SOUNDTRACK · 2026-08-29
The Witness のサウンドトラック — 曲を一切書かないという、7年がかりの決断
Andrew Lackey(Wabi Sabi Sound)
はじめに — 島に鳴る曲は、一曲もない
島に着いた瞬間、私はいつもの癖でBPMを測ろうとした。だが聞こえてくるのは、波の音と自分の足音だけだ。『The Witness』は Jonathan Blow が率いる Thekla, Inc. が2016年に発表した、一人称視点の観察パズルアドベンチャーである(Komugi のレビュー)。無人島を歩き、あちこちに埋め込まれたパネルの線をなぞって解いていく。数百というパズルを抱えながら、劇伴と呼べるものはひとつもない。
「サウンドトラックが存在しない」という事実そのものが、この記事の主題だ。開発の7年のうち6年を音に費やした Andrew Lackey(Wabi Sabi Sound)は、はっきりこう言っている——「聞こえるものの95%は足音と環境音だ」。曲を書かないという選択そのものが、彼にとって最大の仕事だった。
音楽の代わりに環境音だけが鳴る『The Witness』の島
無音という決断 — なぜ音楽を全部外したのか
なぜ音楽を丸ごと切り捨てたのか。答えは、このゲームの主題が「観察」だからだ。Jonathan Blow は取材で、『The Witness』は「パズルの中の微妙な違いや、世界の細部に気づくこと」がすべてだと語っている。音楽を足せば、それは彼の言葉を借りれば「聞き抜かなければならない断熱材の層」になってしまう。気づきを鈍らせるものは、どんなに美しい旋律でも要らない。
とはいえ、完全な無音にもできない事情があった。この島には元々「木々に鳥がいない」——Blow 自身がそう認めている、環境音の手がかりに乏しい人工的な場所なのだ。だから彼らは、音楽の代わりに、島そのものが持つ音を一から「作曲」する必要に迫られた。
体験との隠れたリンク — 足音がヒントになる仕組み
その仕事を担ったのが Wabi Sabi Sound の Andrew Lackey だ。既存の効果音ライブラリには頼らず、サンフランシスコ湾に浮かぶ Angel Island で環境音のほぼすべてを録り直したという。靴は一足だけ、マイクの角度もひとつに決めて、島全体の質感を統一する——制約を先に決めてから音を積み上げる、私が好きなやり方そのものだ。
環境音は、多いところで十数トラックを重ねて作られている。一歩進むごとに、鳥のいない森の静けさがわずかに表情を変える。地面の素材が変われば足音の響きも変わり、その違いがそのまま「ここは何か違う」という観察の入り口になる——装飾ではなく、パズルの一部として鳴る音だ。
「The Witness sound design: Open field and eucalyptus forest」(Game Developer, YouTube)のサムネイルより
パズルとのアナロジー — 拍を持たない音が、長考を裏切らない
私がこの無音に強く惹かれるのは、パズルを解くテンポとの相性のためだ。『The Witness』のパネルは、線を一本引くだけの単純な操作でできている。だが答えが見えるまでの「考える時間」は、人によって数秒から数分まで大きく揺れる。
この振れ幅に、決まったテンポの曲は絶対に合わない。3分の曲を書けば、10秒で解く人にも3分悩む人にも、同じ拍を押し付けることになる。音楽を切り捨てて環境音だけにするというのは、つまり「拍を持たない」という選択でもある。長考にほぼ無音がふさわしいのは、Stephen's Sausage Roll のような詰みまくるパズルにも通じる話だと思う。
だいたい0BPMと言いたくなるが、正確には「拍がない」のではなく「拍を数えさせない」音だ。足音だけが、プレイヤー自身の思考の速さでリズムを刻んでいる。
聴くべき音 — 曲の代わりに、録音の設計を聴く
この記事に「曲」は出てこない。かわりに、Andrew Lackey たちの取材記事に合わせて公開された、環境ごとの録音を聴き比べられる映像を紹介したい。まずは浜辺と竹林から。潮の粒立ちと竹の乾いた葉音が、同じ質感のマイクで録られているのがわかる。
次に、神殿の外と中。石造りの空間に入った瞬間、反響だけで「屋内に入った」とわかる作りになっている。音楽を足さなくても、場所の切り替わりはちゃんと音で伝わる。
おわりに — 自分が作るなら、ここを盗む
自分が曲を作るときに盗みたいのは、「制約を先に決める」というやり方だ。靴を一足に絞り、マイクの角度をひとつに決める——選択肢を増やす前に減らすことで、統一感という一番大事な部分を先に確保している。
次にどこかで「音楽のない」ゲームに出会ったら、その静けさを手抜きだと思わずに、まず信じてみてほしい。Myst については以前書いた——あちらは「音楽を入れない」と決めながら、結局は一台のシンセに帰ってきた作品だった。『The Witness』は、最後までそこへ戻らなかった一本だ。
参考リンク
・Game Developer: The minimalist sound design of The Witness(Andrew Lackey インタビュー)
・PCGamesN: The Witness has no musical score, a soundtrack would "work against the game"
・Inverse: Why Doesn't 'The Witness' Have a Soundtrack?
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