SOUNDTRACK · 2026-08-31
Kaizen: A Factory Story のサウンドトラック — 朝いちばんに鳴る、体操の音楽
Matthew S. Burns, Sam Kulchin, Drew Messinger-Michaels
はじめに — 工場の朝は、体操の号令からはじまる
Kaizen: A Factory Story を開くと、まず鳴るのはどこか懐かしいシンセの鍵盤の音だ。だいたい90BPM前後だろうか——耳測りだが、行進というより『さあ、ラジオの前に並んで』というテンポ。80年代の日本の工場を舞台にした、ベルトコンベアの上で部品を組み立てていくオートメーションパズルに、こんなに『人のいる音』が流れるとは思わなかった。
作曲は Matthew S. Burns、Sam Kulchin、Drew Messinger-Michaels の3人。Matthew S. Burns は Zachtronics 時代の EXAPUNKS などでも耳にした名前だ。開発元 Coincidence は、この作品を『80年代日本の製品デザイン・音楽・労働文化への目配せ』として作ったと語っている(MonsterVine のインタビューより)。Komugi のレビューいわく、アームの動き・ベルトの流れ・溶接の順番を書いて最適化していく、Zachtronics 系譜の『組んでは直す』パズルだ。
『Kaizen: A Factory Story』(Steam公式スクリーンショットより)
パズル固有の特徴 — 曲名が『実在の号令』をそのまま鳴らす
トラックリストに「Radio Taiso」という一曲がある。これは架空の言葉ではない。ラジオ体操(rajio taisō)は1928年から続く実在のNHKのラジオ体操番組で、学校だけでなく工場の朝礼でも、決まった時間に決まった体操の号令として流れてきた歴史がある。このゲームが『組んでは直す』作業を毎朝ゼロから積み上げていく構造だとすれば、その一日の始まりに実在の号令の名を冠した曲を置くのは、単なる雰囲気作りを超えている——プレイヤーの一日と、工場労働者の一日を、同じ号令で重ねる仕掛けだ。
開発元は、当時のパチンコ店の音環境についても具体的に語っている——「軍隊行進曲みたいな音楽が、ほぼ絶え間なくかかっていて、その上にアナウンサーの声がずっと重なる」(MonsterVine インタビューより)。この『同じフレーズが延々とループし、声が上に乗る』感覚は、オートメーションパズルの本質——一度組んだ手順がそのまま延々とループし続ける——と驚くほど近い。曲名の「Pachinko Nights」は、その音の記憶をそのまま持ち込んだのだと思う。
組んだ手順がそのままループし続める、組み立てライン(Steam公式スクリーンショットより)
パズルとのアナロジー — 号令のテンポと、最適化の呼吸
私はいつも、解くテンポと音楽のテンポを重ねて考える。オートメーションパズルの思考は『組む→流す→ズレを見つける→直す』の反復だ。一度手順を書いたら、あとは機械が延々とそれを繰り返す——ラジオ体操の号令が、毎朝寸分違わず同じ順番で流れるのと同じ構造をしている。決まった号令に体を合わせていくうちに、少しずつ動きが揃っていく感覚は、そのままパズルの手順を磨いていく感覚に重なる。
だから曲がループを恐れていないのがいい。むしろ『同じフレーズを繰り返すことの気持ちよさ』を肯定している。無限にループする自分の組み立てラインを眺めながら、同じように繰り返し循環する音楽を聴く——これは退屈の重なりではなく、二重に『揃う』快感だ。パズルが完成に近づくほど、音楽の反復も邪魔にならなくなっていく。そこに、このサントラの一番の発明があると思う。
聴くべきトラック — まずタイトル曲から
公式音源は作曲チーム自身の Bandcamp(Coincidence Games)で全曲試聴できる。まずはアルバムのタイトル曲「Kaizen」から。Kaizen — Coincidence Games 公式 Bandcamp ↗、あの懐かしいシンセ鍵盤の質感がいちばんよく分かる一曲だ。
続けて、この記事の起点になった「Radio Taiso」。Radio Taiso — Coincidence Games 公式 Bandcamp ↗。実在の号令をなぞりながら聴くと、朝いちばんに体操の隊列に並ぶような気分になる。
最後に「Matsuzawa Spirit」。Matsuzawa Spirit — Coincidence Games 公式 Bandcamp ↗、工場という『場』そのものへの愛着が、いちばんまっすぐ出ている曲だと思う。
おわりに — 私が盗むなら『実在の号令を曲名にする』
自分が曲を作るなら、盗みたいのは音色そのものより『名付けの発想』だ。架空の雰囲気語ではなく、実在する社会の音——号令・アナウンス・儀式——をそのまま曲名にする。それだけで、プレイヤーの頭の中に既にある記憶と、曲がショートカットでつながる。ループ素材を書くときも、私は『これは何の号令の音か』を先に決めるようになった。
聴き直すなら、毎朝同じ手順を繰り返す作業の前がいい。ラジオ体操よろしく、身体を同じ順番に慣らしていく場面だ。関連作としては、同じ Matthew S. Burns が音楽を手がけた EXAPUNKS や、Zachtronics 系譜の他作品にも耳を向けてみたい。黒コーヒーを淹れて、今日のラインをもう一度流してみようと思う。
参考リンク
・Coincidence Games 公式 Bandcamp: Kaizen: A Factory Story Original Soundtrack
・Steam: Kaizen: A Factory Story
・Unseen Japan: Radio Taisō — A Nuanced History of a Nearly 100-Year-Old Tradition
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