DESIGNER-STUDY · 2026-09-10

Will Shortz の哲学 — 難しくしていいのは、フェアでいられるところまで

ニューヨーク・タイムズ クロスワード / NPR サンデー・パズル / 全米クロスワードパズル選手権

Will Shortz の設計思想を一言でいうと?

「難しくしていいのは、フェアでいられるところまで」。これが Will Shortz(ウィル・ショーツ)の設計思想である。彼はニューヨーク・タイムズのクロスワード編集者で、1993年から30年以上ほぼ毎日パズルを出してきた。金曜と土曜のクルーは「フェアである範囲で、できるだけ難しく」作る。本人の仕事ぶりを取材した記事が、彼の方針をそう説明している(UVA Lawyer 2005年秋 原典 ↗)。

もう一本の柱は、なぜ人はパズルを解くのか、という答えのほうにある。「私たちがパズルを解く理由の一つは、世界に秩序を与えるためだ」と彼は講演で語った。「人生の問題のほとんどには解がない。私たちはただやり過ごし、できる範囲で最善を尽くすだけだ。クロスワードには、完璧な解がひとつある」(The Chautauquan Daily 2023年7月 原典 ↗)。

この記事では、本人のインタビュー・講演・放送を10本読んだ上で、哲学・こだわり・失敗談・ジレンマ・影響源を並べる。作品の紹介ではなく、人物そのものへの考察である。

Will Shortz とは、何をしてきた人か?

1952年8月26日、米インディアナ州クロフォーズビル生まれ。1974年にインディアナ大学で学士号を取っているが、専攻が変わっている。自分で設計した「エニグマトロジー(謎学)」である。本人はこう言う。「私は世界で唯一の、パズルの大学学位を持っている」(NPR 2023年11月12日 原典 ↗)。

進路の決定は早かった。「8年生のとき、人生で何をしたいかという作文を書かされた。私はプロのパズル作家と書いた」(同)。エニグマトロジーという語についても補足している。「古い言葉だ。もとは謎の研究という意味で、18世紀までさかのぼる」。

1977年にヴァージニア大学ロースクールを修了した。弁護士にはならず、パズル誌 Games の編集者になる。1978年に全米クロスワードパズル選手権を創設。1987年からは NPR のラジオ番組「サンデー・パズル」のパズルマスターを続けている。ニューヨーク・タイムズのクロスワード編集者に就いたのは1993年10月である。YouTube動画「Will Shortz: An Evening with the Puzzle Master」(チャンネル: umnLibraries)のサムネイル動画「Will Shortz: An Evening with the Puzzle Master」のサムネイル(YouTube / umnLibraries)

彼が編集している形式そのものは、彼より40年古い。クロスワードは1913年にアーサー・ウィンが新聞の余白に載せた菱形のマス目から始まっている(クロスワード(1913))。Shortz の仕事は、発明ではなく、その形式を毎日出し続けることのほうにある。

良いパズルは、解き手に何をするべきなのか?

彼の答えははっきりしている。解かせる。ただし、簡単には解かせない。「パズル作家の目標は、あなたにパズルを解かせることだ。ただし、苦労したあとで」(Index Magazine 1998年6/7月号 原典 ↗)。

同じインタビューで、彼はその先も語っている。「パズル作家は最後の最後まであなたの脳をひねりたい。そしてついにあなたは理解し、マスを全部埋める。そのときにいちばん大きな満足が来る」。満足は答えそのものではなく、直前まで引き延ばされた抵抗から出てくる、という設計観である。

だから難易度は曜日で傾けてある。「難易度は上がっていく。月曜は易しめから中くらい。そして土曜には極端に難しくなる」(同)。1998年の説明が、いまも同じ形で続いている。

重要なのは、その傾斜に上限が付いていることだ。取材記事の説明によれば、月曜のクルーは新鮮さを保てる範囲でできるだけ易しく、金曜と土曜はフェアである範囲でできるだけ難しく作られる(UVA Lawyer 2005年。ここは本人の言葉そのままではなく、記者による記述である)。難易度は独立した目盛りではない。上限が先にあり、難易度はその下でだけ動く。YouTube動画「Will Shortz Reveals How To Master The New York Times Crossword Puzzle」(チャンネル: Business Insider)のサムネイル動画「Will Shortz Reveals How To Master The New York Times Crossword Puzzle」のサムネイル(YouTube / Business Insider)

難しさの作り方も、彼は分解して語っている。「いちばん重要なのはパズル自体が持つ難しさだ。珍しい語を使うクロスワードは難しくなる。黒マスが少なく白マスが多いクロスワードは、語が長くなるぶん難しい」(同)。クルーの言い回しだけでなく、盤面の密度そのものが難易度になるという整理である。

彼が20年以上、同じ調子で言い続けているのは何か?

