PAPER-DIGEST · 2026-08-14
Randelshofer et al.: AAA スタジオの UX リーダー15人に、企画段階の意思決定を聞いた — Fukai が読む
ゲーム開発現場 / UX プロセス / 理論・経験・勘
一段落要約
「ゲーム制作の企画段階で、UX リーダーはどうやって決めているのか」。Ivana Randelshofer(Ubisoft Düsseldorf)を筆頭に、Waterloo 大学の HCI Games グループの Joseph Tu、Ville Mäkelä、Lennart E. Nacke、そして香港科技大学の Yifan Cao、McMaster 大学の Reza Hadi Mogavi を加えた6名が、AAA タイトルの上級 UX 職15名に半構造化インタビューを行い、40〜81分の音声記録を反射的テーマ分析(researcher の解釈も明示しながらテーマを立ち上げる質的分析の流派)で整理した。対象は Blizzard、EA DICE、Guerrilla、Larian、Remedy、Ubisoft ほかのシニア / ディレクター級である。
浮かび上がる像は素朴でありながら重要だ。企画段階の判断は「学術理論に基づくアプローチ」「経験に基づくアプローチ」「勘に基づくアプローチ」の三つが場面に応じて混ざる。学術フレームワークをそのまま持ち込むのではなく、社内の「ambitions(目指す姿)」という言葉に翻訳して共有される。組織側では、機能ごとに集まる strike team(狙い撃ちチーム)と、専門知識のプールとして横断で助言する competency team(専門コンピテンスチーム)という二層構造が、UX の意思決定を運ぶ器になっている。
本記事は、この論文の主要な発見をパズル/ゲームを作る立場から読み替えるために書いた。arXiv:2608.00313 の preprint(2026年8月、査読前)であり、対象は AAA 15社の管理職15人に限られる。「業界全体でこうだ」ではなく「AAA の UX 部門ではこう語られた」と読むのが安全だ。だから本記事も、読み替えの選択肢の一つとして受け取ってほしい。
はじめに
著者は Ivana Randelshofer(Ubisoft Düsseldorf、ドイツ)、Joseph Tu(Waterloo 大学)、Yifan Cao(香港科技大学)、Reza Hadi Mogavi(McMaster 大学)、Ville Mäkelä(Waterloo 大学)、責任著者ラボの Lennart E. Nacke(Waterloo 大学、HCI Games グループ主宰)の6名で、産業側と学界側が混ざる構成である。分類は cs.HC、arXiv ID は 2608.00313、投稿は 2026年7月末〜8月頭。会議掲載やジャーナルへの通っている旨は preprint 第一版時点では明記されておらず、私が読んだ範囲では preprint として扱うのが正しい。
私が今日この論文を選んだのは、いつもと少し違う理由からだ。パズルラビリンスに近い小規模のゲーム制作でも、私たちは毎日「この盤面をどう作るか」を決めている。学術的な難易度モデルを引くこともあれば、これまでの手癖で決めることもあり、ときには「なんとなく良さそう」で決めることもある。この三つの間をどう行き来しているかを、AAA の巨大チームで働くベテランたちがどう語っているか。それを覗きたかった。
この論文はゲーム AI や PCG の論文ではなく、質的な現場研究である。数式は一切出てこない代わりに、15人の発言の断片が理論の背骨を作っている。「Expert 12 はこう言った」という形の引用が続くので、自分の制作現場に置き換える作業がしやすい。読みながら、AAA の言葉を自分たちの規模に翻訳する練習にもなる。
背景
HCI とゲーム研究の分野には、UX 設計を助けるフレームワークが山のようにある。Nielsen のユーザビリティヒューリスティクス(1990年代に定式化された、UI の使いやすさを評価するための経験則の一覧)、Fitts の法則(ターゲットまでの到達時間はターゲットの大きさと距離で決まる、という古典的な運動法則)、認知負荷理論(cognitive load theory。作業記憶の容量とそれに載せる情報量の関係を扱う教育心理学の理論)などが代表格だ。これらは論文の中では洗練されている。
しかし現場に持ち込むと途端に噛み合わなくなる、というのは業界内で繰り返し語られてきた話である。理由の一部は明快で、フレームワークが個々のユーザーの体験のことしか語らないのに対し、AAA の制作は商業的成立性、プラットフォーム制約、チーム構造、締切、パブリッシャーとの契約といった要素の中にあるからだ。理論と現場の距離をどう埋めるかは、UX を含む多くの応用研究の共通課題である。
この論文が新しいのは、そのギャップを「学術側が現場に合わせて翻訳し直そう」ではなく「現場側は実際どうやっているのか、当事者の言葉で聞こう」の側から入る点だ。近い研究として、単発スタジオの UX 実践報告や、ゲームジャム参加者への調査などはある。だが AAA タイトルのシニア級だけを狙って15人分の質的データを取り、反射的テーマ分析で処理した研究は、私が把握している範囲では珍しい部類に入る。
アプローチ / 方法
