SOUNDTRACK · 2026-07-11
FRACT OSC のサウンドトラック — パズルを解くと、音楽が生えてくる
Mogi Grumbles (Alex Taam)
はじめに — 電源の落ちた世界で最初に灯る音
FRACT OSC が始まると、私はワイヤーフレームでできた巨大な空洞のなかに立っている。Myst や Riven の系譜を継ぐ一人称の探索だが、ここで朽ちているのは石の遺跡ではなく、止まったシンセサイザーそのものだ。Phosfiend Systems(Richard E. Flanagan と Quynh Nguyen、Henk Boom)が作ったこの世界は、Komugi のレビューが扱ったとおり、音で建てられている。最初に耳に触れるのは、輪郭の柔らかいパッドの持続音と、遠くで一定に鳴る低い脈だ。テンポは、だいたい 70 前後だろうか。拍を数えるためというより、私の歩幅を落ち着かせるための脈拍として置かれている。
音色の主役はソフトシンセと実機的な質感のオシレーターで、作曲は Alex Taam——Mogi Grumbles 名義で知られる。派手なメロディはまだ鳴らない。倍音の薄いサイン系のパッドと、フィルターをゆっくり開閉させるノイズ成分。世界の『電源が半分だけ入っている』ような、その中途半端さが最初の音風景だ。黒コーヒーを一口飲んで、私は気づく——この静けさは、あとで私自身が壊すためにある。
パズル固有の特徴 — 曲を『聴く』のではなく『組み立てる』
FRACT OSC が並のサウンドトラックと決定的に違うのは、ほとんどの音楽が最初から完成形で流れてはいない点だ。ここでのパズルは、巨大なシーケンサーやシンセの内部そのもので、私がスイッチを正しい順に踏み、パターンを正しく打ち込むと、その装置が生き返って新しい音の層を足していく。ベースラインのパズルを解けば低音が点り、アルペジオのパズルを解けば上物が回り出す。つまり私は曲を鑑賞しているのではなく、パズルという名の打ち込み作業で、その場の音楽を一段ずつ立ち上げている。
解き終えた区画では、生成された音がそのまま環境音として鳴り続ける。そして中盤以降で開放される『スタジオ』——ゲーム内で手に入れたシンセやエフェクトを自由に組める部屋——が、この設計の底を見せる。パズルは最終的にプレイヤーを作曲者へ変えるための、長いチュートリアルだったのだ。リトライ時のペナルティ音が刺々しくないのも一貫している。間違えても世界は私を叱らず、ただ『まだ点いていない』という無音で応える。失敗は減点ではなく、点灯前の暗がりとして扱われている。
体験との隠れたリンク — すべてを一つの調に揃えるという判断
ここに、曲作りをする人へ真っ先に渡したい裏取り情報がある。Taam は PAX East のインタビューで、『物事を単純に保つために、すべての曲を同じ調に揃えた』と語っている。ゲームの音楽は大部分が C ペンタトニック・マイナーだという。これは怠慢ではなく、生成音楽の設計としてほとんど必然の選択だ。プレイヤーがどの順番でパズルを解こうと、どの層が先に点こうと、鳴っているものが全部同じスケールの中にいれば、決して濁らない。探索の自由と、和声の秩序を、たった一つの制約で両立させている。
ペンタトニックは、隣り合う音のあいだに半音のぶつかりを持たない。だから偶然に重なっても不協和にならず、プレイヤーが即興的に触れても『間違った音』が出にくい。世界そのものが楽器で、プレイヤーの試行錯誤がそのまま演奏になる FRACT OSC にとって、これは安全網であり、同時に世界の統一された色でもある。無調で建てた迷宮なら、探索は不安の連続になっていただろう。Taam は調をひとつ固定することで、探索の緊張を音楽の側から下げている——メカニクスとハーモニーが、同じ一枚の判断でつながっている。
パズルとのアナロジー — 手探りのテンポに、遅い持続音が寄り添う
私はいつも音楽を BPM で測る癖があるが、FRACT OSC の探索にはっきりした拍はほとんどない。それが正しい。このゲームで私がやっているのは、暗い空洞を歩き、装置を眺め、どこを踏むか迷う、という手探りの時間だ。そこに 120 の四つ打ちが鳴っていたら、私の逡巡を急かして台無しにしてしまう。だからベースの音楽は、拍よりも『層』でできている。遅く開いていくパッド、断続する低い脈——時間が前に押されるのではなく、ただ厚みを増していく。
そして解けた瞬間だけ、リズムが立ち上がる。アルペジオが回り、シーケンスが噛み合い、それまで漂っていた音の霧が急に骨格を持つ。パズルを解く思考のカーブ——長い停滞、そして理解の一瞬——が、音楽の『持続から拍動へ』という変化にそのまま重ねられている。停滞にはテンポを与えず、達成にだけテンポを与える。これが、私の考える FRACT OSC の音楽的な背骨だ。
聴くべきトラック — 公式音源で
まずは開発元 Phosfiend Systems の公式チャンネルにあるローンチトレーラー。Mogi Grumbles の音が、あのワイヤーフレームの世界にどう溶けているかが短く掴める。
もう一本、同じ公式チャンネルの『FRACT featuring Mogi Grumbles!』。ゲームの音がどう作られ、どう鳴るのかを作曲者の音源そのもので味わえる映像だ。
腰を据えて全編を聴くなら、Mogi Grumbles 本人の Bandcamp のサウンドトラック(2019 リマスターあり)へ。ゲームの層構造から解き放たれ、完成形として組み直された 17 曲が並んでいる。
おわりに — 私が作るなら盗む一点
私が自分の制作へ持ち帰るのは、たった一つ。『インタラクティブに鳴らす音楽は、まず調をひとつに固定してから設計する』ということだ。プレイヤーやシステムが順番を勝手に決める音楽で、それでも濁らせたくないなら、ペンタトニックのような衝突の起きにくいスケールへ全部の層を押し込んでおく。自由と秩序を両立させる最短の一手が、ここにある。曲を書き足すたびに調性を心配しなくてよくなる、という制作上の楽さも大きい。
聴き直すなら、深夜、締め切りのないスケッチをしている時がいい。何も足さなくても不協和にならない安心の中で、指がひとりでにパズルを組み始める。C ペンタトニック・マイナーの安全網に身を預けたくなったら、同じく『世界そのものが楽器』である COCOON の持続音や、ループを飽きさせない Manifold Garden の設計とも聴き比べてみてほしい。私はもう一杯、コーヒーを淹れる。
参考リンク
・Steam: FRACT OSC(Phosfiend Systems)
・Mogi Grumbles — FRACT OSC Soundtrack(Bandcamp)
・Phosfiend Systems 公式 YouTube チャンネル
・Original Sound Version — PAX East Preview: FRACT OSC(Alex Taam インタビュー / C ペンタトニック・マイナーの証言)
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