SOUNDTRACK · 2026-07-16
Riven のサウンドトラック — 立ち止まる島に、音楽は結論を出さない
Robyn Miller
はじめに — 昂ぶらないことを選んだ音
リンクブックに手を触れ、白い光に呑まれ、気づけば見知らぬ島の桟橋に立っている。波が桟橋の脚を叩き、遠くで木製の歯車が軋み、鳥とも機械ともつかない音が空気を渡っていく。普通のオープニングなら主題曲が高らかに立ち上がる場面だが、Riven はほとんど鳴らさない。私は癖で BPM を測ろうとしたが、そもそも拍がない。あるのは、だいたい毎分50を切るかどうかという、心拍より遅い漂い。Cyan Worlds が1997年の名作を自ら3Dで作り直したこの一人称パズルアドベンチャー(Komugi のレビュー)で、音を担ったのは共同創設者にして原作曲者、Robyn Miller その人だ。
音色はアナログとも生ともつかない、湿った電子の持続音が主体だ。Korg Trinity と、物理モデリング音源の Yamaha VL-1、そして Macintosh 上の Opcode StudioVision——これが原作の音を生んだ道具立てだった。旋律らしい旋律は少なく、和音は解決を先延ばしにしたまま宙に置かれる。この『結論を出さない音』こそが、私が Riven のサウンドトラックで最初に惚れた点である。
制作の裏側 — 立ち止まる人のために書けない曲
なぜ Riven の音楽はここまで控えめなのか。Miller はその理由を、パズルの構造そのものから説明している。プレイヤーは島のどこへでも自由に歩ける。ある部屋に30秒でいるかもしれないし、30分立ち尽くして装置を睨んでいるかもしれない。だから、と彼は言う——「the music can't say anything too specific」。音楽が何か具体的なことを語り、盛り上がり、山場に向かって昂ぶった瞬間、プレイヤーはただ部屋を見回しているだけかもしれない。音楽の基本的な構造、起承転結を、この作品は持てないのだ。
この制約は、多くの作曲家が嫌う類のものだ。だが Miller はそれを弱点ではなく様式に変えた。旋律で物語を運ぶのをやめ、場所ごとに『気配』を割り当てる。テーマではなく空気を書く。だから Riven の曲は、切り出して聴くと輪郭が薄い。けれど島に立ってその場所の音として浴びると、寸分の狂いもなく風景に溶ける。私はこれを、時間軸を捨てて空間軸に賭けた作曲だと理解している。
体験との隠れたリンク — 島の装置が奏でる、もう一つの楽器
Riven の島々では、環境音そのものが半ば音楽の役目を負う。水路を流れる水、蒸気で動く滑車、木製ドームの回転、鯨のような生き物の遠鳴り——これらは効果音であると同時に、テンポとリズムを持った素材だ。プレイヤーはこの音のパターンを『聴いて』謎を解く。どの装置がどのタイミングで動くか、音の周期が仕掛けの手がかりになる。楽器の音が探索の道具になる、と言ってもいい。ここでは持続する電子音のベッドの上に、島そのものが打楽器として乗ってくる。
そして2024年のリメイクだ。Miller は27年ぶりに Cyan に戻り、原作の音を丁寧に remaster しつつ、新たに7曲を書き下ろした。彼はこの新曲について、原作の響きを思い起こさせようとしつつも、原作とは別個に立つ新しい環境のために書いた、少し違う音楽の言語を話す必要があった、という趣旨を語っている。拡張版サウンドトラックは2024年7月12日に公開され、原作からの追加4曲とリメイクの新曲7曲を含む全31トラックにまとめられた。同じ作曲家が、同じ世界を、四半世紀の距離を挟んで二度鳴らす——この稀な事例そのものが、Riven の音の思想の一貫性を証している。
パズルとのアナロジー — 答えを保留する和音と、保留される思考
Riven のパズルは、ヒントもハイライトも出ない島を歩き、水位や装置や D'ni の数体系を自力で読み解く『観察と手控え』のゲームだ。ノートを取り、部屋と部屋を往復し、昨日見た記号と今日見た記号を頭の中で突き合わせる。この思考は、決して直線的に進まない。行き詰まり、戻り、また別の島へ渡る。まさに、解決を先延ばしにした和音のように宙吊りのまま持続する。
だから Riven の音楽が『昂ぶらない』ことは、演出上の遠慮ではなく、思考のテンポへの誠実さなのだと私は思う。もし解けた瞬間に高らかなファンファーレが鳴れば、それは気持ちいい。だが解けない何時間もの間、音楽が『まだか、まだか』と急かしてきたら、島はたちまち居心地の悪い場所になる。結論を出さない音は、結論の出ない思考に、静かに寄り添う。針の振れない持続音が、行きつ戻りつする足取りを、決して置き去りにしない。
