DESIGNER-STUDY · 2026-09-17

Oskar van Deventer の哲学 — きれいなのは、たまたまでいい

Gear Cube / Over the Top 17×17×17 / Arch Burr / ハナヤマ Cast Twist

「これは美術ではない、パズルだ」と本人が書いた

2019年、数学と美術をつなぐ国際会議 Bridges に、ひとりのパズル設計者が基調講演者として招かれた。オランダの Oskar van Deventer(オスカー・ヴァン・デーヴェンター)。彼が寄せた論文の題は「That Is Not Art, It Is a Puzzle!(それは美術ではない、パズルだ)」である。17×17×17のルービックキューブ「Over The Top」を紹介する動画のサムネイル「Over The Top - 17x17x17」(OskarPuzzle / YouTube)

美術の会議に招かれた当人が、自分の作品を美術と呼ぶことに抵抗している。この一点だけで、私はこの人物を読みたくなった。

1965年生まれ。本業はオランダの研究機関 TNO の上席研究員で、光学の博士号を持つ。論文は100本超、特許出願は80件超(Wikipedia)。そのかたわらで、12歳のときから機械式パズルを設計し続けてきた。設計数は800を超え、うち70点以上が量産されている。

今日読むのは作品ではなく、人である。本人が書いた文章と、本人の発言が載った記事だけを材料にする。

12歳から、本業をやめずに40年以上

彼の公式サイトには「12歳でパズル設計を始めた」とある。1978年のことだ。以来、本業を辞めたことはない。昼は通信と映像の研究者、夜はパズル設計者。この二重生活が40年以上続いている。

転機は2004年に来た。パズル仲間の George Miller が、当時まだ珍しかった3Dプリントを彼に紹介したのである。金属を削らなくても形を確かめられる。試作の速度が変わった。

日本での知名度は高くない。だがハナヤマの「キャストパズル」を手に取ったことがあるなら、彼の設計に触れている可能性がある。2013年発売の Cast Twist は彼の設計だ(当サイトのCast Twist の記事)。「Oskar's Cube 3.5x3.5x3.5」を紹介する動画のサムネイル「Oskar's Cube 3.5x3.5x3.5 - Why the three-and-a-half?」(OskarPuzzle / YouTube)

難しさが本体で、美しさは余りものだ

Bridges の論文は、こんな告白から始まる。「1978年から機械式パズルを設計してきたが、私は自分を美術家だと思ったことは一度もなかった。結局のところ、私はパズルを設計し、作り、解くことを楽しんでいただけだ」(Bridges 2019)。

考えが動いたのは、美術史家に会ってからだという。「機械式パズルも美術の一形態でありうると気づいたのは、Rothstein に会うまでなかった」「美術史家に取材されるのは面白い経験だった。パズル設計は彫刻のような美術の一形態かもしれないと、そのとき気づいたからだ」(同)。相手は Bret Rothstein。論文中の表記は Brett だが、同一人物と読める。

その Rothstein は、機械式パズルを「難しさの追求(the pursuit of difficulty)」と表現した。彫刻が「形の追求(the pursuit of shape)」であるのに対して、という対比である(同)。

そしてヴァン・デーヴェンターは、自分の作品をこう位置づける。それらは「難しさを乗り越えることを要求する。そしてそのうちのいくつかは、たまたま見た目もいい」(同)。

順序がはっきりしている。難しさが先にあり、美しさは後から落ちてくる余りものだ。論文の締めも同じ姿勢で、「これらが美術かどうかは、あなたに判断を委ねる」と書いて終わる(同)。自分では決めない。

動きの種類を、表にして埋めていく

彼の設計には、はっきりした手癖がある。「できるか?」という問いを、思いつきではなく機構の分類から立てるのだ。

六本組みのバー(木組みパズル)を前にして、彼はこう考えたと書いている。「これで考えた。全部が円い断面の6ピース・バーを設計できないだろうか?」(Bridges 2019)。そこから Bulbous Burr と Arch Burr が出た。「Arch Burr」を紹介する動画のサムネイル「Arch Burr - Is this a new twist on a classic six-piece burr?」(OskarPuzzle / YouTube)

