REVIEW · 2022-09-09

Taiji

動詞は一つ、賭けるのは観察

Steam store ↗

第一印象

Steam に積み上がった Taiji のレビューを概観して、まず目につくのは比較対象の一貫性だ。英語でも日本語でも、最頻出の固有名詞は開発者名でもジャンル名でもなく「The Witness」である。「2D版 The Witness」「The Witness をもう一度初めて遊べる機会」——レビュアーはこの作品を、単体の新作としてより先に、2016年のあの島(The Witness)の記憶を介して受け取っている。

集計を確認しておく。Steam の全体評価は「非常に好評」、Steam 購入者 1,102件中 約92%が positive(他経由を含む全1,407件では positive 1,280・negative 127、2026-06-10 snapshot)。2022年9月9日リリース、開発も発行も Matthew VanDevander 個人。価格は24.99ドル。タグには「Puzzle」「Logic」と並んで「Difficult」「Nonlinear」「Open World」が立つ。雲の上に浮かぶ島を見下ろし、マス目を白と黒に塗り分けるパズル盤を解いて回る、ピクセルアートの作品である。

ルールは一文で書ける。盤面のマスをクリックして白黒を切り替え、正しい配置で確定する——操作はこれだけだ。だが helpful 上位のレビューが揃って指摘するのは、この操作の単純さと、解き方の説明が一切与えられないことの落差である。positive はこの落差を「美しい」と呼び、negative は「不親切」と呼ぶ。同じ設計の一点を巡って評価が裂けるところに、この作品の射程が見える。

メカニクスの言語化

レビュー群が再構成する本作の動詞は、ただひとつ「マスを白黒に切り替える」だけだ。盤面はどのエリアでも同じグリッドで、ピクセルハントも選択肢の総当たりも起きない。positive 側が繰り返す「操作は常に明確、やるべきことは決して明確でない」という構文は、Puzzlebyrinth の語彙で言えば徹底した動詞の減算にほかならない。動詞を一つに削り、残りはすべて「知識」に賭ける設計だ。

その知識は、エリアごとに異なる「文法」として与えられる。線と形、点、菱形、二進数(実態は足し算だと複数のレビュアーが種明かしする)、歩いて引く一筆書き——それぞれが独立した記号規則を持ち、終盤の「ギャラリー」で複数の文法が一枚の盤に同居する。helpful 上位の長文レビューは、この後半の合流盤を最大の山場に挙げ、「数独のように一マスずつ必然から詰められる」と書く。記号同士が干渉して局所と全体の往復が生まれる——組み合わせ爆発を、解の一意性を保ったまま起こしてみせる設計である。

興味深いのは、推薦側のレビューほど「途中で自分はちゃんと理解していなかった」という告白を含むことだ。なんとなく当たる手応え(ある長文レビューはこれを「モンテカルロ式」と呼ぶ)で進めると必ず壁に当たり、戻って規則を言語化し直して初めて先へ進める。本作は、解けることと分かっていることを意図的にずらし、後者を要求する。学習曲線そのものを遊びの中心に据えた作りだ。

学習曲線の設計

本作は文字による説明をほぼ完全に排している。新しい記号の導入すら、答えの分かる小さな練習盤を並べることで「自分で実験して規則を立てる」プロセスに置き換える。positive レビューはこの無言の教えを高く買い、「導入→仮説→検証のリズムが心地よい」「分かった瞬間のドーパミンが効く」と書く。チュートリアルを別室に隔離せず、面そのものに埋め込んだ設計だ。

一方、negative 側で最も繰り返されるのは「ゲームがロジックを教え損ねている」という不満だ。オープンワールドゆえ最初からほぼ全エリアに入れてしまい、どの順で解くべきかが示されない。あるレビュアーは「どの記号も先に別の記号の知識を要求するのに、その順番が分からず、広いマップを当てもなく走り回る」と書く。positive が「自分で見つける自由」と呼ぶ非線形性を、negative は「順序を欠いた設計ミス」と読む。同じ構造の表と裏である。

この論点については、開発者本人がフォーラムで踏み込んだ発言を残している点が珍しい。序盤に踏みやすい「ギャラリー」と、近くにある白黒彫刻の盤が二重の躓きを生み、多くのプレイヤーが2時間の返金期限の手前で「どうせ最後まで意味が通らない」と離脱する——もし事前に分かっていれば該当パズルを削っただろう、ただし発売後の作品をいじり続けて当初の一貫性を失いたくはない、と本人は書く。92%という数字は、この最初の1時間を越えた層の評価だと読むのが正確だろう。

