の意味が体でわかる。助けが早すぎると、どう感じるか。この二本を続けて触れるのが、遠回りに見えていちばん近い。
近い考え方をしている作り手として、当サイトでは ジェッペ・カールセン(パズルは信頼の上に建つ)と Andrew Shouldice(分からないままの時間を設計する)を取り上げている。詰まりをどこへ逃がすかという話題は オーバーワールドの設計 でも扱った。
参考文献
本記事で参照した一次資料:
・社長が訊く『ゼルダの伝説 時のオカリナ 3D』(オリジナル開発スタッフ編 Part 1)
・社長が訊く『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』Part 3(2006)
・社長が訊く『ゼルダの伝説 神々のトライフォース2』(2013)
・Kotaku インタビュー(2014年6月17日)より青沼の発言 — Nintendo Life 2014年6月
・社長が訊く『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面 3D』(2015)
・Game Informer「Tears Of The Kingdom And The State Of Zelda」青沼英二・藤林秀麿インタビュー(2023年5月12日)
・RTL Nieuws インタビュー(2023年7月)の英訳まとめ — 藤林秀麿の「一つの問題に一つの答え」発言
動画サムネイルの出典(すべて YouTube / Nintendo of America 公式チャンネル):
・The Legend of Zelda: Tears of the Kingdom – Official Trailer #3
・Nintendo 3DS - The Legend of Zelda: A Link Between Worlds Launch Trailer
・The Legend of Zelda: Skyward Sword HD - Launch Trailer
・The Legend of Zelda: Breath of the Wild - Nintendo Switch Presentation 2017 Trailer
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