一つめは語彙の新鮮さである。「私が探しているのは、新鮮で色のある語彙だ。タイムズの読者に広く知られているもの」(Virginia Law Weekly 2018年1月24日 原典 ↗)。良いパズルの語彙を彼はこう言う。「現代的で、生き生きしていて、色がある。10年前のパズルには出てこなかったもの」(同)。

二つめは、その裏返しの嫌悪だ。「クロスワード語とは、実生活ではなく、主にクロスワードで覚える語彙のことだ」(同)。1998年にはもっと強く言っている。「くだらない難解さは好きではない。ほかは素晴らしいパズルの中に『ルーマニアの全長50マイルの川』のようなクルーがあれば、その隅を作り直してでも取り除く」。

三つめは、難解さとひっかけを別扱いすることである。珍しい語で難しくするのは嫌う。だが誤解させるのはよしとする。「私は使えるミスリードの機会を全部使う」(CBS News 2011年10月12日 原典 ↗)。

四つめは、義務で解くなという態度だ。「体にいいと思ってパズルを解くべきではない。それは退屈だから」(Virginia Law Weekly 2018年)。彼が講演で言った「一日じゅう仕事で脳を使うなら、終わったあとは脳で遊びたくなる」(The Chautauquan Daily 2023年)とも、そのままつながる。

この4つは並べると一本の線になる。パズルは訓練ではなく娯楽であり、娯楽である以上、退屈な語彙で難しくしてはいけない、という線だ。

本人が公に認めている失敗は何か?

一つめは、若い頃の難易度の読み違いである。Games 誌時代を彼はこう振り返る。「読者は難しいパズルを望んでいた。だから思ったんだ、そんなに難しいのが欲しいならどれだけ難しくできるか見せてやろうと。全部を本当に難しくしはじめた。そうしたら、今度は逆向きの手紙が来た」(UVA Lawyer 2005年)。

この失敗の中身は「難しすぎた」ことではない、と読める。読者の言葉をそのまま実装したことのほうだ。難しさが欲しいという要望と、実際に楽しめる難しさは、同じ量ではなかった。

二つめは2019年1月1日のクロスワードである。掲載された答えの一つが、メキシコ系アメリカ人への蔑称だとして批判を受けた。最初の説明で彼はこう述べた。「作者も私も、その蔑称をそれまで聞いたことがなかった。使う人も知らない。たぶん我々は特殊な環境にいるのだろう」。この釈明自体が、さらに強い批判を招いた(NBC News 2019年1月 原典 ↗)。

数日後、彼は NPR の放送で言い直している。「その通りです。あの答えを入れたのは間違いでした。確かに侮辱的です。そして私は個人的に謝罪します」(NPR 2019年1月6日 原典 ↗)。

私が目を留めるのは、二度目の発言に説明が一つも付いていないことだ。事情も背景もない。四つの短い文だけである。普段の彼は言葉の正確さにこだわる人で、「私が言っているのは言葉の精度の話だ」とクルーの誤りについて語ってもいる(Virginia Law Weekly 2018年)。その精度が、ここでは自分の謝罪に向いていると読める。

彼はどこで板挟みになっていると語っているか?

一つめは、嫌いなものを使わざるを得ない場面である。クロスワード語を嫌う人が、その必要性も認めている。「作家として隅に追い詰められる。素晴らしいパズルができているのに、たとえば OONA を使わなければならない。自分のパズルに OONA は入れたくない。でも私はそれを、家を建てるときのモルタルのようなものだと考えている」(Little Village 2013年9月10日 原典 ↗)。

二つめは、クロスワードは試験なのか遊びなのか、という線引きだ。彼は解き手の側の見方を「クロスワードはゲームではない、テストだ」と紹介したうえで、自分の立場を置く。「私にとってクロスワードはゲームでもある。クルーにも、テーマにも、ひっかけがある。それが現代のクロスワードの一部だ」(同)。

三つめは、変えることと守ることである。「1993年に始めたときはずいぶん批判された。前任者より36歳若く、作風が変わり、私は文化的な参照の幅を広げたかったからだ」(同)。そして同じインタビューで、彼はこうも言っている。「数週間前にも、前任者の時代を懐かしむ不満な解き手から、丁寧な手紙をもらったところだ」。YouTube動画「Will Shortz & the Puzzling Sport of Crosswords (Full Segment) | Real Sports w/ Bryant Gumbel | HBO」(チャンネル: HBO)のサムネイル動画「Will Shortz & the Puzzling Sport of Crosswords」のサムネイル(YouTube / HBO)

この三つめについて、彼の答えは変えるほうに寄っている。「商品名やブランド名は生活の一部で、クロスワードは生活を映すべきだ」「言葉と文化がゆるくなったのだから、クロスワードも変わるべきだ」(Virginia Law Weekly 2018年)。ただし、それで手紙が来なくなるわけではない、とも言っている。ジレンマは解消されずに続いている。

彼は誰の影響を受けたと言っているか?

