REVIEW · 2020-04-03

In Other Waters

海を映さずに、海を渡す

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第一印象

英語レビューは 1,877 件、うち 1,644 件が肯定で 88%、ラベルは「非常に好評」だ(2026-09-14 時点)。数字だけ見れば安泰な作品に見える。

ところが helpful 順に並べ替えると、様子が変わる。否定側の一番上は 232 票、続けて 127 票、115 票、98 票。肯定側の最上位が 88 票だから、最も読まれているレビューは否定側にある。8 割を超える支持と、最も熱心に書かれた不満が同居している。

その不満の中身が面白い。「つまらない」ではないのだ。232 票の一本はこう始まる ── この作品が良いことは他のレビューを読んでほしい、私が話したいのは別のことだ、と。愛のある否定が票を集めている作品である。

世界観

舞台は Gliese 667Cc という水の惑星である。遊び手は生物学者エラリーではなく、彼女の潜水スーツに載っているAI を演じる。画面に映るのは海ではなく、等高線と記号でできた計器盤だ。海そのものは一度も映らない。

肯定側がこの画面を語るときの語彙は安定している。美しい。書体が良い。配色の切り替えが良い。音が良い。ある人は「ゲームという媒体でしか成立しない芸術」と書き、別の人は「David Attenborough のドキュメンタリーを教科書に圧縮したよう」と書いた。

否定側も、実は同じ画面を褒めている。「UI は素晴らしい、だから惜しい」という形の文がいくつもある。争点は画面の質ではなく、その画面が何を見せないかにある。生き物は点でしか出ず、姿は文章でしか渡されない。

メカニクスの言語化

動詞を数えると、ping する走査する移動する採取するの四つ程度しかない。しかも移動は自由ではなく、地図上にあらかじめ置かれた地点から地点へ跳ぶ形をとる。

ここで減算されているのはReturn of the Obra Dinn と同じく視覚だが、行き先が逆だ。Obra Dinn は一枚の静止画に情報を詰めて視覚を強化した。この作品は視覚を空欄にして、そこを読み手の想像で埋めさせる。環境観察の機構を、観察対象ごと文章に置き換えたと言っていい。

否定側で最も再現性の高い不満は、この置き換えの代償に向いている。等高線しか出ない地図には目印を打てない。行きたい方向が分からない。採取物は白い点にしか見えない。UI が地図の顔をしているのに地図の道具が足りない、という指摘は鋭い。

酸素と電力の管理についても同じ構図がある。減っていくのに死なない。保存して読み直せば満タンに戻る。緊張を作るための仕掛けが、結果を持たないまま残っている。複数のレビューが「なぜ入れたのか」と書いていた。

物語の手触り

物語は、行方不明の同僚ミナエを探しに来たエラリーが、無人の基地と未知の生態系に出会う話だ。開発元の Jump Over The Age はストアページで「非暴力の SF」と明言している。実際、敵は一匹も出ない。

肯定側が最も強く反応するのは分類作業のほうである。生き物を調べ、名前を与え、図鑑を埋める。海洋生物学者を名乗るレビュアーが好意的な一本を書いていたのが印象に残った。読むこと自体が報酬になる設計だ。

一方で否定側には、一貫した居心地の悪さがある。エラリーが美しさを語りすぎる、というものだ。「こんなに綺麗」と繰り返されるが、こちらには点と線しか見えていない。見える側が見えない側に向かって感嘆する構図が、何度も続くと角が立つ。

これは設計の失敗というより、この作品の賭けが表に出た箇所だと私は読む。視覚を空欄にする以上、その空欄を語りで満たすしかない。満たし方が濃いと想像の余地を潰し、薄いと何も残らない。境目は遊び手ごとに違う。

学習曲線の設計

232 票を集めた否定レビューの主題は、ひとつに絞られている。先回りされることだ。珊瑚の様子がおかしいと自分で気づいた次の瞬間に、エラリーが「何か病気かもしれない」と言う。膨らんだ植物を見つけると、彼女が「感染しているようだ」と言う。

つまりこの作品は、遊び手が結論に達する前に結論を渡してしまう。発見の快感は、気づきと確認のあいだに時間差があって初めて成立する。その差がゼロなら、残るのは確認だけである。

面白いのは、この設計が親切心から来ていることだ。視覚を空欄にした作品は、遊び手が迷子になる危険を常に抱える。だから語り手が手を引く。減算した分を説明で補おうとして、補いすぎたという構図に見える。

対照的なのがOuter WildsDuskers の作法だ。どちらも不親切だが、遊び手の推測が当たったときの手応えを最後まで手放さない。ここが、この作品が最も惜しまれている一点である。

参照したレビュー群

本記事は 2026-09-14 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。

Steam: In Other Waters(英語レビュー 1,877 件中 1,644 件が肯定 = 88%、ラベルは「非常に好評」)

・helpful 順 positive 上位 15 件、negative 上位 10 件、recent 8 件を WebFetch で読了。クリア時間の目安はレビューに記録された 4〜9 時間に拠る。

・ストアページの開発者記述、および Steam 掲出の Metacritic 74 を参照した。

・注記: 今回の実行環境では Steam の画像 CDN への接続が遮断されており、画像の実物を確認できなかった。見ていない画像は貼らない方針により、本記事には図版を入れていない。

結論

Steam の集計は 88% 肯定、Metacritic は 74。私が付ける点は 8.0 である。集計より少し上だが、理由は一点に尽きる。見せないという選択を、最後まで貫いたことだ。

海を映さずに海を渡す。この賭けに成功している場面が、この作品には確かにある。等高線の上を黄色い点が滑り、文章だけが生き物の形を運んでくる。ほかで代わりの利かない時間だ。

同時に、票を集めた否定レビューの指摘はどれも正しい。地図の道具が足りない。酸素は結果を持たない。語り手が先回りする。どれも、空欄を作った側が空欄を怖がった結果に見える。

向き不向きははっきりしている。文章を読むことが遊びになる人には、たぶん代えのきかない一本になる。画面の向こうに景色を求める人には、最後まで点と線のままだろう。ElizaObservation を楽しめたなら、入口はここにある。

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