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SOUNDTRACK · 2026-08-28

Inscryption のサウンドトラック — 小屋を出た瞬間、曲はジャンルを着替える

Jonah Senzel

『Inscryption』のサウンドトラックは、なぜ怖いのに何度も戻ってきたくなるのか?

答えは単純だ。怖いのは最初の小屋だけで、そこを出た瞬間、曲は笑ってしまうくらい別のジャンルに着替える。『Inscryption』は Daniel Mullins Games が2021年に発売した、カード対戦とエスケープルーム要素を組み合わせたパズルゲームである。Komugi のレビューにある通り、プレイヤーは狩人 Leshy の小屋に閉じ込められ、カードを集めては机の上の謎を解いていく。

音楽を書いたのは Jonah Senzel。1枚のアルバムに30曲、そのほぼすべてを一人で書いている。私はいつもの癖で開幕の曲「Deathcard Cabin」のテンポを測ろうとしたが、これはたぶん測ってはいけない曲だ。太鼓が入る前に、部屋の空気そのものが拍になっている。Inscryption のゲーム画面Leshy の小屋から始まる『Inscryption』

なぜ死・獣・魔術・技術の四つの部屋に、それぞれ別ジャンルの曲があるのか?

物語が進むと、プレイヤーは四人の「書記(Scrybe)」と対戦することになる。死を司る Grimora、獣を司る Leshy(小屋の主と同一人物)、魔術を司る Magnificus、技術を司る P03。サントラの曲目には "Temple of the Dead" "Temple of Beasts" "Temple of Magicks" "Temple of Technology" と、対になる "The Scrybe of the Dead" "The Scrybe of Beasts" "The Scrybe of Magicks" "The Scrybe of Technology" の計8曲がそのまま並んでいる。

曲名そのものが設計図になっている、というのが私の見立てだ。死の部屋は葬送めいた沈んだ響き、技術の部屋は合成音の硬さ、魔術の部屋は儀式めいた持続音——聴いた印象では、ジャンルというより「気配」で四つの陣営を聴き分けさせている。カードのイラストを見なくても、流れている曲だけでいまどの派閥と戦っているかわかる仕掛けだ。Inscryption のゲーム画面四人の書記が、それぞれの陣営を音でも主張する

一人の作曲家が、8曲分もキャラクターを演じ分けている。対戦カードゲームの音楽としては贅沢な設計で、パズルを解く手が止まっても曲だけは迷わず「ここは死の部屋だ」と言い切ってくれる。ローディング画面のヒントより、よほど雄弁だ。

ジャンルをまるごと着替えるという設計は、物語のどこにつながっているのか?

『Inscryption』はストーリーが進むごとに、ゲームそのものの姿が変わる。小屋のホラー(Act 1)から、四人の書記と戦う16ビット風RPG(Act 2)、そして P03が支配するデジタル空間 Botopia(Act 3)へ。Senzel はポッドキャストLevel with Emily Reeseで、この曲群を「効果音まみれの重い曲から、いちばん単純でゆっくりしたチップチューンの和音まで、いくつものスタイルで書いた」と振り返っている。

Act 3のBotopiaに入ると、曲名は "Uberbot Activated" や "G0lly's Theme"、そしてその変奏である "G0lly's Theme (Uploading)" に変わる。「アップロード中」という一語だけで、キャラクターがデータに変換されている最中だとわかる——歌詞もセリフもなしに、である。この作りこみは業界でも評価されていて、『Inscryption』は Independent Games Festival の「Excellence in Audio」を受賞し、SXSW Gaming Awardsでも音響デザイン部門にノミネートされている(2021年時点)。

ジャンルを混ぜて「ホラーっぽいRPG風」に丸めるほうが、たぶん楽だったはずだ。Senzel はそれをせず、各章の境目でジャンルそのものを完全に切り替えた。中途半端に混ぜないという判断こそが、三章構成のどんでん返しを、音楽の面でも裏切らずに支えている。

パズルを解くテンポと、この劇伴はどこで噛み合うのか?

Act 1の小屋でカードを並べているとき、私はテンポを聴き取れない。曲というより環境音に近く、思考にBPMを要求してこない。だいたい50前後まで落ちているような感覚があるが、これは耳測りにすぎない。手が止まっている間、音楽も止まって見える。

ところが四人の書記と戦うAct 2に入ると、急に手の中でテンポが跳ね上がる。ターン制のカード対戦は、こちらの手番ごとに小さな判断を挟むゲームだ。曲も一小節ごとに次の展開を用意していて、「次はどう出るか」を考える速さと、曲の展開速度がほぼ同じに感じられる。

無音に近い思考時間と、跳ねるテンポの対戦——この振れ幅の大きさこそが、Senzel の劇伴がホラーとしてもRPGとしても軽く聞こえない理由だと思う。

聴くべきトラック

まずは開幕の曲、小屋の空気そのものを表す一曲から。

次に、Act 1で最初に出会う書記のひとり、The Angler(釣り人)のテーマ。

もう一曲だけ挙げるなら、私が手元に置いておきたいのは The Trapper と The Trader の曲だ。The Trapper & The Trader ↗

おわりに — 自分が作るなら、ここを盗む

盗みたいのは二つ。第一に、曲名をそのまま設計資料にすること——「死の書記」「技術の書記」と名付けるだけで、聴く前から陣営がわかる。第二に、ジャンルを変えるときは中途半端に混ぜず、章の境目で完全に着替えること。

聴き直すなら、Act 2に入る直前がいい。黒コーヒーを一杯淹れて「Deathcard Cabin」を流すと、まだ小屋を出ていない自分に戻れる。チップチューンで気配を作った作品といえば、以前 Baba Is You についても書いた。あちらは試行錯誤に付き合う相棒として、こちらは章をまたぐ変装として——同じ8bitでも、任されている役割がまるで違う。

参考リンク

Steam: Inscryption Soundtrack(公式サントラDLC)

Jonah Senzel Bandcamp: Inscryption Original Soundtrack

Daniel Mullins Games 公式チャンネル: OST Preview "Deathcard Cabin"

Level with Emily Reese: Jonah Senzel インタビュー(Inscryption回)

Wikipedia: Inscryption(受賞歴の出典)

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