研究デザインは半構造化インタビュー(あらかじめ話題の骨だけ用意しておき、細部は対話の流れに任せる形式のインタビュー)である。対象は AAA スタジオで UX リード / シニア / ディレクター級として関わってきた15名。募集は SNS と紹介の連鎖で行われ、事前スクリーニングで職位と職能を確認している。所属スタジオとしては Blizzard Entertainment、EA DICE、Guerrilla Games、Larian Studios、Remedy Entertainment、Ubisoft の名が挙げられているが、匿名化のため個々の発言と所属は結び付けられていない。
インタビューは筆頭著者1人がすべて担当し、オンラインで音声のみを録音、1本あたり40〜81分。前後に反射メモ(researcher の position を可視化する目的で行う簡単な自省記録)を残している。分析は反射的テーマ分析。まず最初の2本を著者3人が独立にオープンコーディングし、コード帳(living codebook)を作りながら3回のミーティングで擦り合わせ、その後残りのトランスクリプトを共同でコード化した。テーマは Miro 上のアフィニティ図(似た発言を近くに置いて群を作る技法)で整理している。
研究倫理は Waterloo 大学 REB の承認(#45589)を得て実施され、金銭謝礼は無し。学術的な立ち位置としては、著者らは構成主義的スタンスを取っており(現実は語りを通じて立ち上がるという前提)、テーマは「発見された」のではなく「作られた」ものだと明示する立場を選んでいる。この選択は、後の議論で「フレームワークは討議の起点であって処方箋ではない」という主張と一貫している。
発見
第一のテーマは「三つの意思決定ロジックの共存」である。学術に根ざしたアプローチでは、Nielsen のヒューリスティクスや Fitts の法則、認知負荷理論を土台にしつつ、Expert 9 は「フレームワークはゲーム開発の商業・組織の現実を無視することが多い」と語る。Expert 12 は Nielsen のヒューリスティクスを社内の「ambitions(目指す姿)」という言葉に読み替え、「共通理解、共有言語を作るためだ」と説明する。経験に基づくアプローチでは、スタジオ内部にスタイルガイドやプロジェクト固有のガイドラインが編まれ、Expert 8 は「キーボードとマウスのインターフェースを作るなら、これらの規則を考慮すべきだ、というドキュメントを渡している」と述べる。勘に基づくアプローチも公然と語られ、Expert 3 は「深夜のビール席と鍵となる関係者との会話」で意思決定が進むと語っている。
第二のテーマは、この三つを運ぶための組織構造だ。strike team(狙い撃ちチーム)は、特定の機能や課題ごとに、デザイナー、プログラマー、QA、ナラティブといった機能横断のメンバーを束ねる。Expert 15 はここで「非常によく構造化されたコミュニケーション構造」を通じて素早い反復を可能にしていると語る。competency team(専門コンピテンスチーム)は、UI や UX リサーチといった専門性ごとに横断で助言し、複数の strike team をまたいで一貫性を保つ役割を担う。Expert 6 はここで「摩擦は文脈によっては良いこと」と述べ、あらゆる衝突を消そうとするのではなく、必要な衝突を保つ姿勢を語っている。
第三のテーマは、研究が現場に届かない理由だ。時間軸のズレとして、Expert 5 は「電車はもう動いている」と表現し、プロダクション段階に入ってからでは腰を据えた設計変更は難しく「最低限の対応」に押し込められる、と指摘する。可視性のズレとして、Expert 12 は学術論文よりも「経験と時間と応用」を見せてくれるカンファレンストークを好む。関係者との語彙のズレとして、Expert 2 は「馴染みのない理論用語は議論を止める」と指摘する。
第四のテーマは、共通言語と協働の道具だ。Design system(タイポグラフィ、要素サイズ、コンソール対応の規則などをひとまとめにした社内の設計基盤)は Expert 15 の言葉で「多くの問題を解決した」と語られる。同時に Expert 13 は「ゲームは個別性が強いソフトウェアなので、一般化した情報をそのまま使うのは難しい」と述べ、フレームワークは「概念のレゴブロック」のように可搬で組み替え可能であるべきだ、と要望する。著者らはこれを、後の議論で Model of Adaptive Design Judgment(ADJ、適応的設計判断モデル)として再構成する。
使いどころ
第一に、企画段階に「理論を持ち込める窓」を明示的に確保することである。この論文が繰り返し示すのは、プロダクション段階に入ってから理論を持ち込んでもほぼ効かない、という現場感だ。もし自分がパズルゲームの新モードを企画しているなら、着手前の1〜2週間を「読む・引用する・仮説を書く」ための短い期間として明示的に切り出す。ここで参照した認知負荷理論やヒューリスティクスは、企画書に注釈として書き残しておく。後で「あの決定は何を根拠にしたのか」を再構築できるからだ。
第二に、フレームワークを社内の「共有言語」に翻訳する仕事を意識的にやることである。Expert 12 の「ambitions」への翻訳は象徴的だ。もしハイパーカジュアルなパズルを作っているなら、認知負荷理論を「同時に処理する要素の数を、初手のUIに載せる情報量として設計する」といった作業言語に置き直す。この翻訳文をチームの Slack のピンや Notion の1ページに残しておくだけで、後の議論での摩擦がだいぶ減る。学術用語のまま持ち込むと Expert 2 が言うように議論が止まる。
