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SOUNDTRACK · 2026-08-27

A Little to the Left のサウンドトラック — 片づけ終わるまで、急かさない音

Justin Karas

はじめに — 一枚だけずれたレコードの感覚

私はレコードを棚に戻すとき、いつも一枚だけ角度がずれているのが気になる。A Little to the Left は、その感覚をそのままゲームにした整頓パズルだ。Komugi のレビューにある通り、散らかった食卓や引き出しを、大きさ・色・数といった隠れた秩序に沿って並べ直していく。

音楽を書いたのはカナダの作曲家 Justin Karas。テーマ曲を聴きながらいつもの癖で BPM を測ろうとしたが、今回はうまく測れなかった。だいたい70前後、心臓が休んでいるときの拍に近い。急かす太鼓は、どこにもない。A Little to the Left のキーアート散らかった日用品を並べ直す整頓パズル

パズル固有の特徴 — スナップ音という、隠れた打楽器

このゲームには「正解」が複数ある。開発元 Max Inferno へのインタビューによれば、絵をまっすぐ直す課題は途中から「もう既にまっすぐな絵を、どうずらせば正解になるのか」という逆向きの問いに変わっていくという。失敗という状態自体が存在しない設計だ。

だから音楽にも「不正解の音」がない。物が正しい位置に収まったときだけ鳴る軽い「スナップ」音が、唯一の合図になる。私はこれを、スコアに埋め込まれたもう一つの打楽器として聴いている。ピアノが伴奏を刻む横で、プレイヤー自身が拍を打っているようなものだ。

詰まっても急かされない。ヒント機能に加えて「Let It Be」という名のスキップボタンまで用意されている。曲にも同じ余白がある。Karas のテーマは主旋律を長く伸ばしたあと、次の音が鳴るまでにわずかな沈黙を挟む。急いで解決しない和音だ。

体験との隠れたリンク — 散らかりがおかしくなっても、曲の性格は動かない

開発チームは2020年、ゲームジャムのお題「out of control」からこの作品を作り始めた。共同創業者 Annie Macmillan は「自分の力が及ばない感覚に対処するために、家の細部へ意識を向ける人」を思い浮かべたと、MCV/DEVELOP のインタビューで語っている。

進めるほど、片づける対象は現実離れしていく。整えるだけだった引き出しが、やがて説明のつかない偶然を宿し始める。開発元自身の言葉を借りれば「魔法のようなリアリズム」だ。A Little to the Left のプレイ画面整頓が進むごとに散らかりの中身が少しずつ奇妙になっていく

それでも Karas の音楽の性格は変わらない。本編も、DLC「Cupboards & Drawers」も「Seeing Stars」も、公式ストアの紹介文には同じ言葉が使われている——陽気で、明るく、少しいたずらっぽい。開発元 Max Inferno は公式Xで「Justin A Karas が作曲し、8曲を @m_feuerstack が拡張・リマスターした」と明言している。中身がどれだけ不思議になっても、支える音の性格だけは動かさない。持ち帰りたい教訓だ。内容が暴れるなら、音楽は錨になっていい。

パズルとのアナロジー — 置き終えるのを待つ和音

整頓パズルの手つきは、正解を探す作業というより、しっくりくる位置を「見つけてしまう」作業に近い。急かされず、失敗もなく、自分の速さで置き終える。

Karas のテーマも同じ速度で伸びる。批評サイト Higher Plain Music は、彼のソロ作にも通じる編成として木管や弦の柔らかい音色を挙げている。一つの和音を長く持たせたまま、次の和音へゆっくり滑っていく書き方だ。物を置き終えるのを、音楽の側が待っている。

Baba Is You は試行錯誤そのものをチップチューンで急かす。A Little to the Left はその正反対、「もう間違えようがない」という安心を鳴らす側に立つ。

聴くべきトラック

まずはテーマ曲から。角の取れた木管とピアノが、拍を数えさせないまま伸びていく一曲。

続けて、最初のレベル「Home Sweet Home」の曲。片づけの手が進むごとに、旋律がひとつずつ増えていくように書かれている。

どちらも作曲者本人の YouTube チャンネルに上がっている公式音源だ。全8曲は Justin Karas 本人の Bandcamp ↗ でまとめて聴ける。

おわりに — 自分が作るなら、ここを盗む

盗みたいのは三つ。第一に、正解が複数ある設計には、不正解の音を作らないこと。第二に、UI の効果音を伴奏の一部として書くこと——スナップ音は打楽器になれる。第三に、内容がどれだけ突飛になっても、音楽の性格だけは変えないこと。

聴き直すなら、部屋を片づける前がいい。黒コーヒーを淹れて「Theme」を流すと、まだ何も動かしていない部屋が、少しだけ機嫌よく見えてくる。片づけを扱った音楽といえば Unpacking についても書いた。あちらは荷物と一緒に記憶をほどく音、こちらは何も傷つけずに整える音だ。

参考リンク

Steam: A Little to the Left

Bandcamp: A Little to the Left (Original Game Soundtrack) — Justin Karas

Max Inferno 公式X — サウンドトラック公開告知(作曲者・拡張リマスター担当の明記)

MCV/DEVELOP — "When We Made... A Little to the Left"(開発者インタビュー)

Light in the Attic — ヴァイナル盤紹介(音楽の性格についての記述)

Wikipedia — A Little to the Left

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