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DESIGNER-STUDY · 2026-08-02

Andrew Shouldice の哲学 — 答えより、分からないままの時間を設計する

『TUNIC』、読めない説明書、そして七年ぶんのノート

はじめに — 「これはずっとここにあった」と言わせたい人

Andrew Shouldice(アンドリュー・ショルダイス)は、カナダの個人ゲーム開発者である。2022年3月16日に発売された『TUNIC』——小さなキツネが、読めない文字だらけの島をさまよう見下ろし型アクションアドベンチャー——の作者だ。日本語圏では「かわいいキツネのゼルダ風ゲーム」として紹介されることが多い。だがこの人の設計は、かわいさでもゼルダ風でもなく、「秘密」というものの構造そのものを扱っている。

私がいま彼を取り上げたいのは、2025年11月に Lost in Cult から『TUNIC: Design Works』の予約が始まり、本人が七年ぶんの手書きノートを見返した所感を語ったからだ。「行き止まりの多いアイデアばかりだが、無駄になった時間ではない」(Finji, 2025年11月21日 ↗)。完成品の裏側を、本人が自分の言葉で開けてみせた資料はそう多くない。

この記事は作品紹介ではない。彼が公の場で語った発言だけを横断して、この人が何を一貫して言っているのかを読む。引用はすべて原典にあたって確認したものだけを使い、私の解釈は最後の節にまとめる。

経歴 — 会社を辞め、方向を決めないまま始めた

Shouldice はカナダ東海岸で、Silverback Productions というスタジオでポイント&クリック系の作品に関わっていた。2015年、彼はそこを辞め、個人で開発を始める。英語版 Wikipedia の記述によれば、彼は「開かれた探索のあるゲームを作りたい」とは思っていたが、創作の方向性が定まらないまま職を離れている(Wikipedia "Tunic (video game)" ↗)。当初のタイトルは『Secret Legend』。作りかけの画面を Vine に投稿していた時期がある。

2017年にパブリッシャー Finji が加わり、同年の E3 で『TUNIC』として発表された。発売予定は当初2018年。実際に出たのは2022年3月16日で、開発は七年に及んだ。長引いた理由について彼は、開発者として経験を積むにつれてほぼすべての要素を「少なくとも一度か二度」作り直す反復型の進め方を採ったからだと説明している(同前)。発売後、第26回 D.I.C.E. Awards と第19回英国アカデミー賞ゲーム部門で受賞している。

つまりこの人のキャリアは、「先に構想があって作った」型ではない。先に辞めて、作りながら分かっていった型だ。この順番は、後で見る彼の設計観と気味が悪いほど一致する。

哲学 — 分かった瞬間より、「ある」と知っている時間

2023年の GDC 講演「'TUNIC': This Was Here the Whole Time」で、彼は秘密というものを三段階に分解している。「知らないこと。それが無知の段階だ。そして、何かが存在することは知っているが、それが何なのかは分からない知識の段階がある。やがて理解する。理解とは決着だ。何かが『カチッ』とはまるところだ」(GDC 2023 ↗、書き起こしは Game Developer, 2023年4月25日 ↗ による)。彼はこの図式について「これはまったく実証的なものではない。ものごとの考え方のひとつにすぎない」と自分で釘を刺している。

重要なのは、彼が価値を置く場所だ。同じ講演で彼はこう言う。「私たちはプレイヤーとして、この段階を自然に上がっていきたくなる。ごく抽象的な意味で、私たちは進みたい。たぶんそれが、ゲームを遊ぶということそのものなのだろう。私たちは学びたいし、意味を見つけたい」。にもかかわらず、記事の書き手が要約するところによれば、彼がもっとも関心を寄せているのは真ん中の「知識」の段階——そこに何かがあると分かっているが、まだ謎のままである状態——である。

この関心は、もっと古い言葉でも表明されている。「私はいつも、自分が小さくて、謎だらけの世界で迷子になったように感じるゲームが好きだった。『待って、これはずっとここにあったの!?』『そんなことができるなんて知らなかった』と言わせてくれるゲームだ。ああいう感覚を呼び起こすものを作りたかった」(Inverse, 2022年4月14日 ↗)。講演のタイトルは、この一言からそのまま採られている。

