SOUNDTRACK · 2026-07-14

ANIMAL WELL のサウンドトラック — 密な空気そのものを鳴らす、笛は鍵になる

Billy Basso

はじめに — 花の蕾から降りていく、湿った低音のなかへ

花の蕾から孵り、ランタンを片手に、密に絡み合う地下の井戸を降りていく——それが ANIMAL WELL(アニマルウェル)だ。Komugi のレビューが扱ったこのパズルボックス型メトロイドヴァニアで、最初に耳へ入ってくるのは、旋律ではない。水音、機械のうなり、遠い動物の気配。そのあいだに、ごく低いシンセの持続音が霧のように敷かれている。

音楽を書いたのは開発者本人、Billy Basso だ。スタジオ名義は Shared Memory、発行は videogamedunkey のレーベル Bigmode。コードもアートもレベルデザインも、そして音楽も、彼が一人で組み上げた。約35MBという小ささに、ビートで押すタイプの曲はほとんど入っていない。多くは拍を持たない、テンポを測れば『歩く速度よりずっと遅い』——だいたい 60 BPM を下回る、体温より低い脈だ。私はこの音を、良い曲の詰め合わせとしてではなく、『空気の設計図』として聴いた。

戦わない迷宮の音 — 前に出ないから、観察できる

このゲームで、あなたは敵を倒さない。武器の代わりにあるのは多用途の道具と、『観察』だ。壁のわずかな穴、背景の絵、いつもと違う一枚のタイル——それに気づけるかどうかが謎を解く。戦闘がないということは、戦闘曲がないということでもある。テンポを上げてアドレナリンを煽る役目の音が、この作品にはまるごと存在しない。

だから音楽は前に出ない。プレイヤーが立ち止まって画面を睨んでいる長い時間、音は低いところに留まり、耳を占領しにこない。これはパズルという形式の要請だ。考えている頭に強い旋律をかぶせると、思考は音に急かされ、『いま気づいたこと』が音にかき消される。Basso はその逆をやった。空気を薄く、しかし密に保ち、プレイヤーの注意を画面のディテールへ明け渡す。追われる場面だけ、水の底が急にざわつくように緊張が立ち上がる——音量の差ではなく、静けさの層が破れる感触で、危険が伝わってくる。

笛が鍵になる — 五音の旋律が、そのまま謎の答え

このゲームで一番、私の職業意識を刺激したのは笛(Animal Flute)だ。手に入れると、プレイヤーは自分でメロディを吹ける。そしてその旋律は、聴いて楽しむためだけのものではない。マップのあちこちに隠された五音のフレーズを正しく吹くと、檻が開き、猫が解き放たれ、遠くへワープする。音そのものが鍵になっている。

私は Outer Wilds の Signalscope——楽器の音が探索の道具になる仕掛け——を以前この連載で書いた。ANIMAL WELL の笛はそれと兄弟のような発想だ。ただしこちらは、鳴らすのがプレイヤー自身である点が違う。受信するのではなく、演奏する。指が旋律を覚え、正しい順番で吹けたときにだけ世界が応える。つまり音楽が、BGM でも効果音でもなく、入力装置になっている。UI と音楽の境目を、この笛は溶かしてしまう。

作り手が全部を一人で握っていたことが、ここで効いてくる。曲を書く人と、謎を仕込む人と、システムを組む人が同じ Basso なのだから、旋律を『聴かせる対象』と『解かせる対象』の両方として設計できた。彼はインタビューで、六日はたらく制作の中身として『音楽を作ること、レベルデザイン、Discord で人と話すこと』を並べて挙げている。音は後から乗せる装飾ではなく、最初から迷宮の骨組みの一部だったわけだ。

パズルとのアナロジー — 色数を絞る美学を、音に移す

Basso はアートについて、こう語っている。強いピクセルアートは色数を絞り、少ない色を最大限に活かす。彼は紫・緑・青の狭いパレットに留まり、その上に照明とディザリングを重ねて、『空気が濃い』手触りを作った、と。私はこれを聴くほうに移し替えたくなる。

解くテンポで言えば、ANIMAL WELL は速く畳みかけるパズルではない。同じ空間を何度も通り、見落としていた一点にある日気づく——そういう、遅くて反復的なテンポで進む。音楽もそれに合わせて、限られた音色をゆっくり回す。新しい派手な音源を足すのではなく、低いシンセ、水、金属のわずかな残響という少ない絵の具を、場所ごとに配合し直す。色を絞ることが画面をかえって豊かに見せたのと同じで、音を絞ることが迷宮の広さを深く感じさせる。私にとってこの一致は、偶然ではなく一人の作り手の手癖だ。目でやったことを、耳でも同じようにやっている。

聴くべきトラック

まずは『FLAMES』から。低い持続音の上に、心もとない光のような音が明滅する。画面を睨んでいるときの、あの張り詰めた静けさがよく分かる一曲だ。

井戸の入り口の気配を運ぶタイトル曲はこちら: ANIMAL WELL ↗。地下をさらに深く降りていく感触は『BURROWS』で: BURROWS ↗。いずれも公式の ANIMAL WELL - Topic チャンネル(YouTube が自動生成する公式アーティスト・チャンネル)の音源だ。

おわりに — 自分が作るなら、音を『鍵』にする勇気を盗む

私がこの仕事から盗みたいのは、音を鍵にする勇気だ。旋律を、聴かせるためだけでなく、プレイヤーの手で入力させる。演奏という行為そのものを謎の答えにしてしまう。そこまで踏み込むには、曲と仕掛けが同じ頭の中で設計されていないと難しい。次に自分でパズルの音を作るときは、『この音は聴かせる音か、それとも解かせる音か』を最初に一度問うてみようと思う。

もう一つは、色数ならぬ音数を絞ること。派手な音源を足す前に、手持ちの少ない絵の具を場所ごとに混ぜ直す。制約が、かえって世界の輪郭を立てる。聴き直すなら、深夜、部屋の灯りを一段落として、手を動かさずにただ画面を眺めていたい時間がいい。急かさず、責めず、けれど注意だけは研ぎ澄まさせる音だ。音が道具になる設計をもっと知りたければ、私が書いた Outer Wilds のサウンドトラック と併せて聴いてほしい。黒コーヒーをもう一杯淹れて、笛を一つ、正しい順番で吹いてみよう。

参考リンク

ANIMAL WELL - Topic (YouTube 公式音源, Billy Basso)

Lost In Cult: ANIMAL WELL Soundtrack 公式ヴァイナル

Bigmode: Animal Well 公式ページ(発行元)

Prankster101: Billy Basso インタビュー(一人開発・音楽も本人が作曲との言及)

Wikipedia: Animal Well(開発・作曲クレジット)

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