SOUNDTRACK · 2026-06-01
Baba Is You のサウンドトラック — 何度間違えても叱らない、小さなループ
Arvi "Hempuli" Teikari
はじめに — タイトルで回り出す、手のひらサイズのループ
メニューに入った瞬間、ピコピコと角の丸い矩形波が、軽い足取りで回り始める。Komugi のレビューが扱ったこの言葉づかいのパズルで、音楽を書いたのはゲームのコード・デザイン・ドット絵・音、その全部を一人で手がけた Arvi 'Hempuli' Teikari だ。聞こえてくるのは数チャンネルのチップチューン。だいたいテンポは中速、120 BPM 前後の小気味よい歩幅で、リードはほんの数音をくるくると往復する。
派手なシンセも生楽器もない。鳴っているのはトラッカーのサンプルだけで、それも豪華に重ねるのではなく、必要な分だけ。タイトルのテーマからして、覚えやすいのに展開は控えめで、すぐ最初に戻ってくる。この『手のひらに乗る小ささ』が、後で効いてくる。
間違いだらけの遊びと、叱らない音 — リトライ設計とループ
Baba Is You は、床に並んだ単語ブロック——BABA IS YOU、WALL IS STOP、FLAG IS WIN——を押して動かし、ルールそのものを書き換えて解くゲームだ。当然、思考は当たって砕けての連続になる。手が滑れば即やり直し(R)、一手戻したければアンドゥ(Z)。一画面で何十回と仕切り直すのが普通の遊び方だ。
ここで音楽を聴き直すと、面白いことに気づく。曲はプレイヤーの成否にいっさい反応しない。詰まっても、失敗しても、解けても、音楽は同じ明るいループを淡々と回し続ける。勝利のスティンガーも、失敗のブザーもない。叱らないのだ。何百回間違えても、音は『大丈夫、もう一回どうぞ』という顔のまま、テンポを崩さない。試行錯誤が罰として響かないのは、この設計のおかげだ。
そしてこの音の出自そのものが、ゲームの手触りと地続きだ。Teikari は OpenMPT というトラッカーで全曲を打ち込み、後にそのプロジェクトファイルを公式 Twitter で配布までしている。ドット絵と最小限のルールでできた手作りの世界に、トラッカーで手打ちしたチップチューンほど似合うパレットはない。ちなみにあのテーマは、2017 年末にトレーラー用の『公式テーマ』を急いで決めねばならず、開発配信中にほぼ偶然できあがった旋律だという。狙って練り上げた大曲ではなく、手元の道具の制約の中から転がり出た一節——その出自の軽さが、何度聴いても重くならない理由の一つだと私は思う。
パズルとのアナロジー — 短い旋律と、短い手数
Baba Is You の解法は、長い計算ではなく『視点の反転』で訪れることが多い。WALL IS STOP の WALL を別の語に差し替えれば壁は壁でなくなる——気づいてしまえば数手で終わる。考えている時間は長くても、解そのものは短い。
音楽の作りが、そのリズムに合っている。リードのフレーズは短く、すぐ最初に戻る。長い起承転結で連れて行く曲ではなく、小さな円環がただ回っている。プレイヤーが画面を睨んで止まっている長考の時間、この円環は前に進みも後ろに退きもせず、同じ場所で軽く回り続ける。そして閃いて数手で片づけた瞬間、音楽は何も変えずにそのまま次の画面へついてくる。解くテンポは飛び飛びで不規則なのに、音はずっと等速。この『プレイヤーの波と音楽の波をあえて同期させない』判断が、私には正解に思える。閃きの波形に音楽がいちいち反応していたら、まだ解けていない時間が急かされて聞こえるはずだ。
聴くべきトラック — テーマと、洞窟の一曲
まずは「Baba Is You Theme」。あの矩形波の主題が、ゲームの顔そのものだ。短く、覚えやすく、すぐ戻ってくる。何百回のリトライに耐えるループとは何か、を耳で確かめるならこの一本でいい。公式音源は作曲者本人(Hempuli)の YouTube チャンネルからの埋め込みだ。
場面ごとの色の付け方を聴くなら「Crystal Is Still - Crystal cave」。洞窟エリアの一曲で、同じチップ音源のまま、少し冷たく落ち着いた響きに振っている。テーマと聴き比べると、限られた音色をどう使い分けて『別の部屋』を描いているかが分かる。→ Baba Is You OST — Crystal Is Still (Crystal cave) ↗
アルバム全体は作曲者本人の 公式 OST 再生リスト(Hempuli)↗ や Bandcamp ↗、Steam の公式 OST ↗ で通して聴ける。
おわりに — 私が盗むなら、勝敗の合図を消すこと
自分の曲に持ち帰るなら、私が盗むのは『勝利と失敗のスティンガーをあえて置かない』判断だ。リトライ前提の遊びでは、音楽が成否を告げないことが、かえって挑戦を軽くする。20 分ループで流しても飽きない、短く友好的な一節を一本書いて、そこから勝ちのファンファーレも負けのブザーも引き算してみる。プレイヤーの感情の起伏は、音楽ではなく『解けた瞬間』そのものに任せる——その引き算が、Baba の音のいちばんの発明だと思う。
もう一つ。豪華に重ねないこと。数チャンネルのトラッカー音源だけで、世界の手作り感とぴたりと揃えてみせた潔さは、機材を増やす前に思い出したい。聴き直すなら、難所で詰まって何度もやり直している、まさにその時に耳をすませてほしい。叱らない音が、ずっとそばで回っているのが分かるはずだ。生成で『壁紙にしない』COCOON とも、無音で迎える Stephen's Sausage Roll とも違う、『軽いループで失敗を罰しない』という三つめの答えが、ここにある。
参考リンク
・Steam: Baba Is You Soundtrack(公式 OST DLC)
・Arvi Teikari(Hempuli)— Bandcamp
・Baba Is You Soundtrack(FLAC & MP3)— itch.io(公式)
・Baba Is You OST — 公式 YouTube 再生リスト(Hempuli)
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