そこで止まらないのが面白いところだ。次の一歩はこうである。「数学者なら誰でも知っているように、連続運動には直線・円・らせんの3種類がある。では、らせんでバーを作れないだろうか?」(同)。Candy Wrapper と Cold Fusion がそこから生まれた。

発想の型が見える。運動の種類を数え上げ、まだ埋まっていない欄を潰しにいく。ひらめきを待つのではなく、表の空白を探す作業に近い。

同じ癖は名前にも出ている。Gear Cube、Gear Shift、Gear Ball、Geared 5×5×5。ひとつ機構を見つけたら、それを別の骨格に移して系列にしてしまう。

「量産は不可能だ」と判断して、一度は捨てた

本人が公に書き残した失敗談がひとつある。Snake Ball という設計だ。

話は1986年の Oskar's Disks から始まる。パズル仲間の Wil Strijbos が「2枚の円盤は、互いを最後まで通り抜けるべきだ」と提案した。その線を延ばして、2004年に Snake Ball ができた。George Miller が自分の機械で試作した。

だがそこで止まった。彼はこう書いている。「当時、我々はこのパズルは量産不可能だと考えた。だからプロジェクトを放棄した」(本人サイト「How it is made — Hanayama Cast Twist」)。設計はできている。作れない。それで手を離した。

動き出したのは8年後である。2012年初頭、あの美術史家 Bret Rothstein がサンプルを求めてきた。そこから IPP 2012 でハナヤマの坂本・大西両氏にサンプルが渡り、Kyoo Wong と中国のCAD技術者が「輪を3つの鋳造できる部品に分ける」方法を見つけた(同)。

放棄から製品化まで8年。しかも再起動のきっかけは、売上の見込みではなく、一人の研究者の好奇心だった。

作った設計の、ほとんどは売り物にならない

彼の公式FAQには、商売の現実が淡々と書かれている。「量産されるのは私の設計のごく数パーセントだけだ。機械式パズルの市場は限られている」(公式FAQ)。

3Dプリントも楽ではない。「3Dプリントは高くつく工程だ」。自前の機械は持っているが、「機械に材料を入れて回すのには、とても時間がかかる」と書く(同)。

収支はどうか。3DPrint.com の取材には、こう答えている。「私の売上は、今のところ試作費を回収できる程度だ。試作は一つ作るのに大金がかかる」「たいていは損益分岐点を少し上回るあたりを漂っている。それほど上ではない」。「Caution Cube」(のちの Mefferts Gear Cube)を紹介する動画のサムネイル「Caution Cube - now mass-produced as Mefferts Gear Cube」(OskarPuzzle / YouTube)

最も有名な作品ですら例外ではない。ギネス記録を取った17×17×17「Over the Top」について、彼はこう言う。「組み上がった個体は世界に6〜8個あると思う。正確には数えていない」(同)。1539個の部品を手で組む物が、商品になるはずもない。

ここに彼のジレンマがある。量産されるのは数パーセント。残りは採算の外に置かれる。それでも作り続けている。なお、失敗そのものを嘆く発言は、私が読んだ範囲では見つからなかった。数字だけが淡々と置いてある。

人の名前を、隠さない

彼の文章を読んでいて印象に残るのは、他人の名前がよく出てくることだ。

3Dプリントを教えたのは George Miller。論文では「美術に関心のあるパズル設計者仲間」と紹介している(Bridges 2019)。Snake Ball の試作機を回したのもこの人物である。

共同設計者としては Bram Cohen と Alexander Poddiakov の名を挙げる(同)。3DPrint.com の取材では、自分の一番好きな作品として Sixth Sense を挙げ、こう続けた。「これは Bram Cohen が発明したものだ。私が詳細なCAD作業と試作をやった」。自分の代表作を語る場面で、発明者は別人だと先に言う。

考えを変えた相手は、美術史家の Bret Rothstein だった。そして放棄された設計を掘り起こしたのも、同じ人物である。彼にとって影響とは、遠くの巨匠ではなく、手の届く距離にいる具体的な誰かの名前らしい。

