DESIGNER-STUDY · 2026-08-01
Terry Cavanagh の哲学 — 売れないと決めてから、作りはじめる
VVVVVV / Super Hexagon / Dicey Dungeons と、無料で配り続けた十数年
はじめに — 「これは売れない」から始める人
Terry Cavanagh(テリー・カヴァナ)は、アイルランド・モナハン出身の個人ゲーム開発者である。重力を反転させるボタン1つで進むプラットフォーマー『VVVVVV』、六角形の渦を避け続ける『Super Hexagon』、サイコロを装備に置いて戦うデッキ構築ローグライト『Dicey Dungeons』。商業作品はこの3本だけだと本人が自分のサイトに書いている(distractionware「About Me」 ↗)。残りは全部、無料で配っている。
私がこの人を取り上げたいと思ったのは、2017年のインタビューの一行だ。フリーウェアで出すのは意識的な方針なのかと訊かれて、彼はこう答えている。「自分の場合、プロセスはいつもプロトタイプやジャムのゲームでアイデアを通してみることで、そして私はいつも、それはフリーウェアのゲームになるという前提から始める」(Alphr, 2017 ↗)。売れる見込みを立ててから作るのではない。売れないという前提から作りはじめて、たまたま商品の形になったものだけが売られる。順番が逆なのだ。
本稿は作品紹介ではなく、人物への考察である。引用は私が本文を確認した一次資料に限る。本人の発言、記者の記述、そして私 Kizuki の解釈を、混ぜないように書く。
経歴 — 「オーストラリアに行く代わり」に独立した
大学を出た彼は、マーケット・リスク・アナリストとして働いていた。2021年の PC Gamer の取材で、彼は独立をこう説明している。「私は若かった。友人たちは1年オーストラリアに行くようなことをしていた。当時ちょうど、インディー開発というものが本格的に立ち上がりはじめていた。私は少し金を貯めて、やってみることに決めた。あの決断は、私にとってのオーストラリア行きだった」(PC Gamer, 2021 ↗)。景気は良くなかった。記者はこの選択を、リスク軽減の観点からは同僚が勧めなかったであろう進路、と書いている。
プログラミング自体はもっと早い。子供のころ Commodore 64 でゲームを作りはじめた、と彼は言う。「C64 は電源を入れると、何より先に BASIC が立ち上がる。何が可能なのか気にならないほうが難しい」。ただし本気になったきっかけは十代で遊んだ『Final Fantasy VII』で、「なぜか途方もなく驚かされて、ゲームデザイナーになりたいのだと分かった」と語っている(Wireframe 第3号インタビュー ↗)。十代の彼は RPG を作ろうとして、まったく上手くいかなかった、とも。
2010年に初の有料作品『VVVVVV』、2012年に『Super Hexagon』、2019年に『Dicey Dungeons』。その間ずっと、無料のゲームと、無料の音楽制作ツール Bosca Ceoil を配り続けている。日本語圏では『VVVVVV』か『Super Hexagon』の作者として知られていることが多いだろう。
哲学 — 一つの動詞を、限界まで磨く
2010年、初めての GDC に来た彼は、『VVVVVV』がなぜあれほど話題になったのかと訊かれて、驚くほど短く答えた。「楽しいから。正直それだけだ。遊んでいて本当に楽しい。よく設計されていると思いたい。遊んでいて面白い。基本的にはそこに尽きると思う」(The A.V. Club, 2010 ↗)。同じ取材で彼は、『VVVVVV』を「野心的」と呼ぶことを拒み、「これまで作った中で一番大きいゲームではある」「ある意味では、去年作ったいくつかのゲームより野心的ではない。作るのがそれほど怖くなかった」と言い直している。
2021年、彼はこの方針への転向をはっきり語っている。『VVVVVV』以前の作品はもっと真面目で芸術寄りだった。記者は、経済的な失敗を前にして彼が前衛的な語りを退け、代わりに使い捨ての楽しさを取ったと整理する。本人の言葉はこうだ。「実はそのほうがずっと良い方向だと分かった。そう考えるようになってから、私のゲームは良くなった」(PC Gamer, 2021 ↗)。
では物語を捨てたのか。そうではない。ナラティブゲームを作っているつもりかと訊かれた彼は、「そんなにそうではない。私のゲームが語りたい物語を持っているときは、たいていメカニクスを通して語るほうを選ぶ」と答えている(Alphr, 2017 ↗)。物語をやめたのではなく、物語を載せる器をテキストからルールへ移した、と読める。
こだわり — 自分の反射神経に合わせて調整する
『Super Hexagon』10周年の日、彼は自分のブログにこう書いた。「別の何かに取り組んでいる最中に、なんとなく現れてきたゲームだった。私が自分のためにとても強く作り、自分の反射神経に合わせて調整した作品だ。どんな反応も期待していなかった、まして実際に来た反応は」(distractionware, 2022年9月 ↗)。まず自分に向けて調整する。観客がついてくるかどうかは、あとの話でしかない。
