SOUNDTRACK · 2026-07-17
The Sexy Brutale のサウンドトラック — 音で時刻を測る舞踏会
Matt Bonham & Tim Cotterell
はじめに — 真夜中に巻き戻る舞踏会の音
仮面舞踏会の招待客が、屋敷の使用人たちの手で一人ずつ殺されていく——Komugi のレビューが扱ったこの時間ループ・ミステリーで、Matt Bonham と Tim Cotterell が書いた音楽は、まず酒とタバコの匂いから始まる。牧師ラフカディオ・ブーンが礼拝堂で目を覚まし、屋敷=カジノ〈The Sexy Brutale〉へ足を踏み入れると、耳に届くのは 1920年代の舞踏会を思わせるエレクトロ・スウィングだ。だいたい中速——黒コーヒーを一杯淹れ終える前に体が揺れる程度のテンポで、サウンドトラックのクレジットにある Leeroy Horns のサックスが、煙のように立ちのぼる。
軽やかに聞こえるこの音が、実は屋敷でいちばん精密な時計であることに、私が気づいたのは二度目の真夜中だった。時計が特定の時刻を指すたびに一日は巻き戻り、同じ惨劇が寸分たがわず繰り返される。そして音楽も、その一日ごと巻き戻る。開発は英 Cavalier Game Studios と西 Tequila Works。『恋はデジャ・ブ』や『ムジュラの仮面』のような、時間が輪になった作品を参照していると開発陣は語っている。輪になった時間には、輪になった音楽がよく似合う。
音楽が時計になる — 思考時間を音で測る
The Sexy Brutale の各ウィングには、それぞれ別のサウンドトラックが割り当てられている。そして曲は一日の進行に合わせて表情を変え、『そろそろ何かが起きる』を耳にそっと知らせてくる。Kotaku の Nathan Grayson はこう書いている——カジノの音楽は昼下がりには軽やかにスウィングしているが、殺人の時刻が近づくにつれ、音量を上げ、切迫していく、と。
つまりこの音楽は、雰囲気づくりの壁紙ではない。『いつ』を鳴らす楽器だ。時間ループ推理の肝は、決まった時刻に起きる出来事を観察し、その段取りを読み解くことにある。プレイヤーはやがて、画面の時計を見なくても、音の緊張の高まりだけで『あと何分だ』を測れるようになる。私が何でも BPM で数える癖を持っているように、このゲームは音の密度でプレイヤーに時を数えさせる。無音でも過剰なループでもない、第三の時間管理だ。
部屋ごとの声と、毎日鳴る合図
ウィングごとに音楽が違うということは、音が地図にもなっているということだ。図書室の静けさ、カジノの喧騒、地下へ沈み込む低音——目を閉じても、いま自分が屋敷のどこにいるかが分かる。空間を耳で覚えさせる設計だ。
さらに面白いのは、毎日きっかり同じ時刻に鳴る『合図』の存在だ。ある時刻に銃声が響き、ほとんどの登場人物がそれに反応する。どこからか鐘が鳴る。巻き戻すたび、同じ瞬間に照明が明滅する。これらは物語の中で実際に鳴る音(ダイジェティックな音)でありながら、プレイヤーにとっては『いまが何時か』を刻むメトロノームでもある。音楽と効果音と物語が、ひとつの時計仕掛けとして噛み合っている——このゲームが 2017年の Develop Awards で Music Design 部門にノミネートされたのも頷ける。
パズルとのアナロジー — 同じ一曲を、何度も聴き直す
レコードを集めている人間として言うと、時間ループを解く体験は、一枚の盤に何度も針を落として聴き直すことによく似ている。一周目は主旋律しか聞こえない。二周目で内声の動きに気づく。三周目でようやく、低音がどこで支えを外すかが分かる。The Sexy Brutale の一日も同じだ——巻き戻すたびに、前は聞き逃していた細部が立ち上がってくる。
そして音楽の構造そのものが、解法のテンポを教えてくる。曲がクレッシェンドしてカデンツへ向かうように、屋敷の一日も決まった破局へ向かって高まっていく。私たちがすることは、その終止(=殺人)が鳴り切る前に、和音を一音だけ差し替えることだ。パズルを解く=楽譜に一箇所だけ手を入れて、避けられないはずの終止を回避する。解けた瞬間、音楽が『解決和音』に着地しないまま次の静けさへ抜けていく——あの気持ちよさは、作曲でいう偽終止(deceptive cadence)の快感によく似ている。
