ESSAY · 2026-09-08
イージーモードを選ぶのは「逃げ」か
『Celeste』が前置き文を書き換えた日 —— ヘーゲルとミルを差し向かいに座らせる
開発元が、前置き文を一度だけ書き直している
夜。ウイスキーを一杯。自分のパズルに難易度の切り替えを入れるかどうかで、二週間止まっている。
止まっている理由は実装ではない。切り替えを置いた瞬間、選んだ人が「逃げた」と感じてしまう気がするからだ。難しさを下げる選択肢は、下げてよいという許可と、下げたという記録の、両方になってしまう。
それで『Celeste』(Maddy Makes Games / Extremely OK Games、2018)のアシストモードを見に行った。ゲームの速度を落とす。スタミナを無限にする。無敵にする。章をまるごと飛ばす。オンにする前に、前置き文が一枚出る。
言われてみれば確かに、という発見はここだった。この前置き文は、途中で書き換えられている。2019年9月、第9章の配信に合わせて。
旧版はこう締めていた——「その難しさは体験に不可欠だと私たちは考えている。初回はアシストモードなしで遊ぶことをおすすめする」。
新版はこうだ——「Celesteは、挑戦しがいがあり、報われる体験になるよう作られている。もし既定のゲームがあなたにとって手の届かないものなら、アシストモードでもその体験を見つけてもらえたらと願っている」。
変わったのは二文だけだ。「おすすめしない」が「見つけてほしい」になった。片手で遊ぶ速解きプレイヤーのクリント・レクサと、ナラティブデザイナーのキャシー・ジョーンズの指摘を受けた改訂だと報じられている。
つまり作り手自身が、「イージーは逃げか」に一度答えを出して、あとで答え直している。答えが変わりうる問いなら、私の二週間にも意味はある。
図面ノートの余白で、二人が「逃げ」を数える
図面ノートの余白に、反論を二人分書き出した。以下の台詞は捏造ではなく、それぞれの著作からの推論として書く。ヘーゲル『精神現象学』と、ミル『自由論』。差し向かいに座らせる。
ヘーゲル。抵抗のないものは、あなたに何も返さない。私が「主人と奴隷」の場面で書いたのはそれだ。主人は物をただ味わうだけで、自分を形にする機会を持たない。形になるのは、物に手を入れて堪えた側のほうだ。難しさを削るのは、返ってくる形を削ることでもある。
ミル。待ってほしい。その「返ってくる形」を、誰が採点するのか。私が『自由論』で書いたのは、各人が自分の善を自分の流儀で追求する自由だ。あなたの言う形は、あなたの形だろう。
ヘーゲル。好みの話をしているのではない。手を入れる仕事は、欲しいものをすぐには与えない。堪えた分だけが自分の輪郭になる。速度を半分に落とせば、堪える時間も半分だ。
ミル。その「堪える量」を、外から一律に決める者が必ず出てくる。私が最も警戒したのはそこだ。慣習だからという理由だけで慣習に従う人は、何も選んでいない。「みんな普通の難易度で遊ぶから」で普通を選ぶ人も、同じだ。
ヘーゲル。……そこは認める。私の書いた奴隷は、主人への恐れのもとで働きはじめている。恐れから始まった仕事は、まだ自由な自己形成ではない。抵抗が人を形にするのは、その抵抗を本人が引き受けたときだけだ。
ミル。ならこちらも認めよう。個性は選ぶことでしか育たない。だとすれば、いつも抵抗のいちばん少ないものを選ぶ人にも、育つ個性はない。選ぶとは、中身を引き受けることだ。
思っていたより近いところで合流した。逃げかどうかを決めるのは、難易度の値ではない。「これは自分が選んだ」と本人が言えるかどうかだ。
その合流点を、そのまま数字でやっているゲームがある。『Hades』(Supergiant Games、2020)のゴッドモードだ。オンにすると被ダメージ耐性が20%つく。そして死ぬたびに2%ずつ増え、上限は80%——30回死んだところで頭打ちになる。
(図解)『Hades』のゴッドモード——耐性は20%から始まり、死ぬたびに2%、30回で80%に届いて止まる(Puzzlebyrinth作成)
下がるのは難しさだが、下がり方が「あなたが何回向き合ったか」に紐づいている。抵抗を最初から消すのではなく、向き合った回数の分だけ譲る。ヘーゲルの「引き受けた抵抗」と、ミルの「自分で選ぶ」が、一本のスライダーの上に乗っている。
持ち帰り —— 難易度を設定画面からプレイに戻す
持ち帰りを一行で書くなら——難易度の選択を「設定画面の隅」から「プレイの一部」に戻す。
図面ノートに三つ書いた。いつでも変えられるようにする(初回の選択で固定しない)。変えた記録は、本人にだけ見える場所に残す。前置き文で本人を突き放さない。
三つめは Celeste の改訂そのままだ。「おすすめしない」は親切のつもりで書かれる。でも読む側には「あなたはここから外れる」と届いてしまう。同じ内容を、突き放さずに書ける文はある。
私の立場は半歩ミル寄りだ。難易度は入れる。誰が選んだかも問わない。ただし「自分で選んだ」という手触りだけは、設定画面ではなく盤の上に残したい。ヘーゲルの言う「引き受けた抵抗」は、そこにしか宿らないと思うからだ。
あなたに聞きたい。最後にイージーや補助機能を選んだとき、それはあなたが選びましたか。それとも「これしかない」と押し出されましたか。コメントで教えてほしい。
次回のかけら枠は「『時間の無駄』だと言われたら、どう答えるか」。遊びを他人に正当化しなければいけない、あの場面の話です。また二人を差し向かいに座らせます。
参考文献: G.W.F.ヘーゲル『精神現象学 上』(熊野純彦 訳、ちくま学芸文庫) / J.S.ミル『自由論』(関口正司 訳、岩波文庫)。アシストモードの文面が改訂された経緯については Vice の記事(2019年)を参照した。
ヘーゲル『精神現象学 上』(熊野純彦 訳、ちくま学芸文庫)
J.S.ミル『自由論』(関口正司 訳、岩波文庫)※書影はAmazonアソシエイト・リンクです。Amazonのアソシエイトとして、Puzzlebyrinthは適格販売により収入を得ています。
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