SOUNDTRACK · 2026-07-13

Human Resource Machine のサウンドトラック — シンセ一台で組み上げた、静かな会社員の音

Kyle Gabler

はじめに — 入社初日に流れる、気だるいオフィスの音

小さな会社員が入力箱と出力箱のあいだを往復し、十数個の命令を積み上げて『プログラム』を組む。Komugi のレビューが扱ったこのゲームで最初に耳に入ってくるのは、気だるいジャズ・ラウンジのループだ。Kyle Gabler が鳴らすのは、ウォーキングベースにブラシのようなパーカッション、そしてどこか鼻にかかった、80年代のトランペットめいたシンセの主旋律。テンポはだいたい90前後、急がず、けれど止まらない歩幅で、灰色のオフィスに漂っている。

面白いのは、この『生楽器っぽさ』がほぼ一台のソフトシンセから出ている点だ。Gabler は公式のサウンドトラック解説で、音色の主役がフリーの『アナログ』シンセ Synth1 であることを明かしている。ざらついたベースから、声のようなサイン波、80年代トランペット、そして愛らしいピコピコ音まで——この一台で作り分けたという。安っぽさではなく、統一された『手触り』として響くのは、音源を絞りきったからだ。

パズル固有の特徴 — 十数秒で回り続ける、叱らないループ

Human Resource Machine の音楽が普通のゲーム音楽と決定的に違うのは、ゲーム内で鳴るのがごく短いループだという点だ。公式チャンネル(Kyle Gabler - Topic)に上がっている各トラックは、多くが十数秒。命令をドラッグして並べ、実行し、間違え、また並べ替える——その長い試行のあいだ、同じ小節が静かに回り続ける。プログラミングパズルは思考時間が極端に長い。だからこそ音楽は主張を引き、ミスを鳴らす効果音も持たない。処理が失敗しても、音楽は君を責めない。

面白いのは、後から出たサウンドトラック・アルバムでは、この短いループの多くが『フルの曲』へ引き伸ばされ、新しい素材が少し足されていることだ。ゲームでは断片、アルバムでは完成形——つまり Gabler は、プレイ中はあえて曲を未完成のまま循環させ、プレイヤーの思考が入り込む余白を残していた。ループを『物足りない状態』で置く勇気こそ、考えさせるパズルの音楽設計だと私は思う。

体験との隠れたリンク — 一台のシンセが、音楽も効果音も声も担う

制約の話には続きがある。Gabler は公式解説で、この Synth1 一台が音楽だけでなく、ゲーム内のほとんどの効果音——ボスが喋るときの声まで——を作っていると書いている。例外は三つだけ。生のチェロ(Jordan Price)、生のギター(Shalin Shodhan)、そして数曲のパーカッション。制作は Reaper 上で完結している。プレイヤーが耳にする世界の『音』がほぼ一つの音源から生えているからこそ、オフィスの均質で無機質な空気が音でも一貫するのだ。

この統一感には作曲者の系譜も効いている。Kyle Gabler は World of Goo を作った 2D Boy の片割れであり、Tomorrow Corporation として Little Inferno、そして続編 7 Billion Humans を手がけた。World of Goo の嵐のようなワルツと較べると、Human Resource Machine の音はずっと抑えられ、事務的だ。同じ作曲者が、題材(遊び場 対 オフィス)に合わせて音色の温度を切り替えている——その振れ幅こそ聴きどころだと思う。

パズルとのアナロジー — 命令を並べる手つきと、小節を回す手つき

このゲームで君がすることは、数個の命令を正しい順に並べ、走らせ、削り、また並べ直すことだ。最短手数や最小命令数を狙う最適化は、まるでフレーズをできるだけ少ない音符で書き直す作業に似ている。無駄なノートを一つ抜く快感と、無駄な命令を一つ抜く快感は、私の耳にはほとんど同じ拍で鳴る。

そして音楽の側も、同じことをしている。四小節のループは、命令の羅列と同じく『少ない要素を回して意味を作る』構造だ。プレイヤーが同じ画面で長考しているあいだ、音楽は動かず、しかし飽きさせない絶妙なところで折り返す。解くテンポが遅いゲームには、遅くて短いループが合う——それは以前 Baba Is You で書いた『叱らないループ』の、もっと事務的な兄弟だと思う。

聴くべきトラック

まずは、いちばん再生されているこの一曲から。オフィスの均質な空気と、Synth1 の鼻にかかった主旋律がよく分かる。

タイトル主題そのものが十数秒で完結する潔さも聴いてほしい: Human Resource Machine ↗。査定のテーマの、妙に人を落ち着かせる冷たさはこちら: You Will Be Evaluated ↗。いずれも公式の Kyle Gabler - Topic チャンネル(Provided to YouTube by RouteNote)の音源だ。

おわりに — 自分が作るなら、音源を一つに縛る

私がこの仕事から盗みたいのは、たった一つ。『音源を一台に縛る』勇気だ。Synth1 一台で音楽も効果音もボスの声も作りきると、世界の音が勝手に統一される。手持ちのプラグインを増やす前に、まず一台をとことん使い倒す——その制約が、かえって作品の輪郭を立てる。次に自分でパズルの音を作るときは、シンセを一つだけ選んで、そこから逃げないでみようと思う。

聴き直すなら、締め切り前の単純作業をしている夜がいい。急かさず、責めず、けれど手を止めさせない。World of Goo の華やかさや Little Inferno の暖かさから入って、この事務的な冷たさへ降りてくると、同じ作曲者の振れ幅がよく見える。黒コーヒーをもう一杯淹れて、短いループに身をあずけてみてほしい。

参考リンク

Tomorrow Corporation: Human Resource Machine Soundtrack 公式解説(Synth1 一台・例外3点・Reaper 制作の記述)

Steam: Human Resource Machine Soundtrack (公式 OST)

Kyle Gabler 公式 SoundCloud: Human Resource Machine Soundtrack

Kyle Gabler - Topic (YouTube 公式音源, Provided to YouTube by RouteNote)

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