難しさの手触り

「難しすぎる」と「程よく歯ごたえがある」が割れる作品では、レビュアーがどこで詰まったかを集めると、難しさの質がいくつかに分かれて見えてくる。本作の場合はおおむね三種類だ。第一に、記号規則そのものの推定の難しさ。第二に、規則は分かっているが盤面が大きく手順が長い「作業的な」難しさ。第三に、どこに解を入力するのかが分からない終盤の環境パズルの難しさである。

positive が快感として語るのは第一の難しさ——規則を言語化できた瞬間の手応え——にほぼ集中している。negative が理不尽として挙げるのは第三の難しさ、すなわち終盤の環境パズルだ。「解は集めたのに入力場所が分からず、結局フォーラムを見た」という証言は、推薦側のレビューにも、専門メディアにも、開発者が参照する評にも共通して現れる。設計の綻びは、難しさの総量ではなく、その第三象限に局在している。

第一と第三を分けるのは、Puzzlebyrinth でいう観察解像度の問題だ。盤の内側の難しさは規則の言語化で必ず割れる。盤の外側——風景に埋め込まれた解——は、そもそも「そこにパズルがある」と気づく解像度を要求し、ヒント機構を持たない本作はその最後の一歩をコミュニティに外注している。The Witness の環境パズルが同じ弱点を抱えていたことを思えば、これは系譜ごと受け継いだ難所でもある。

系譜と位置づけ

本作ほど先行作との関係がレビューの前提になっている作品も珍しい。開発者自身が The Witness からの影響を公言しており、レビュアーもまた「ビート単位で元ネタが分かる」場面を指摘する。ある専門メディアは本作を「The Witness から鼻につく説教臭さを抜いたもの」と評した。一人称の島を、見下ろし型の2Dピクセルアートに翻訳した——観察と推定という核は保ったまま、纏う質感だけを入れ替えた作品だと言える。

模倣で終わっていないことも、レビュー群は具体的に挙げる。The Witness が線を始点から終点へ引かせたのに対し、本作はグリッドのどこからでも編集できる。この一点が、より大きく散らばった「紙とペン」型の論理盤を可能にした、という指摘は複数の長文レビューに共通する。観察パズルが量産された近年——たとえば Islands of Insight のように物量で攻める作品もある——のなかで、本作は物量ではなく一貫した一枚のグリッドという減算で差別化している。

参照したレビュー群

本記事は 2026-06-10 時点での Steam ストアページおよびコミュニティのユーザーレビュー群・掲示板を読んで書いた。レビュー本文は引用せず、典型的な主張を再構成している。

Steam: Taiji(非常に好評 / Steam 購入者 1,102件・約92% positive。全1,407件では positive 1,280・negative 127、2026-06-10 snapshot)

・helpful 順の positive レビュー十数件(英語・日本語)を読了。negative 寄りの主張は General Discussions の「Game Fails to Teach You Its Logic」スレッドと低評価レビューから再構成し、2024〜2025年投稿の直近レビューも参照した。クリア時間は HowLongToBeat の Main 9時間・All Styles 13時間・Completionist 15時間に拠る。

・専門メディアは Thinky Games のレビューを、開発者の設計意図はストア掲示板での 本人の書き込み を参照した。

結論

レビュー群が描く Taiji は、動詞を一つに削り、残りをすべて「観察と推定」に賭けた設計の、ほぼ純粋な実例だ。positive の「美しい」も negative の「不親切」も、同じ無言性を別の側から正確に観察している。欠陥の有無ではなく、説明を省くことで誰を通し誰を手放すかという射程の問題であり、開発者はその射程を発売後も意図的に動かさないと明言している。

Steam の overall 92% に対し、私は設計批評の点数として 8.5 を付ける。乖離は小さい。8.5 の根拠は、盤の内側の文法設計と無言の学習曲線がこのジャンルの一級だという判断であり、満点に届かない理由は、序盤の躓きと終盤の環境パズルという二つの局所的な綻び——開発者自身が認める第一の躓きと第三の難所——にある。Baba Is You のメタゲームのような全体を覆す快感には一歩届かないが、規則を自分の言葉にする快感だけで十数時間を支えきる、稀な作品である。

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