第三に、strike team / competency team に相当する組織構造を、小さなチームでも「役割の二層」として作ることである。パズルの1モードごとに人を集めて動かす「機能単位」と、盤面生成 / 難易度モデル / ローカライズ / アクセシビリティといった「専門単位」を、同じ2〜3人でも役割を切り替えて回す。会議体を「今日は strike の話」「今日は competency の話」と分けるだけで、Expert 6 が語った「必要な摩擦」を潰さずに済む。
第四に、design system をパズル制作にも作るという発想である。カード枠のサイズ、盤面の色、フォントのサイズ表、コンソール別のボタン割り当てなど、繰り返し出てくる意思決定はドキュメントに寄せる。Expert 15 が言うように、これは探索時間を減らす。ただし Expert 13 が釘を刺しているとおり、design system をパズルごとに強く縛ると個別性が死ぬ。「原則を強く、例外を許容する」書き方を推す。
第五に、「理論・経験・勘」のどれで決めたのかを、企画書上で色分けして残すことだ。決定の根拠が三種類あることを認めた上で、どれで決めたかを可視化しておけば、後で「勘で決めた部分」だけを見直せる。デイリーパズルのように毎日決定が積み上がる制作では、この可視化は次月の振り返りコストを大きく下げる。
限界
著者自身が挙げている限界は三つある。第一に、対象は AAA スタジオに限られており、インディーや中規模スタジオには一般化できない。制約条件が根本的に違う。第二に、匿名化を優先したため、発言をスタジオ文化や組織構造と結び付けて解釈することができない。文脈依存の差異が見えにくくなっている。第三に、横断的なスナップショットに過ぎず、開発サイクルを通じた意思決定の変化を追ってはいない。同じ人でもプロジェクトの段階によって話は変わり得る。
著者らは付随して、調査期間中に業界で大規模なレイオフが起きていた事情にも触れている(IGDA Developer Satisfaction Survey が引かれる)。この背景がステークホルダー圧力や生産現場の実感についての発言をどれだけ率直にさせたか、あるいは逆に抑制したかは分からない、と正直に書いている。事情を注釈として受け止めておく必要がある。
ここから先は Fukai が読んで気づいた点だ。まず、15人は反射的テーマ分析の相場としては少なくないが、質的研究は「頻度」ではなく「言い切りの豊かさ」で判断されるべきだ。特定のテーマ(たとえば「勘」)が一人か二人の発言に強く依存している場合、それを一般像のように書くと過剰一般化になる。私が読んだ範囲では、勘のテーマは Expert 3 の「深夜のビール」の逸話に強く牽引されており、他の発話がどれだけ支えているかは十分に読み切れない。
また、募集が SNS + 紹介の連鎖であるため、UX の重要性に自覚的で、発信意欲のある層に偏っていることが避けられない。UX を軽く見ているスタジオの声はこの標本には入りにくい。読み手はこの偏りを踏まえたうえで、「AAA UX の言い分」として受け取るのが安全だ。断定形の一般化(業界はこうだ)は控えるべきだ、と私は考える。
Fukai の読み
ここからは私の解釈である。私はこの論文を、Schön の『reflective practitioner(省察的実践家)』の系譜——熟練者は原理を演繹しているのではなく、自分の行為を対象化しながら状況の側から呼び戻される、という古い主張——の、ゲーム産業への現代的な着地として読みたい。著者らが提示する Model of Adaptive Design Judgment(ADJ)は、三つのロジックのうちどれが正解かを決めるためのモデルではなく、三つが同時に走っていることを認めた上で、その混ぜ方を組織のどこに置くかを扱っている。設計批評の語彙で言えば、これは設計プロセスそのものの design system 化に近い。私はこの論文を、パズル制作の毎日を「決めた根拠が三種類あるのを認めよ」と繰り返すためのリマインダとして、机の見える場所に置いておくと思う。
おわりに
地図が欲しい人は、まず HCI Games グループが積み上げてきた質的研究——Nacke らのプレイヤー体験・エンゲージメント研究や、game jam を対象にした共同設計の研究——を合わせて読むと、この論文が背負っている系譜が見えやすい。もう一歩広く読むなら、Donald Schön 『The Reflective Practitioner』(1983)と比べてみるとよい。熟練者が現場でどう決めているかという、もっと大きな問いにこの論文はつながっている。
現場側から入りたい人には、Celia Hodent 『The Gamer's Brain』のような UX 実務書と交互に読むことを勧めたい。実務書がフレームワークの側から現場を語るのに対し、この論文は現場の側からフレームワークとの距離を語る。両方向から挟むと、企画段階の判断がなぜ複雑に感じられるのかが少しだけ整理される。
参考文献
本記事で参照した論文と関連資料:
・DOI: 10.48550/arXiv.2608.00313(arXiv が付与する DOI。査読誌の DOI ではない)
・HCI Games Group(University of Waterloo, Lennart E. Nacke ラボ)(責任著者の研究室)
・関連書籍: Donald A. Schön『The Reflective Practitioner』(Basic Books, 1983) / Celia Hodent『The Gamer's Brain』(CRC Press, 2017)
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