本人が名前を出しているのは、まず母である。「母は物書きだった。だから言葉好きは母から来ていると思う」(Virginia Law Weekly 2018年)。

次にロースクールである。彼は弁護士にならなかったが、その3年の使い道をはっきり言葉にしている。「ロースクールの最大の恩恵は、複雑な問題を分解して、解けるまで部分ごとに扱う方法を学んだことだ」(UVA Lawyer 2005年)。パズルの解き方の説明としても、そのまま読める。

三つめは、前任者から受け継ぐと決めたものだ。作家 A.J. Jacobs によれば、タイムズの編集者に応募した面接で、Shortz はまず変えないものから話したという。「最初に私は、変えないものを伝えた。それはパズルの知的な厳格さだ」(Experimental Living(A.J. Jacobs)2026年7月15日 原典 ↗)。

同世代の作り手についても、彼は具体名を挙げている。1998年のインタビューでは David Kahn と Frank Longo を、優れた現役の作家として名指ししている(Index Magazine 1998年)。

Kizuki の読み — 彼は難しさではなく、上限のほうを設計している

ここからは私 Kizuki の解釈である。本人が言っていないことを含む。

私はこの人を「難しさを作る人」ではなく「難しさの上限を決める人」と読む。彼の発言の中で、難易度が単独で出てくることはほとんどない。いつも隣に条件が付いている。易しくするときは新鮮さを保てる範囲で、難しくするときはフェアである範囲で、という具合だ。上限が先にあって、難易度はそこに合わせて動く。曜日の傾斜も、上限の位置を7段に置き直しただけに見える。

この読み方をすると、2019年の謝罪の短さも同じ形に見えてくる。フェアの線を引くのが仕事の人が、自分の引いた線の外側を見落とした。線を引く人の失敗には、事情の説明が効かない。だから二度目は説明を全部落としたのではないか。これは私の推測であり、本人はそこまで語っていない。

最後に、私の癖で年代を突き合わせておく。1998年の「くだらない難解さは好きではない」と、2013年の「OONA はモルタルだ」は、そのままでは並ばない。除きたいと言ったものを、必要だと認めているからだ。ただ私は、この15年の差を後退とは読まない。週7本を切らさずに出す立場になった人が、理想と現実の間に置いた線引きだと読む。

どこから触れると、この人が分かりやすいか?

まず月曜のニューヨーク・タイムズ クロスワードを解いてみるのがいい。新鮮さを保てる範囲でできるだけ易しく、という設計がそのまま形になっている。土曜まで通しで解くと、上限の移動を体で確認できる。

次に NPR「サンデー・パズル」を聴くこと。ラジオという制約に対する彼の解き方が面白い。「ほとんどのパズルは書かれたものだ。ラジオではそれができない」「一つひとつの出題は、頭の中に保持して考えられるものにする」(NPR 2023年11月12日)。紙を前提にしないパズル設計の実例として読める。

同じ方向の記事なら、パズルを娯楽として日常に置いた人として鍜治真起(ニコリ)を、読者に対する配慮を設計にした人としてマーティン・ガードナーを並べて読むと、輪郭が出る。形式そのものの歴史はクロスワード(1913)にある。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Index Magazine インタビュー(1998年6/7月号)

UVA Lawyer「Will. Shortz '77. Writes. One. Word. At. A. Time」(2005年秋)

CBS News「Are computers killing crossword puzzles?」(2011年10月12日)

Little Village「Outside the box: An interview with Will Shortz」(2013年9月10日)

Virginia Law Weekly「Transcript of Will Shortz Interview」(2018年1月24日)

NPR Weekend Edition(2019年1月6日・謝罪の放送分)

NBC News(2019年1月・最初の説明とその批判)

The Chautauquan Daily(2023年7月・本人講演の記録)

NPR「NPR's puzzle master Will Shortz puts the pieces of his life together for us」(2023年11月12日)

Experimental Living(A.J. Jacobs)「7 Things I Learned From Will Shortz」(2026年7月15日)

Wikipedia「Will Shortz」(生年・学位年・就任年など経歴の年次確認のみに使用)

映像(画像として使用):

「Will Shortz, master of puzzles and ping pong」(YouTube / CBS Sunday Morning)

「Will Shortz Reveals How To Master The New York Times Crossword Puzzle」(YouTube / Business Insider)

「Will Shortz & the Puzzling Sport of Crosswords (Full Segment) | Real Sports w/ Bryant Gumbel | HBO」(YouTube / HBO)

「Will Shortz: An Evening with the Puzzle Master」(YouTube / umnLibraries)

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