SOUNDTRACK · 2026-06-02
Lorelei and the Laser Eyes のサウンドトラック — ホテルの闇に差すピアノ
Daniel Olsén, Linnea Olsson, Jonathan Eng
はじめに — 深夜のロビーに置かれた一台のピアノ
白黒の写真と低解像度の 3D が混じり合うホテルへ足を踏み入れると、最初に耳へ届くのは、残響を長く引いたピアノの単音だ。このレビューが扱った Simogo の観察パズルで、Daniel Olsén・Linnea Olsson・Jonathan Eng が書いた音楽は、まずピアノで始まる。だいたいテンポは測れないほど遅く、和音と和音のあいだに沈黙がたっぷり残る。鍵盤の余韻が消えきる前に、次の音がそっと置かれる——その『置き方』が、この夜のホテルの孤独をそのまま鳴らしている。
公式サウンドトラックは 2024年5月30日に配信、全37曲・約1時間12分。Olsén が大半を作編曲し、Linnea Olsson がチェロ・ヴォーカル・ベースと共作で加わり、Jonathan Eng が「Laser Eyes」「Radio Waves」などギター主体の曲を書いている。チップチューンでもオーケストラでもなく、ピアノを真ん中に据えたこの選択が、作品の手触りを決めている。
ピアノを真ん中に — Debussy と Satie、そして Twin Peaks
ここはこの作品の音楽でいちばん持ち帰る価値のある一点だ。Simogo の制作ノートと開発者インタビューによれば、ピアノを中心に据えることは開発のかなり早い段階で決まっていて、方向性を探るとき Debussy と Satie をたびたび参照したという。なるほど、あの『角の丸い不協和』——解決しそうでしない和音、宙づりのまま残る響き——は、印象派とエリック・サティの家系図だ。長く伸ばすペダル、規則的な拍を避ける運び。聴き手を急かさない音楽の作法が、ここから来ている。
もうひとつ、Olsén は David Lynch の『Twin Peaks』を引き合いに出している。シュールで意味ありげな、テレビの風景を変えてしまった作品——という意味でこのゲームと重ねたそうで、実際「Interrogation(尋問)」というトラックには Twin Peaks のテーマへの目配せが仕込まれている。引用ではなく『気配』として置くこのやり方は、ホテル全体に漂う既視感の正体でもある。Olsén 自身は制作の過程で 8bit・16bit のゲーム風、VHS のような劣化したノイズ、ミニマルテクノやトリップホップまで試したと語っており、最終的にその実験の澱を、ピアノという澄んだ器に沈めたのだと私は読む。
体験との隠れたリンク — 写真と 3D、アコースティックとデジタル
Olsén は制作後記で、ほとんどの曲を『自分のデジタルな要素と、Linnea のヴォーカル・チェロ・ベースの混合』だと書いている。そして、このアコースティックとデジタルの対比は、アナログ写真と 3D 空間が同居するこのゲームの画づくりを鏡のように映している、とも。ここが見逃せない。音色のレイヤーが、そのまま映像のレイヤーと同じ論理で重ねられているのだ。生身のチェロのざらつきと、合成音の平滑さ。粒子の粗い白黒写真と、つるりとした多面体の 3D。耳と目で、同じ『二層』を体験している。
サウンドデザインも地続きだ。Olsén ははじめ全体を『古いカセットから再生されたような低品質』に寄せたが、最終的にはホテルの環境音をより現実的にし、代わりに迷路やクイズ・クラブといった異界めいた場所にだけ、現実から浮いた音を割り当てた。プレイヤーが『ここは現実のホテルの一室か、それとも内側の謎の世界か』を、音の質感だけで無意識に判別できる設計だ。観察と推理で進むこのパズルにおいて、音は単なる伴奏ではなく、空間の正体を告げる小さな証拠になっている。
解くテンポと曲の構造 — 沈黙が思考の席を空ける
このゲームの解き味は、とにかく『立ち止まって睨む』時間が長い。メモを取り、暗証番号を組み立て、部屋と部屋を往復する。走るパズルではなく、考え込むパズルだ。だから音楽がせかせかと拍を刻んでいたら、思考の机の上が散らかってしまう。Olsén の選んだピアノとサティ的な間は、ちょうどその逆をやる。音と音のあいだに沈黙を残すことで、プレイヤーの思考が座る席を空けておくのだ。鳴っているのに邪魔をしない——これは無音とも、鳴らしっぱなしのループとも違う第三の解だと私は思う。
構造の対応も美しい。このパズルは、ひとつの手がかりが別の手がかりの鍵になり、ホテル全体が一個の大きな機構として畳まれていく。音楽もまた、短い動機をいくつも置いては、後の曲でそっと再会させる。プレイヤーが『あ、さっきのあれが効いてくる』と膝を打つ瞬間と、耳が『この旋律、どこかで』と思い出す瞬間が、同じ快感の上に乗っている。解の発見と主題の回帰が、同じテンポで設計されている。私が黒コーヒーを淹れ直して一拍置く、あの間と同じ呼吸だ。
聴くべきトラック — 夜のホテルから掬う三曲
まずは公式音源を通しで。Lorelei and the Laser Eyes(YouTube Music 公式アルバム)↗ で全曲が聴ける。ピアノ中心の方向性を確かめるなら、Debussy/Satie の系譜がいちばん素直に出る「Library」や「Titles」を冒頭に置いて聴くといい。
下に埋め込んだのは「Radio Waves」。Olsén が制作後記で『自分たちの曲をピアノの断片でサンプリングした痕跡が残っている』と名指しした一曲で、デジタルとアコースティックの溶け合いがいちばん分かりやすい。公式音源は Jonathan Eng / Daniel Olsén らのクレジットで、レーベル Simogo AB から配信されている。
もう一曲、ゲームの顔である主題歌「Laser Eyes (ft. Andromeda) ↗」も聴いてほしい。Jonathan Eng の手によるこの曲は、ピアノ基調のスコアの中で異質に華やかで、ホテルの謎の向こう側にある『何か』を歌っている。静かなピアノ群の後にこれが来ると、夜が一段明ける。
おわりに — 私が盗むなら、層を画と合わせる発想
自分が曲を作るなら、ここを盗む。音色のレイヤーを、映像や世界観のレイヤーと『同じ論理』で重ねるという発想だ。アコースティックとデジタルの対比を、ただ格好いいからではなく、画面の二層構造の鏡として使う。DAW でも試せる——生楽器のステムと合成音のステムを用意し、そのコントラストを物語の二面性にわざと対応させてみるといい。音が世界観の説明役を兼ねはじめると、曲は伴奏から証拠に格上げされる。
聴き直すなら、夜、机に向かって何かを解こうとして止まっているときが合う。沈黙が思考の席を空けてくれる、あの感触を確かめてほしい。チップチューンで試行錯誤を支えたBaba Is You の回とは正反対の、『止まる時間』のための音楽だ。同じパズルというジャンルで、解き味が違えば音の置き方も裏返る——その面白さを、続けて読んでもらえたら嬉しい。
参考リンク
・Steam: Lorelei and the Laser Eyes 公式 Original Soundtrack DLC
・Simogo 公式: Daniel Olsén による制作後記(ピアノ・Debussy/Satie・サンプリング)
・GoNintendo: 作曲者が Twin Peaks に着想を得た(「Interrogation」のテーマ引用)
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