こだわり — 説明の代わりに、説明の形をした謎を置く

第一に、読めない言語である。PlayStation.Blog に寄せた文章で彼はこう書いている。「プレイヤーに、ここは自分のために用意された世界ではないと感じてもらう方法のひとつが、奇妙で読めない言語でゲームを満たすことだった。角を曲がった先に何があるかを教える道標の代わりに、わけの分からない記号を見せる。インベントリ画面がものにきちんと名前を付ける代わりに、同じ読めないルーンを使う」(PlayStation.Blog 記事、80 Level 経由、2022年9月 ↗)。彼はこの文字を「トリッピーなグリフ言語」と呼ぶ。

第二に、取扱説明書である。TUNIC の説明書は世界に散らばったページとして少しずつ集まる。彼は実物の説明書を現実に作り、それを折り、破り、テープで留め、染みを付けてから一枚ずつスキャンして使った。狙いは古い印刷物の手ざわりの再現だ。彼はまた、説明書が呼び起こす感覚の出どころを、子供のころ意味の分からない説明書をめくった記憶に置いている。読めない言語について彼はこう言う。「自分の話せない言語のゲームの説明書を読んだ経験、あるいは三歳のころに説明書を読んで『この単語はひとつも分からない』となった経験がある人なら、自動的にあの驚異の感覚が湧いてくるはずだ。これは何を意味しているんだ? 何でもありうるじゃないか!」(Game Developer インタビュー ↗)。

第三に、説明を謎に変換するという方針そのものだ。「ゲームの仕事が自分のメカニクスとシステムを伝えることだというのは本当だ。しかし、その伝達を『解くべき謎』として枠づけるなら、明かされたときの喜びはいっそう甘くなる」(PlayStation.Blog 記事、80 Level 経由、2022年9月 ↗)。ここには、情報を隠しているのではなく、情報の伝達経路をわざと遠回りにしているという自覚がある。実際、説明書ページの配置は調整の対象だった。「必須の情報を持つページも多い。それは見つけやすい分かりやすい場所に置かれるかもしれない。他のいくつかはもっと見つけにくいかもしれない。そしてそれらをどこに置くかによって、プレイヤーがどれだけの知識を得るかを精密に調律できる」(Game Developer インタビュー ↗)。

第四に、誰にも見つからなくてよい仕掛けへの執着がある。「あれは、誰かに見つかるかどうかを気にしないほど深く何かを隠すというやつだ。ただ、それがそこにあると知っているのが好きだというだけの。短く答えるなら、そういうものはたくさんある」(同前)。そして第五に、紙とペン。「ペンと紙には、私が本当に好きな即時性がある。バッテリーの充電を気にしなくていい。最新版のインストールを気にしなくていい。同期がうまくいっているかを気にしなくていい」「テキストエディタを開いてゴミで埋め尽くすのはとても簡単だ。(中略)新しいページを前に座ることは、始めるという意図的な行為を要求する」(Finji, 2025年11月21日 ↗)。

失敗と乗り越え方 — ラスボスに勝ってしまったレビュアー

本人が公に語った失敗のうち、もっとも設計的に面白いのはアクセシビリティ機能の事故だ。TUNIC には No Fail Mode(ダメージを受けなくなる設定)がある。Wired の取材で彼はこう話している。「発売の数ヶ月前、プレス関係者がパズルを共同で解けるように Discord を用意した。あるレビュアーが、No Fail Mode を使って最終ボスを倒し、クレジットまで到達した。彼らが、ゲームの大きな部分を取り逃していたと気づくのに時間はかからなかった——その戦いは、次の幕を開けるために負けることになっているのだ」。

対処は例外規定だった。「その結果、No Fail Mode を使っていても、その戦いでは死ねるようにする特別な処理を追加した。私たちの理屈はこうだ。もし誰かがパズル寄りの側面を好むという理由でその設定をオンにしたのなら、そのことで罰を与え、TUNIC のもっとも興味深い終盤の謎を閉ざしてしまうのは筋が通らない」(Wired, 2022、引用は Zero Counts の全文転載 ↗ で確認)。設計の一貫性より、その設定を選んだ人の動機を優先した判断だと読める。

もうひとつ、彼が語っている恐れがある。発売直後の取材で、彼は率直にこう言っている。「いま作品が世に出て、反応を見ることができて、状況は望みうる以上に良い。『みんな本当に理解してくれている』と言うのは少し取り澄ましているように聞こえるが、実のところ私は、理解されないのではないかと本当に怖かった」(Inverse, 2022年4月14日 ↗)。七年をかけて、伝わらないかもしれない賭けをしていた人の言葉である。