聴くべきトラック
公式のサウンドトラックは、Matt Bonham と Tim Cotterell の名義で Steam のサウンドトラック DLC ↗ として販売されている(発売元 Tequila Works / BadLand Games)。まず一曲挙げるなら『The Sexy Brutale Theme』。この主題が屋敷の顔であり、一日の始まりの合図でもある。
軽やかさと不穏さの同居を確かめたいなら『Tequila at Noon』、破局の質感に触れたいなら『Shattered Hope (Tequila's Theme)』を。エレクトロ・スウィングの底に、いつも喪失の予感が仕込まれているのが分かるはずだ。
※今回、公式チャンネルだと確認できる無料の音源(YouTube 等)を見つけられなかったため、埋め込みは控え、公式に販売されている Steam の OST DLC を案内するにとどめる。出所の確認できない通し動画には触れない、という本サイトの方針に従う。
おわりに — 私が作るなら盗む点
自分が曲を作るなら、ここを盗む——『音で時刻を測らせる』という発想だ。多くのゲーム音楽は場所や気分で切り替わるが、The Sexy Brutale は時間そのものを音の密度に翻訳した。緊張の勾配をタイマー代わりに設計し、決まった時刻に鳴る短い合図(銃声、鐘、明滅)を『動かない杭』として置く。聴き手は無意識にその杭で自分の現在地を測る。
制作メモとして持ち帰るなら二点。ひとつ、盛り上がりの曲線を『経過時間の関数』として書くこと。ふたつ、位置が絶対にずれない stinger を数個仕込み、リスナーに時間感覚の基準を与えること。次に何かを解いていて手が止まったら、画面ではなく耳を澄ませてみてほしい。この屋敷は、いつも音で『あと少しだ』と教えてくれている。館ものの緊張設計そのものが気になったら、レビュー本編も併せてどうぞ。
参考リンク
・Steam: The Sexy Brutale OST 公式サウンドトラック DLC(発売元 Tequila Works / BadLand Games)
・Steam: The Sexy Brutale 本編ストアページ
・Wikipedia: The Sexy Brutale(作曲者 Matt Bonham & Tim Cotterell、2017 Develop Awards「Music Design」ノミネート)
・Kotaku (Nathan Grayson): ウィングごとの適応的音楽と、毎日同じ時刻に鳴る合図についての証言
・Discogs: The Sexy Brutale Soundtrack(クレジット裏取り — Bonham / Cotterell / Puttick / French)
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズルのサウンドトラック第47回 / 全47回
次に読む
関連レビュー
Overboard!
1935年の豪華客船を舞台に、夫を海へ突き落とした主人公ヴェロニカとなり、船が入港するまでの数時間で証拠を隠し、他の乗客に罪をなすりつける裏返しの探偵ゲーム。嘘・買収・色仕掛け、さらなる殺人まで、数えられるほど少ない動詞から幾通りもの完全犯罪を組み立てる、80 Days や Heaven's Vault の inkle 製インタラクティブ・フィクション。
Twelve Minutes
刑事の押し入りで死に、玄関を開けた瞬間へ引き戻される——同じ12分を繰り返しながら、訪れる出来事の知識だけを頼りに輪を断つ方法を探す、一室を見下ろすリアルタイム・スリラー。少ない動詞と一室の減算から緊張を組み上げる、Luis Antonio の一作。
The Forgotten City
古代ローマの地下都市に迷い込み、「一人が罪を犯せば全員が死ぬ」という黄金律に縛られた一日を、時間ループを使って何度もやり直す一人称の謎解きアドベンチャー。住人への聞き込みと道徳的な選択だけで、街の崩壊の原因を暴いていく。Modern Storyteller の一作。