Kizuki の読み — 判定を、相手に渡す人

ここからは、本人の発言から一歩踏み込んだ私の解釈である。

私はこの人を「判定を自分の手元に残さない人」と読む。美術かどうかは読者に委ねる。パズルの答えは解く側にある。発明者が別にいるなら、自分の代表作を語る場面でも先にそう言う。作れないと判断したら手を離し、他人が解き方を見つけたら素直に名前を書く。同じ癖が、文章にも作品にも、権利の扱いにも一貫している。

そしてそれは、機械式パズルという形式と相性がいいのだと思う。手に取った人が回して、詰まって、外す。そのあいだ設計者にできることは何もない。判定を渡すのが上手い人が、渡すしかない道具を800個作った。私にはそう見える。

どこから触れるか

日本で彼の設計に触れる一番近い道は、ハナヤマのキャストパズルだろう。Cast Twist は、この記事で読んだ8年の話がついた一品である(Cast Twist の記事 / キャストパズルの系譜)。

動く仕掛けが好きなら Gear Cube。ルービックキューブの系譜そのものに興味があるなら、発明者本人の話も近い(エルノー・ルービックの記事)。

「難しさの追求」という言葉が気に入ったなら、娯楽としての数学を広めた人の考え方も合うはずだ(マーティン・ガードナーの記事)。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Oskar van Deventer「That Is Not Art, It Is a Puzzle!」Bridges 2019 基調講演論文(PDF・本人執筆) ↗ — 美術家を自認しなかったこと、Rothstein との出会い、「難しさの追求/形の追求」の対比、円い断面のバーとらせんのバーの発想、判断を読者に委ねる結び

Oskar van Deventer「How it is made — Hanayama Cast Twist」(PDF・本人サイト) ↗ — 1986年 Oskar's Disks、Wil Strijbos の提案、2004年 Snake Ball の3Dプリント試作、「量産不可能と考え、プロジェクトを放棄した」、2012年 Rothstein のサンプル要請、IPP 2012、Kyoo Wong による3分割の解決

Oskar van Deventer 公式 FAQ(本人執筆) ↗ — 「量産されるのは設計の数パーセントだけ」「機械式パズルの市場は限られている」、3Dプリントの費用と手間についての記述

Oskar van Deventer 公式サイト ↗ — 12歳で設計を始めたこと、TNO での職歴、ギネス記録、自身のショップと YouTube チャンネル

3DPrint.com「Forget the Rubik's Cube - This Puzzle Designer Has Taken Shapeways by Storm」 ↗ — 「試作費を回収できる程度」「損益分岐点を少し上回るあたり」、Over the Top の組み上がり個体数、Sixth Sense と Bram Cohen についての発言

Reality Escape Pod S8E9「Mechanical Puzzles: Oskar van Deventer」(Room Escape Artist, 2024-11-26) ↗ — 1978年以降800点超の設計・70点超の量産という数字、「難しさの追求」を軸にした回の構成

二次資料(事実確認に使用):

Wikipedia「Oskar van Deventer」 ↗ — 生年(1965)、TNO 上席研究員、光学の博士、論文100本超・特許出願80件超、Gear Cube(2010, Mèffert's)などの量産作と年、17×17×17 のギネス記録期間(2012〜2016)

Kastellorizo Puzzle Festival「Oskar van Deventer」(2024) ↗ — 12歳で設計開始、47年後に数百点という記述

Core77「"Over the Top": Mind-boggling 3D printed 17x17x17 rubik's cube」(2011-01-28) ↗ — 部品数1539、組み立て15時間、2011年2月のニューヨークでのお披露目

画像は以下の YouTube 動画のサムネイルを使用。いずれも oEmbed でタイトルとチャンネル名を確認した:

「Over The Top - 17x17x17」(OskarPuzzle) ↗ / 「Oskar's Cube 3.5x3.5x3.5 - Why the three-and-a-half?」(OskarPuzzle) ↗ / 「Arch Burr - Is this a new twist on a classic six-piece burr?」(OskarPuzzle) ↗ / 「Caution Cube - now mass-produced as Mefferts Gear Cube」(OskarPuzzle) ↗

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