そして最近の言葉。『TUNIC: Design Works』でファンに何を持ち帰ってほしいかと訊かれて、彼はこう答えている。「ひとつには、私が古いノートを見返しながら味わっている経験を、みんなにも共有してほしい——たいていの場合、自分は何をしているのか分かっていない、と思い知らされる経験を。(中略)だから当然、アイデアの多くは行き止まりだが、無駄になった時間ではない。それらは、その道が正しくないと確かめるために探りを入れ、何が正しいのかをより良く理解していく過程を表している」(Finji, 2025年11月21日 ↗)。

ジレンマ — 難度で進行を止めるゲームに、死なない設定を入れる

彼が悩んだと明言しているジレンマがひとつある。「挑戦的な戦闘が TUNIC の核であるのは本当だ。しかし、No Fail Mode のような選択肢を入れることは、ゲームの『完全性を損なう』とか、そういうことではない。ごく早い段階では、難度で進行をゲートするゲームにそういう設定を組み込むのは難しいだろうと思っていた。だが結局のところ、それはとても素直な判断だった。実のところ、戦闘の挑戦を楽しむ人はその選択肢を使わないし、戦闘に関わりたくない人は使う」(Wired, 2022、Zero Counts ↗ で確認)。

そして彼は、この判断の根拠として自作の中心を言い直している。「結局のところ、TUNIC の核は、正しいタイミングでボタンを押せるかどうかで人を排除することではない。それは、自分の理解できない世界に対して好奇心を持ち、探索しようとすることについてのゲームだ」(同前)。難度と好奇心のどちらが自作の本体かを、彼はこの一件で確定させている。

難度そのものについても、彼は「厄介なもの」という言い方をしている。「難度は厄介なものだ。難度に関する私の好みは、完璧な実行ではなく、辛抱強く注意深く考えることで乗り越えられる挑戦であってほしい、というものだ」「私にとって、挑戦は自分を勇敢だと感じさせるために存在する。何かが少しだけ怖いなら、それを越えるために勇気を奮い起こさなければならない。ゲームを遊ぶとき、私は何かをうまくやってのけたという感じが大好きだ」(Inverse, 2022年4月14日 ↗)。

もうひとつのジレンマは、隠すことと届かないことの境目である。彼自身が TUNIC の危うさをこう認めている。「これは、間違ったほうへ行くことを許すゲームだ。説明書を読まなければ、本当に詰まりうる」(同前)。すべてを謎にする作りが賭けであることを、彼は発売時点で理解していた。

影響源 — 本人が認めているもの

出発点は、子供のころの『ゼルダの伝説』である。「ごく最初から、古い『ゼルダ』を遊んで得たとても特定的な、きわめて具体的な感覚があった。本物の発見と謎の感覚、そしてこの世界には自分がよく理解していない事柄があると知っている感覚だ」(Game Developer インタビュー ↗)。

同じ取材で、他作品の影響についても彼は率直だ。「ここに『(ダーク)ソウル』の影響があるとよく言われるが、まったくの間違いというわけではない。(中略)『Fez』には私が確実に取り入れた謎とパズルがあるし、『Monument Valley』のようなゲームのビジュアルは私が大いに敬服しているものだ」(同前)。憶測を挟まずに言えば、彼が名前を挙げているのはこの三本と『ゼルダ』である。

作り手からの影響としては、『Frog Fractions』の Jim Stormdancer の講演を挙げている。GDC 2023 で彼は、Stormdancer が80年代のゲーム体験を「わけの分からない世界に入っていくこと、混乱したルールのもとで動く、何でも起こりうる世界に入っていくこと」と表現したことに触れ、「あれは本当に素敵な言い方だと思う」と述べている(Game Developer, 2023 ↗)。

ついでに、主人公がキツネである理由も本人が明かしている。真面目な答えではない。「ばかげた答えが本当の答えだ。作りはじめたころ、私は 3D モデリングがあまりうまくできなかった。キツネは極端に粗雑で角ばった見た目だったし、『キャラクリエイターを作って本物の人間を作らせよう』などとやれるはずもなかった。だから動物が理にかなっていた。それに、キツネは面倒ごとを起こすものだ」(Game Developer インタビュー ↗)。