見た目についての態度も長く変わらない。「たいていの人は私のゲームをあまり美しいとは思わない。面白く見えるようにしようとはするが、私はそれほど視覚的なアーティストではない。理由があってミニマルに保っている……私はとても、とても早く決めてしまう」(Game Developer, 2012 ↗)。2017年にも「私のビジュアルは『VVVVVV』のころよりずいぶん良くなったが、それでも自分のスタイルは『プログラマー・アート』だと思っている」と言い、「たぶん私は、何が良く見えるかについて変な考えを持っている」と付け加えている(Alphr, 2017 ↗)。2010年の記事では記者が、彼のゲームが C64 のゲームのように見えるのは、描けないという自己認識を彼が「妨げではなく資産」だと考えているからだ、と書いている。
ただし彼は削るだけの人ではない。『Dicey Dungeons』では逆向きに振っている。「私がこのゲームで主にやりたいのは、この非常に単純なコアメカニクスの一組を取って、それを異なるクラスで、たくさんのクールな方法で探索することだ」(Wireframe 第3号 ↗)。ロボットのクラスでは「毎ターン2個のダイス」という前提自体を捨て、レベルとともに上がる「目標値」を置き、超えたらターン終了という条件で好きな数だけ振らせる。土台を増やさずに、土台の読み替えだけで別のゲームを作る。ここは『VVVVVV』の一動詞主義と地続きだと読める。
失敗と乗り越え方 — 「これは無理だ、まともな仕事を探さないと」
独立はうまくいかなかった。PC Gamer の記事はこう書いている——失敗した立ち上がりと実らなかったプロジェクトが続いたあと、彼は資金を切らし、続けるために銀行から借り、その借りた金も切らした。本人の言葉。「全部の終わりまで来てしまって、『これは上手くいっていない、まともな仕事を探さないといけない』と言うしかなかった。そして私は最後の一本に取りかかっていた。この小さな重力反転プラットフォーマーだ」(PC Gamer, 2021 ↗)。その最後の一本が『VVVVVV』だった。
月に1本作るという流行の習慣も、彼の場合は続かなかった。2010年に進捗を訊かれた彼は、まず「クソみたいなもんだ」と答えている。「2か月やった。1月に新しいプロジェクトを始めた。2月にも新しいプロジェクトを始めて、月末に自分のやったことを笑った。1月のゲームは気に入らなかったし、あまり面白いとも思わなかった。このプロジェクトは放棄すると思う」(The A.V. Club, 2010 ↗)。多作の人という印象とは裏腹に、彼は自分の量産計画をあっさり畳んでいる。
そしてもう一つ、私がこの人の発言を信用する理由になっている一文がある。無料公開した『Naya's Quest』のライフ制について、彼は設計意図をひととおり擁護しきったあと、こう書き足した。「これは間違いなくこのゲームの一番弱い点だ。私が思いつかなかった、もっと良い解決策があったのかもしれない。Mea cupla(原文のママ。mea culpa=私の過ちだ)」(Game Developer, 2013 ↗)。擁護と反省を同じ段落に並べてしまう人は、そう多くない。
ジレンマ — 罰は、案内なのか妨害なのか
彼が最も丁寧にジレンマを語っているのは、2013年の『Naya's Quest』の取材である。あなたのゲームは意図的にプレイヤーに意地悪をしているように感じる、と問われて彼は否定した。「Naya's Quest をフラストレーションの元にしている主なものは、実はパズルについての何かではない。ライフ制と、失敗したときに1部屋戻される仕組みだ」。そして、「これはゲームに入れるのがかなり怖いことだったし、多くの人が嫌うのも理解できる。だが最終的に、ゲームはこれがあるほうが強いと感じる。プレイヤーを、本来意図された遊び方のほうへ導いてくれるからだ」(Game Developer, 2013 ↗)。
導く先はどこか。「このゲームで持ちうる最悪の体験は、試行錯誤として取り組むことだ。そしてそれは、失敗に本当の帰結がないときにまさに起きることだ」(同)。彼にとって罰は嫌がらせではなく、考えることを強制する装置である。ただし彼は、まったく同じ話題の締めで「これは間違いなくこのゲームの一番弱い点だ」と認めてもいる。案内と妨害が同じ仕掛けから出ていることを、本人が分かったまま出荷している。
もう一つは商業性との葛藤だ。なぜ売らないのかと訊かれて、彼はこう答えている。「売ろうとしても Naya's Quest は売れないだろうと思う。だがそれは、できるのなら取り組むべきでなかったという意味ではない」。そして——「もし私が手がけるすべてが金を稼ぐものでなければならないなら、商業的な圧力が、私が時間を使う対象に必然的に影響していただろう。私は別のものに取り組んでいたかもしれない。これを決して作らなかったかもしれない」(同)。売れないと分かっているものに半年使い、無料で配る。それを彼は「自分にできる最良の仕事をすること」だと言っている。
影響源 — FFVII、C64、そして Dream Quest