聴くべきトラック
まずは Robyn Miller 公式の 2024 リマスター/拡張版を通しで浴びてほしい。原作の島の気配と、リメイクで加わった新しい呼吸が、一続きの流れとして編まれている。下の埋め込みは公式の自動生成アルバム再生リスト(全31トラック)だ。
個別に挙げるなら、まず『Catherine's Theme』。この作品で数少ない、はっきりと旋律を持つ曲で、物語の情に一度だけ触れさせてくれる。次に『Gehn's Theme』——支配者ゲンの不穏さを、解決しない低音で描く。そして原作の島歩きの気配を凝縮した『Survey Island Theme』。リメイクの新曲では、探索の未知感を書いた『Into the Unknown』の連作が、旧作の語彙で新しい部屋を鳴らそうとした Miller の試みをよく表している。
・Robyn Miller 公式 Bandcamp: Riven (Original Game Soundtrack) [Remastered 2024] ↗
・公式 YouTube アルバム再生リスト(全31トラック)↗
・Spotify: Riven (Original Game Soundtrack) [Remastered 2024] ↗
おわりに — 自分が作るなら盗む点
私がここから持ち帰るのは、『プレイヤーの滞在時間が読めない場面では、音楽から時間軸を抜く』という一手だ。線形に進むゲームなら、盛り上げて落とす起承転結が効く。だが自由に立ち止まれる空間では、昂ぶりは裏切りになる。そこでは解決しない和音、輪郭のない持続音、場所に貼りついた気配のほうが強い。旋律を書きたい欲を一度こらえ、空間に音を割り当てる——盗むならここだ。
もう一つは、環境音を楽器として設計に組み込む勇気。Riven では水と装置が音楽の一部であり、その周期がパズルの手がかりになった。効果音と音楽の境界を溶かせば、世界そのものが伴奏になる。次に Riven を起動したら、桟橋でしばらく何もせず立っていてほしい。波と歯車と遠い生き物の声が、いつのまにか一つのゆっくりした曲になっている。そのとき、Miller が27年かけて二度も選び直した『昂ぶらない』という決断の意味が、静かに腑に落ちるはずだ。原作の Myst や、同じく音を絞る The Witness と併せて聴けば、パズルと沈黙の関係がもっと立体的に見えてくる。
参考リンク
・Steam: Riven(Cyan Worlds 公式ページ)
・Robyn Miller 公式 Bandcamp: Riven (Original Game Soundtrack) [Remastered 2024](2024年7月12日リリース、全31トラック)
・公式 YouTube アルバム再生リスト: Riven (Original Game Soundtrack) [Remastered 2024]
・Cyan プレスリリース: Robyn Miller to Compose New Music for Riven's Remake(新曲7曲・原作曲者の復帰)
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズルのサウンドトラック第46回 / 全46回
次に読む
関連レビュー
FRACT OSC
シンセサイザーでできた広大な遺跡を一人称で歩き、光るノードや音の仕掛けを操作して、眠った機械と音楽を蘇らせていく音楽探索パズル。説明はほとんどなく、何が触れられるのかを自分の目で見極めることそのものが謎解きになる。IndieCade で音響デザイン賞を受けた Phosfiend Systems の2014年作。
ANIMAL WELL
花の蕾から孵り、密に絡み合う2Dの地下迷宮を降りていくパズルボックス型メトロイドヴァニア。戦うのではなく、多用途の道具を組み合わせ、壁の穴や背景の絵を「観察」して仕掛けを解く。クリアの先には共同体でしか解けない秘密の層が沈む、Billy Basso のほぼ個人開発による一作。
Riven
1997年の名作を Cyan Worlds 自身が3Dで作り直した一人称パズルアドベンチャー。ヒント表示もハイライトもない島を歩き、水音や装置、D'ni 数字の体系を手がかりに、崩壊寸前の世界の秘密を解いていく。