Kizuki の読み — 彼は情報を隠すのではなく、存在だけを先に渡している

ここからは私の解釈である。Shouldice は「秘密を作る人」として語られがちだが、彼の発言を並べると、実際に設計されているのは秘密ではなく「知っているのに分からない」という状態の滞在時間だと私は読む。彼自身が三段階のうち中間に関心があると言っている以上、彼にとって読めない言語も、集めるしかない説明書も、答えを隠す道具ではない。むしろ逆で、「ここには意味がある」という事実だけを先に渡し、意味そのものの受け渡しを保留する装置だ。無知の段階に留め置かれた人は何も探さない。だから彼は、まず存在を見せる。そのうえで、いつ分からせるかを説明書ページの配置で調律する。彼が「精密に調律できる」と言ったのは、難度のことではなく理解の到達時刻のことだ、と私は整理している。

そう読むと、No Fail Mode の一件が単なるバグ修正ではないことが見えてくる。ラスボスに負けることが次の幕の鍵だという設計は、失敗を進行の一部として組み込んだ美しい仕掛けだが、失敗しない選択肢を選んだ人からはその意味が丸ごと消える。彼はそこで、仕掛けの純度を守るのではなく、その人が何を求めてその設定を押したのかを推し量って例外を足した。難度で人を選別しない、というのはこの人にとって温情ではなく、自作の定義の問題だったのだと思う。核は好奇心のほうにある、と彼自身が言い直しているのだから。

最後に、私が引っかかっている点をひとつ。『TUNIC: Design Works』に秘密は隠されているかと訊かれた彼は、「私は人生で秘密を隠したことなど一度もない」と答えている(Finji, 2025年11月21日 ↗)。もちろん冗談だ。だがこの人が公の場で秘密について語るとき、その語り口はいつも半分だけ本気で、残り半分はまだ握られたままだという気がする。七年ぶんのノートを一冊の本にして差し出す人が、同じ口で「何も隠していない」と言う。私はこれを、答えを渡すより「まだ何かある」という状態を長引かせたいという彼の癖が、作品の外側にまで漏れ出したものとして読んでいる。

おわりに — どこから触れるか

この人を理解したいなら、順番は『TUNIC』本編が先で、講演が後だ。序盤で説明書のページを拾ったら、すぐ開いて眺める癖をつけておくといい。読めないページを読めないまま眺める時間そのものが、彼の設計対象だからである。遊び終えたあと、あるいは詰まって腹を立てたあとに GDC 2023 の講演(GDC Vault で無料公開 ↗)を見ると、自分が何をされていたのかが分かる。

隣に置きたいデザイナーもいる。説明しないこと自体を作品にする姿勢では Stephen Lavelle が近い(当サイトの Stephen Lavelle の哲学)。プレイヤーの理解が到達する時刻を設計する態度では Jonathan Blow(Jonathan Blow の記事)と読み比べると、同じ「気づき」を扱っていながら温度がまるで違うことが見えてくる。Blow が真実を突きつけるのに対し、Shouldice は「まだ分からなくていい」と言い続ける。

私は番茶を淹れ直して、彼のノートの写真が載る本を待っている。行き止まりのページこそ読みたい。

参考文献

本記事で参照した一次資料(すべて本文を確認した):

GDC 2023「'TUNIC': This Was Here the Whole Time」(本人講演、GDC Vault にて無料公開) ↗

Game Developer「Video: How Tunic was built on mystery」2023年4月25日(上記講演の書き起こしを含む) ↗

Game Developer「Designing content for "no one": an interview with the team behind Tunic」2022年3月15日(本人インタビュー) ↗

80 Level「Tunic's Developer on Creating the In-Game Manual Full of Mysteries」2022年9月23日(PlayStation.Blog への本人寄稿からの引用を含む) ↗

Inverse「'Tunic' creator reveals what "really scared" him about 2022's buzziest indie」2022年4月14日(本人インタビュー) ↗

Zero Counts「No Fail Mode」2023年2月13日(Wired, 2022 の本人発言を全文引用) ↗

Finji「An Interview with Tunic Lead Dev Andrew Shouldice」2025年11月21日(本人インタビュー) ↗

Wikipedia「Tunic (video game)」(経歴・開発期間・受賞の事実確認) ↗

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