本人が認めている影響源は明確だ。ゲームデザイナーを志した理由は『Final Fantasy VII』、プログラミングの入口は C64 の BASIC(The A.V. Club, 2010 ↗ / Wireframe 第3号 ↗)。ただし彼は愛するジャンルにも遠慮しない。「RPG には正直、ひどく多くの水増しがある。愛しているジャンルだが、私が愛しているゲームの多く、『Final Fantasy』シリーズや『Chrono Trigger』でさえ、もっと良くなりえた点で多くの欠陥を抱えていると認識している」(The A.V. Club, 2010)。この直後に彼は「今のは言わなかったことにして」と笑っている。
『Dicey Dungeons』の直接の親は Peter Whalen の『Dream Quest』である。「Dream Quest は真面目に、私の史上お気に入りのゲームの一つだ。Dicey Dungeons は本質的に Dream Quest のファンゲームとして始まった」。彼は『Slay the Spire』を「とてもクールなゲームに見える」としつつ、同じ設計空間を探索しているのが明らかなので1時間ほどで遊ぶのをやめたと述べ、Dicey Dungeons が終わったらちゃんと遊ぶのが楽しみだ、と続けている(Wireframe 第3号 ↗)。クラス制の発想も Dream Quest 由来だと明言している。
意外なのは、後の世代からの影響を認めている点だ。PC Gamer の記事は、『VVVVVV』が確立した「残酷な難度と、プレイヤーに優しいチェックポイント・即時リトライ」の組み合わせが Maddy Thorson の『Celeste』にまで見えると書いたうえで、Cavanagh 自身が2000年代の Thorson の初期作から「かなり強く影響された」と述べたことを記している(PC Gamer, 2021 ↗)。難易度設計の系譜は一方通行ではない。
逆に、影響源にされがちだが本人が否定しているものも書いておく。重力反転の先例として挙がる『ロックマン5』のグラビティマンのステージや『メタルストーム』について、彼は指摘されてから実際に遊んだと明かし、「インスパイアされたと言いたいが、それはむしろ偶然だ。同じメカニクスでも、我々はそれをまったく違う方向に探索している」と述べている(The A.V. Club, 2010)。憶測で影響源を増やさないために、ここは残しておきたい。
Kizuki の読み — 「売れない」は免罪符ではなく、設計条件だ
ここからは私の解釈である。本人がこう語ったわけではない。私は Cavanagh を、期待値をゼロに固定することで手を自由にしている人だと読む。売れないという前提から始めれば、何を削り、何を残すかの判断に市場が入ってこない。自分の反射神経に合わせて難度を決める乱暴な調整も、失敗したら1部屋戻すという多くの人に嫌われる仕掛けも、「売る」を前提にすれば通らなかっただろう。最も金に困っていた時期に生き延びた一本が、真面目さを捨てた最後の一本だったという事実は、たぶん偶然ではない。売れる見込みを立てないことが、結果として最も売れたものを作った。ただし——本人は2017年に、全作品を貫く一本の糸を見つけたいと思うことはある、しかし真実はどのゲームもそれぞれ別の方向へ駆り立てられているように見えるのだ、と語っている(Alphr, 2017 ↗)。だから私がここで一本の糸を見つけたと書けば、本人に否定されるはずだ。よってこれは糸ではなく癖だと言い直しておく。彼が繰り返しているのは主張ではなく、身のこなしのほうだ。
おわりに — どこから触ると分かるか
この人を理解したいなら、『VVVVVV』→『Super Hexagon』→『Dicey Dungeons』の順に商業作を追う前に、無料の作品を1本挟むといい。おすすめは『Naya's Quest』だ。ブラウザで動き、1時間ほどで終わる。設計者が「一番弱い点」を自分で名指しした作品を、その言い分と反省の両方を知った状態で遊べる機会は、そう多くない。その次に『Super Hexagon』を、上手くなろうとせずに10分だけ触る。彼が「自分の反射神経に合わせた」と言った意味が、指で分かる。
隣に置ける導線も残しておく。残酷な難度と寛容な救済をどう両立させるかという主題なら、彼が「かなり強く影響された」と認めた作家、Maddy Thorson の考察 ↗が近い。失敗そのものを主題にする方向なら Bennett Foddy ↗、真面目さと使い捨ての楽しさのあいだで揺れた人という読み方なら Petri Purho ↗ と並べると、2000年代後半のインディーが何を捨てて何を拾ったのかが立体的に見えてくる。
参考文献
本記事で参照した一次資料(すべて本文を確認した):
・The A.V. Club「AVC at GDC '10: An interview with VVVVVV creator Terry Cavanagh」2010年3月13日(本人インタビュー) ↗
・Wireframe(Raspberry Pi Foundation)「Dicey Dungeons: Terry Cavanagh interview」第3号インタビュー全文(2018年) ↗
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